都市伝説「ベッドの下の死体」が現実になったラスベガスのイメージ/ネバダ州ミステリー案内
超常現象の宝庫アメリカから、各州のミステリーを紹介。案内人は都市伝説研究家の宇佐和通! 目指せ全米制覇!
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前回に続き、今回もニューヨークの有名都市伝説を紹介したい。実は、この話とよく似た都市伝説が東京でも広まったことがある。どちらにも共通するのは、大都市が舞台である点だ。まず、アメリカのオリジナル・バージョンは以下のような流れで進む。
オクラホマ州で自動車ディーラーを営む男性が、ニューヨークシティで開かれた全国販売社の会合に出席した。3日間続いた会合の後、ニューヨークで最後の夜を楽しもうと、彼はホテル近くのバーで飲むことにした。
一人でカウンターにいると、少し離れたところに座っている美人が微笑んでいる。そこで男性が「1杯おごろうか?」と誘うと、美女が隣に座ってきた。しばらく一緒に過ごしていると、彼女が「あなたの部屋に行きましょう」と言い出した。断る理由はない。そのままホテルに戻り、一晩を一緒に過ごした。
翌朝目が覚めると、彼女の姿はもうなかった。まぁ、いいか、と男性は思った。大都市ではラッキーな出来事もあるのだろう。シャワーを浴びた後、ひげを剃ろうと鏡を見ると、そこに真っ赤な口紅で「エイズの世界へようこそ」と書かれていた。
「エイズ・メアリー」と呼ばれるこの都市伝説が広まったのは80年代半ばだった。しばらくして、女性が被害者となる「エイズ・ハリー」というタイトルのバージョンも登場する。
ニューヨークシティにある有名広告代理店で働くバリバリのキャリアウーマンが、10日間の休暇を取ってバハマでバカンスを過ごすことにした。現地に着いた夜、ホテルのバーで地元のイケメンと知り合い、そのまま自分の部屋まで連れていった。いわゆるお持ち帰りだ。期間限定の割り切った関係を楽しもうと思った彼女は、結局10日間彼とずっと一緒にいた。
ニューヨークに帰る日、彼は飛行場まで見送りに来てくれた。そして「10日間の思い出だよ」といって小さな箱を渡された。「離陸するまで開けないで」と言われたので、その通りにした。機体の揺れが収まってから箱を開けてみると、コーヒーカップが入っている。添えられた手紙を読んだ彼女は、衝撃のあまり貰ったカップを落とした。
「この10日はとても楽しかった。でも、これから君はニューヨークで独りぼっちの夜をたくさん過ごすことになるだろう。エイズの世界へようこそ。このカップで、コーヒーを飲んでね」
都市伝説には教訓めいた内容が盛り込まれることが多い。その究極形といった流れを感じるストーリーだ。無防備な行動がもたらす危険性、そして、取り返しのつかない結果を警告するために語られるようになったのだろう。ストーリーはさらに進化し、匿名の関係を利用して故意にウイルスを広める復讐的な人物についての派生バリエーションも生まれた。
そういう実情を受けたのかもしれないが、NBCの人気刑事ドラマ『ロー・アンド・オーダー』では、死ぬ前にできるだけ多くの女性にエイズウイルスを感染させようとする男を描いた「キャリア」というエピソードも放映された。さらに、2010年に放送された「クイッキー」というエピソードでは、精神的なつながりを求めず性的関係のみを望む人々を紹介するウェブサイトを通じてニューヨーク中の女性と出会い、ウイルスを意図的に感染させる男が描かれている。
「エイズ・メアリー」と「エイズ・ハリー」の源流を辿ると、20世紀初頭にニューヨークの家庭から家庭へと移動しながら病気を広めた調理師の実話にたどり着く。アイルランド出身の調理師メアリー・マロンは、少なくとも49人に腸チフスを感染させ、うち3人が死亡したことで「腸チフス・メアリー」と呼ばれるようになった。しかしマロンの場合、最初は病気を広める意図はなく、本人にも症状は見られなかった。市の保健当局がその存在に気づき、隔離した結果、ようやく感染が終息したという記録が残されている。
そして日本でも、男性が被害者となる「エイズ・メアリー」と全く同じストーリー展開の「ルージュの伝言」と呼ばれる都市伝説が拡散した。舞台はほとんど大都市だが、筆者が90年代に行った街頭インタビューでは東京が多かった。不特定多数の人々が集まる大都市には想像を超えた危険が潜んでいるというストーリーは、日本では東京が一番違和感なくフィットしたのだろう。
現代のニューヨークのポップカルチャーにおいては、「エイズ・メアリー」も「エイズ・ハリー」も初期のHIV/AIDS危機における偏見、恐怖、誤情報がないまぜになって語られた象徴的キャラクターとみなされている。こうした都市伝説が生まれる背景には、ニューヨークがエイズ流行初期の中心地だった事実が深く関係しているはずだ。
その後、前述した「ロー・アンド・オーダー」のエピソードに対抗する形で、ニューヨークを舞台とした「POSE/ポーズ」というドラマや舞台劇「エンジェルス・イン・アメリカ」といった作品が発表され、エイズ危機と激しい偏見について深く掘り下げている。『アメリカン・ホラー・ストーリー』という作品では、HIV/AIDSに対する偏見や差別に直面するキャラクターたちが描かれ、恐怖と無知がいかに感染者を社会的に孤立させ、悪者として仕立て上げたかがつまびらかにされる。
警鐘とともにヘイト的な響きも感じられる都市伝説ではあるが、「エイズ・メアリー」も「エイズ・ハリー」も、後追いの形で“事実”だと認定されてしまいかねない実際の事件が起きていることにも触れておいたほうがいいだろう。1998年7月、テネシー州ルイスバーグのHIV陽性者であるパメラ・ワイザーが、彼女と関係を持った男性の密告により警察に逮捕された。取り調べの中で彼女は、3年前に当時の恋人から病気を感染させられたことに対する腹いせとして、50人以上の男性と性交渉を行ったと証言した。ただ、彼女は全員にあらかじめ自分の状態を知らせていたと主張している。
都市伝説が生んだポップカルチャーとしての「エイズ・メアリー」と「エイズ・ハリー」は、パンデミックを機にリバイバルを見せる。ブロードウェイでの『エンジェルス・イン・アメリカ』の再演やニューヨーク公共図書館でのドキュメンタリー上映などを通して、メアリーとハリーの人物像が再解釈されることになったのだ。こうした活動は、不確かな情報と恐怖に基づくラベリング被害に対処するとともに、コミュニティが主導する健康推進の重要性に焦点を当てる動きにほからならない。大都市ニューヨークの都市伝説が生んだキャラクターは、いまや再解釈されて公衆衛生上の啓蒙活動に一役買っているようだ。
宇佐和通
翻訳家、作家、都市伝説研究家。海外情報に通じ、並木伸一郎氏のバディとしてロズウェルをはじめ現地取材にも参加している。
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