阪神優勝目前! 呪いのカーネル・サンダース人形は福の神になった!? 大阪・関西万博の盛況を予祝する守護者へ
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一年後に迫った大阪万博開催。しかし過去には、未開催に終わったいくつもの「幻の博覧会」があった…!
2025年4月13日。一年後のきょうは、大阪万博の開幕予定日だ。
気がつけばもう一年後なわけだが、ふくらみ続けるコストや工事の進捗、可燃性ガスの湧出など問題も山積し、開催についていまだに議論百出といった状況なのはご承知のとおり。「そうはいってもやると決まってるんだからやるでしょ」という見方もありそうだが、歴史を振り返ってみると、膨大な時間と労力を注ぎ込んだにもかかわらず結局お流れになってしまった博覧会は少なからず存在しているのだ。
未開催に終わった「幻の博覧会」として最も有名なのは、昭和15年(1940)に予定されていた「紀元二千六百年記念日本万国博覧会」だろう。
紀元二千六百年、つまり神武天皇が即位してから2600年目とされたアニバーサリーイヤーを大々的に奉祝すべく、昭和15年前後にはさまざまなビッグイベントが企画されていた。万国博覧会もそうしたもののひとつで、東京市京橋区晴海町と深川区豊洲(現在の中央区晴海と江東区豊洲エリア)を中心とした150万平米もの土地を会場にし、過去に日本で行われた全ての前例をこえる最大規模の博覧会を開催しようという計画が立てられていた。
横浜の会場もあわせれば30をこえる陳列館(パビリオン)を並べ、昭和15年3月15日から8月31日まで170日間の開催で4500万人という入場者数を想定していたのだから、その気合いの入りようがうかがえる。
万博計画が動き出したのは昭和11年(1936)。この年、政府の諮問機関として万博の監理委員会が設置され実現に向けた動きがスタートしたのだが、奇しくも同年の2月26日に起こったのが、陸軍若手将校によるクーデター、二・二六事件。時代はまさに激動期に突入するタイミングだった。
翌昭和12年(1937)7月に盧溝橋事件が勃発、そのままずるずると日中戦争がはじまったことで万博開催にむけた風向きはかわり、昭和13年7月には戦費の捻出など総合的な理由で万博の延期、事実上の中止が決定してしまう。延期決定の半年前、昭和13年2月に万博事務局が発行した概要をみてみると、万博の理念や計画とともに会場の鳥瞰図や完成予定図も掲載されていて、準備はかなり具体的に進められていたことがわかる。予定図と現在のマップをならべて眺めると、その壮大な規模感がよりリアルに伝わってくるのではないだろうか。
もしこの万博が開催されていたなら、東京の街の姿も今とは少し違っていたのかもしれない。万博が開催されていたということは日中戦争の流れも違っていたということだから、東京どころか日本、世界の歴史そのものが全く別ものになっていたということになるかもしれないが。
娯楽のあふれる現代では万博もそれほど魅力のあるイベントではなくなってしまったが、戦前には博覧会といったら催事の花形。万国博覧会のみならず、地方都市が主体となって毎年のようにさまざまな博覧会が各地でおこなわれていたのだ。そして、それらのなかにも万博のように「幻の博覧会」となってしまったものがあった。
東京で万博計画が盛りあがっていた昭和11年、島根県松江市では市政施行50周年を記念する別の博覧会計画が立ちあげられていた。
その名も「神国大博覧会」。名前だけでも強烈なインパクトだ。
『松江市誌』によれば、松江市議会の了承を経て神国大博覧会の計画が実行にうつされたのは、万博とおなじ昭和11年。その後、ローカルな博覧会らしく軽快なフットワークで進捗し、翌昭和12年の夏には関係各所との協議も終えて準備はほぼ完了、というところまで整っていたそうだ。
ところが、まさにその昭和12年夏、盧溝橋事件が勃発。時局のあおりを食う形で神国大博覧会の開催は1年延期と決まり、計画していた内容も産業観光主体から国防へと大幅に改変されることになる。しかし、戦争に終結のきざしはみえない。みえないどころか日中戦争は「泥沼」といわれたように日を経るごとに出口の見出せない状況になり、結局昭和13年7月、万博延期が決まったのと同じタイミングで神国大博覧会も中止を余儀なくされてしまったのである。
もし当初計画どおりに神国大博覧会が開催されていれば、期間は昭和13年4月5日から5月29日までの約2ヶ月。その会場は松江城下の城山公園から白潟遊覧地(いまの白潟公園)で、宍道湖畔に産業本館、神国館、満州館、国防館や子供の国などが設置される予定だったという。どの程度準備が進んでいたかといえばもうポスターまで決定・公開されていたほどで、中止になったときの関係者の無念たるや、想像に余りある。このポスターがまたかなり印象深いものなのだが、それがこちら。
「神国」を掲げる博覧会をみごとに表現したような、一目で記憶に焼きつくユニークなデザイン。ロゴのはしばしにあしらわれている勾玉もいい味をだしている。文化と、技術と、前近代がごちゃごちゃに混ざり合ったような昭和10年代の日本、大日本帝国時代を象徴するポスターのひとつといってもいいのではないだろうか。おそらく神国大博覧会の「神国」は、会場である神話の国・出雲と、神国日本がかかったダブルミーニングになっていたのだろう。
さて、昭和13年には、松江市の神国大博覧会だけでなく、京都、新潟、甲府、仙台の4つの都市でもそれぞれ予定されていた博覧会の中止が決まっている。博覧会というビッグイベントであっても、その未来は決して確定したものではないのだ。大阪万博は、来年予定通りに開催されるのか。それとも、かつてあったさまざまな「幻の博覧会」の仲間入りをしてしまうのか……。答え合わせは一年後、2025年4月13日を待たなくてはならない。
ちなみに神国大博覧会中止から敗戦をはさみ15年後の昭和28年、出雲大社の遷宮記念として大社境内で「神国博覧会」なるイベントが開催されているが、こちらは幻になった神国大博覧会のリバイバルというわけではなさそうだ。
参考資料
『紀元二千六百年記念日本万国博覧会概要』紀元二千六百年記念日本万国博覧会事務局、昭和12
『松江市誌』上野富太郎、野津静一郎編纂、名著出版、昭和48
『産業と観光 新興日本の全貌』日本電報通信社編、昭和12
『新日本大観』大阪朝日新聞社、昭和12
『米子鉄道管理局史』米子鉄道管理局、昭和38
鹿角崇彦
古文献リサーチ系ライター。天皇陵からローカルな皇族伝説、天皇が登場するマンガ作品まで天皇にまつわることを全方位的に探求する「ミサンザイ」代表。
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