謎の言語が刻まれた1600年前の“落とし物”の意外な持ち主とは!? 中世初期の英国ミステリー

文=仲田しんじ

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    民家の庭で発見された小さな直方体の石には、謎の文字が刻まれていた――。いったい誰がどんなことに使っていたのか。専門家が調べたところ、この石は1600年前の“落とし物”であったのだ。

    謎の文字が刻まれた1600年前の“落とし物”

     日本は財布やスマホのなどの落とし物が持ち主のもとへと届けられる確率が比較的高いことで知られているが、残念ながらずっと発見されないままの落し物もある。

     いち早く発見されることが望まれる落し物だが、イギリスの地理教師の自宅の庭には、なんと1600年前の落し物があったのだ。

     2020年のある日、コヴェントリー在住の地理教師、グラハム・シニア氏は自宅の庭の手入れをしていた際、花壇の生い茂った雑草の下に奇妙な細長い石を発見した。

     地面から掘り出した石をよく見ると、表面には珍しい模様が刻まれていた。これは文字なのだろうか。

    画像はYouTubeチャンネル「WONDER WORLD」より

     石の長さは約11センチで、重さ約140グラムの細長い直方体であり、4面のうち3面にこの文字が刻まれていた。

     シニア氏が親戚の考古学者に連絡してみると、考古学的遺物の記録を奨励する「ポータブル古代遺物制度(Portable Antiquities Scheme)」に連絡することを勧められ、さっそく同組織にこの石の詳細を報告したのだった。

     報告を受けて石を検分した地元の考古学者テレサ・ギルモア氏は、「この特別な発見は、中世前期のコヴェントリーについて新たな洞察を与えくれるものです。これを理解することでジグソーパズルが埋まり、さらに詳しい情報も与えてくれます」と語る。この石は、なんと1600年前にさかのぼる遺物であったのだ。

     では、刻まれていた謎の文字は何語なのか。

     ギルモア氏がグラスゴー大学のケルト研究教授であるキャサリン・フォーサイス氏に見せたところ、石に刻まれた文字は4~6世紀にかけてアイルランド、ウェールズ、スコットランドなどで使われていた初期のオガム文字(Ogham inscription)であることが確認されたのだ。

     オガム文字が刻まれた石や岩は、一般にアイルランドかスコットランドで発見されており、今回のようにイギリス内陸部で発見されることはきわめて珍しいケースであるという。

     それが、なぜコヴェントリーで発見されたのか。ギルモア氏は石の所有者がアイルランドからやって来た中世前期の修道院に関係している可能性があると示唆している。

    「修道士や聖職者がさまざまな修道院の間を移動していたのでしょう」(ギルモア氏)

     つまり、この石は当時の何者かの“落とし物”であったのだ。それが、1600年の時を経て民家の庭で発見されたというのは感慨深い。もちろん落し主に届ける術はもうないのではあるが。

    画像はYouTubeチャンネル「WONDER WORLD」より

    まったく予想外の「エキサイティングな謎」

     ギルモア氏はこの石の用途や目的は不明としながら「携帯用の記念品だった可能性もあります」と推察している。

     オガム文字は難解でまだ完全に解読されていないが、この石に刻まれた文字列は解読可能であり、「Maldumcail / S / Lass(マエル・ダムケイル / S / ラス」と翻訳することができた。

    「マエル・ダムケイル」とは間違いなく人名であり、「/ S / ラス」には解釈の幅はあるが当時の地名である可能性が高いという。

     もしもこれが“名入れ”された記念品やお守りの類であったならば、所有者はマエル・ダムケイル氏だったのだろうか。

    画像はYouTubeチャンネル「WONDER WORLD」より

     その後、シニア氏からコヴェントリーの「ハーバート美術館博物館」に寄贈された石は、5月11日から同博物館で開催されている展覧会「Collecting Coventry」で展示されている。

     展覧会の学芸員、アリ・ウェルズ氏は、アイルランド起源の言語が刻まれた石がコヴェントリーの数インチ下の地層に隠されていた事実が「まったく予想外のエキサイティングな謎」であると感嘆するとともに、心を躍らせていると英紙「The Guardian」に語っているが、一方でコヴェントリーとその周辺の都市開発によって考古学的発見の数が減少していることを憂慮しているという。

    グラハム・シニア氏(右) 画像はYouTubeチャンネル「WONDER WORLD」より

     現在、歴史家や考古学者が認知しているオガム文字の碑文はわずか数百件であり、それらが最も集中しているのはマンスター周辺のアイルランド南西部と、ウェールズのペンブルックシャーを含むイギリスの数か所に限られる。

     したがって、コヴェントリーでの発見は、この地域の歴史の謎を垣間見ることができる貴重なレアケースであるとウェルズ氏は力説する。

     はたして今後、コヴェントリーで同様の石が見つかることがあるのだろうか。今後の展開によっては、イギリスの中世史が大きく塗り替えられる可能性もありそうだ。はるか昔の人が失くした未発見の“落とし物”が、悠久の時を超えて私たちに何を明かしてくれるのか? 今後の展開に期待したい。

    ※参考動画 YouTubeチャンネル「WONDER WORLD」より

    【参考】
    https://thedebrief.org/1600-year-old-stone-inscribed-in-mysterious-ancient-language-unearthed-in-accidental-discovery/
    https://www.irishtimes.com/history/2024/05/08/ancient-irish-ogham-stone-found-in-geography-teachers-garden-in-england/

    仲田しんじ

    場末の酒場の片隅を好む都会の孤独な思索者でフリーライター。興味本位で考察と執筆の範囲を拡大中。
    ツイッター https://twitter.com/nakata66shinji

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