都市伝説「トレドの男」ミステリー! この世に存在しない国から来た男が作りだす世界線

文=冨山詩曜

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    “1954年、存在しない国トレドから来日し、騒動となったのちに姿を消した男がいた”……よく知られるこの有名都市伝説に、近年、新事実が発覚! それを元に、「トレドの男」の正体と事件の謎を考察する! 第1章(『ムー』2023年6月号より)

    有名都市伝説について発見されたふたつの記事

     存在しない国から日本に来た男を描いた都市伝説を知っているだろうか。さまざまなバージョンがあるが、共通しているのは下記のような話だ。

     1954年7月のある暑い日、羽田空港にひとりの男が到着した。その男はフランス語が母国語だというが、日本語をはじめ、さまざまな言語を話していたそうだ。男はトレドという国から発行されたパスポートを持っていた。
     しかし、入国審査官とその同僚が確認したかぎり、このような国は存在しない。男は連行され、取り調べを受けることになった。
     この旅人によると、トレドはフランスとスペインの間に位置し、1000年前から存在していたという。地図を見せると男はアンドラ公国の場所を指さし、なぜ自分の国が地図上で違う名前になっているのかと戸惑った。
     結局、この男はなんらかの犯罪者ではないかと疑われ拘束された。捜査にあたって、男は近くのホテルでとりあえず一夜を明かすことになったが、翌朝、部屋に行くと男は消えていた。

    イメージ画像:「Adobe Stock」

     これに多かれ少なかれ尾鰭がついたバージョンが、世界中に広まっている。それだけ有名な都市伝説だけに、世界各国でこの話のソースを捜しだす試みが行われていた。

     その調査に近年になってやっと大きな進展が見られてきた。トレドは日本語圏以外ではTaured と綴られるが、これはTuared のスペルミスではないかと考えた人がいたのだ。そして2019年、カナダ、バンクーバーの1960年8月15日の新聞に、「Man with his own country……(自分の国をもつ男)」という記事があるのが見つかった。

     この記事を次に抄訳しよう。

    * * *

    この記事は自殺未遂のすぐ後の日付だが、そのことにはいっさい触れていない。

     ジョン・アレン・カッチャー・ジーグラスは世界1周の旅に出たかった。そこで、彼は国家、首都、国民、言語を創作し、それを自作のパスポートに書き込んだ。

     ジョンは「エチオピアに帰化した、ナセル大佐・・・・・の諜報員」と名乗った。パスポートには 「サハラの南」にあるトレドの首都タマンラセットで発行されたとのスタンプが押されていた。このような地名は存在しない。ジーグラス氏が発明したのだ。
     この素晴らしいドキュメントを携えてジーグラス氏は中東を堂々と旅し、どこでも敬意を表された。そしてもし疑う者がいれば、トレド国スタンプの下にある宣言文のようなものを読むようにいうのだ。そこにはこう書かれている。
    「Rch ubwali ochtra negussi habessi trwap turapa…..」
     これが決め手というが、どこの国の言葉でもなく意味がわからない文章だ。
     彼の行動は、残念ながら日本の東京で終わってしまった。ジーグラス氏は、日本の徹底的な捜査に殉じ、法廷に立たされたのだ。

    * * *

     傍点は筆者がつけたものだ。これからも傍点がときどき出てくるが、それらの単語はこの都市伝説の全体像を読み解くキーワードとなるので注意してほしい。英国議会の同年7月29日議事録にも、国名と首都名が多少違っているが、同じ情報が見つかった。

    * * *

     現在東京で起訴されているジョン・アレン・ジーグラスの事件をご存じでしょう。彼はナセル大佐・・・・・の諜報員であり、エチオピアに帰化したと述べています。

    (中略)

     このパスポートは、独立主権国家・・・・・・トリドの首都タマンロセットで発行されたものとされています。国名も言語も特定できなく、この試みに多くの時間が費やされました。被告人が反対尋問を受けたとき、彼はサハラ砂漠の南のどこかにある人口200万人の国であるといいました。この男はこのパスポートでなんの支障もなく世界中を回っています。

    (後略)

    * * *

    発見記事から浮かぶ事件の新たな疑問

     ジーグラスの名前がわかってから、当時の日本の新聞記事も次々と発見されてきた。

     1960年8月10日、彼は判決が下されるなか、ガラス片で両手首を切った。この法廷での自殺未遂はさすがに各新聞が取り上げ、同日の読売新聞夕刊には「密入国の“ミステリー・マン”判決直後自殺図る 架空の国籍、14か国語ペラペラ」、「朝日新聞」夕刊には「判決聞き自殺はかる 東京地裁で詐欺の外人被告」という記事が載っている。しかし何かがおかしい。

    「読売新聞」夕刊には「入国に使った偽造パスポートは手製で国名もネグシ・ハベシ・クールール・エスプリという全く架空」とあり、翌日の朝刊は「ネグシ・ハベシ国という聞いたこともない国の国籍を名のって」と始まる。その後折に触れてジーグラスの記事が各紙に載っているが、どれを見ても彼が来た国というのはネグシ・ハベシでトレドではないのだ。

    記事を読むと、ジーグラスの名は自殺未遂騒ぎ以前から、記者たちに知られていたようだ。

     1960年8月の「週刊公論」に特集記事があるのを発見したが、手に入れて読んでみても相変わらずトレドは出てこない。
     警察・防衛官僚、危機管理評論家でありたくさんの著作がある佐々淳行氏が、1992年に出版された『金日成閣下の無線機』という本にジーグラスのことを書いている。だが、ここでもトレドという単語は一切出てこないのだ。

     これはどういうことなのだろう? 数々の疑問が浮かぶが、まずはこれらの資料から見えてくるジーグラス事件の全貌を紹介しよう。

    (初出:『ムー』2023年6月号)

    ~第2章につづく~

    冨山詩曜

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