無限に続く誰もいない空間「ザ・バックルームズ」の増殖する恐怖/AI時代の都市伝説

文=宇佐和通

    都市伝説研究家の宇佐和通氏の新刊『AI時代の都市伝説』から、今改めて知るべきトピックを抜粋して紹介!

    始まりは「不快なだけの不穏な画像」

     映像を主体に展開するタイプのSNSは、それぞれのサイトの独自の世界観への没入度の高まりと共に、参加感とリアリティが増す。きわめてシンプルなコンセプトから始まったものであっても、拡散のプロセスで自ら複雑化し、巨大化する物語のステージにもなりやすい。

     この項目で紹介するのは、そういう感覚をそのまま具現化した「ザ・バックルームズ」というネットロアだ。

     まずはこの世界観を紹介しておきたい。
     ごく普通の日常の中、奇妙な世界に足を踏み入れてしまう瞬間は突然訪れる。迷い込んでしまうのは大小の部屋が無限に続く誰もいない空間だ。出口を探して歩き続けるが、いくら行っても同じ光景が続く。歩き疲れた頃、背後で音がする。振り向くが、すぐ近くには誰もいない。しかし、かなり遠くに立つ怪しい人影が見える。この人物から逃れるために再び走り出すが、大小さまざまな大きさの部屋が並ぶ空間がどこまで広がっているのかはわからない。安全な場所はない。部屋の数はどんどん増えていく。やがて疲れ切ってしまい、足を止めて諦め、振り返って奇妙な人影と向き合う気持ちを固める。

    「ザ・バックルームズ」はこんな形で進む。

    The Backrooms の典型的な描写 画像は「Wikipedia」より引用

     トレンドのきっかけとなったのは、2019年5月に4chanのとあるユーザーが「不快なだけの不穏な画像」を投稿するよう呼びかけたことだった。これに応えて、ぼうっとした感じの黄色い光を投げかける蛍光灯と黄色い壁に囲まれた無機質なオフィスの画像が寄せられた。やがてこの画像に「バックルーム」という名前が付けられ、6億平方マイルという広大なスペースにわたって広がっているという説明文が書きこまれた。

     やがて多くのユーザーが、この画像を見て思い起こすことができるさまざまな物語を書きこむようになった。こうして具体的なコンセプトが固まりはじめ、それに多くのユーザーたちが作成した画像や映像、ゲームの要素などを盛り込み、ザ・バックルーム・カルチャーが形成されていった。

    メタバース時代の都市伝説の形

    「ザ・バックルームズ」は、スレンダーマンをはじめとする数多くのネットロアのコンセプトを活かし、自分なりにアレンジして盛り込んでいくことができる仮想空間といえる。単純な構造で占められる広大な空間は多くのユーザーの想像力を刺激し、新しいフロアが設営されたり、あちこちにモンスターを配置したりすることでさらに拡張していった。

     こうした流れの中、バックルームに特化したサイトや短編ビデオが作成され、有名クリエイターがこれまで手がけていた短編映像をまとめて1本の長編映画にするというプロジェクトに関する計画も2023年のはじめに発表されている。

     ネット上では、インターネットカルチャーという文脈におけるネットロアの特殊な形態とする意見が多い。90年代半ば以前の時代、世代を超えながら口伝で語り継がれていた伝統的なアーバン・フォークロアと同じく、派生バージョンと呼ぶべき数多くの物語がオンラインで共有され、拡散されるたびに進化する。未知の空間や次元、どこかで見たような感じの不気味で無機質な光景、単調な状況に対する不安から生まれる恐怖と好奇心が大きなアピールとなっているようだ。

    攻撃的な怪物が登場するパターンも 画像は「Wikipedia」より引用

     そもそもネットロアであることがわかっている上で、そこから意図的に一歩踏み込んだ内容の話に変換させていく方向性も見える。「ザ・バックルームズ」は長編映画にもなるような有名なネットロアだが、この話には実際の体験者がいる。ゲームの世界ではノークリッピング(任意の面に設定されている壁や障害物を通り抜ける動き)が当たり前だが、時空や次元のゆがみであるとか、ポータル(出入り口)のようなスポットを通ってしまうと、現実と仮想現実の間でノークリッピングのような現象が起きてしまう。こうした体験を映像で具体的に表現したのが「ザ・バックルームズ」なのだ。

     階層性のあるメタバース的な世界と定義されることが多いようだが、本質はむしろパラレルユニバースに近く、ホログラム世界理論やシミュレーテッド・ユニバースの概念とも無関係ではないだろう。こういう方向性の話をテーマにした動画がYouTube やTikTok をはじめとするSNSで今も盛んにアップされている。ユーザーが新しいフロアを設営したり、不気味なクリーチャーを登場させたりというプロセ
    スを考えると、別項目で紹介している「LOAB」であるとか、タイムトラベラーが撮影した未来世界の映像も同じコンセプトの作品として分類できるような気がする。

    「ザ・バックルームズ」に関しては、かつて行われていた怪談大会が、時間と空間そして方法は変わったものの、本質の部分でまったく同じことが行われているような気がしてならない。参加人数が莫大であり、話し方とか声色でしか表現できなかった怖さを可視化する道具が大きく進化しただけだ。そう考えると、アーバン・フォークロアとネットロアを厳密に区別することの意味もあやふやになってしまいそうな気がする。メタバースをはじめとする仮想空間テクノロジーの進化を思うと、仮想空間の中で集まって怖い話をするイベントが普通になる、そう遠くない未来が容易に想像できてしまうのだ。

     そこから先は、違う年代層で新しい形の拡散が起きることも十分に考えられる。「ザ・バックルームズ」は、ストーリー通り増殖が止まらないネットロアなのだ。

    <書籍情報>
    『AI時代の都市伝説: 世界をザワつかせる最新ネットロア50』
    宇佐和通・著/笠間書院
    https://shop.kasamashoin.jp/bd/isbn/9784305710147/

    宇佐和通

    翻訳家、作家、都市伝説研究家。海外情報に通じ、並木伸一郎氏のバディとしてロズウェルをはじめ現地取材にも参加している。

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