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ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」! 最近では見る機会も減ってしまった夏の風物詩、蛍にまつわる怪異を補遺々々します。
夜にたゆたうホタルの光群は、私たちを現世から引き離し、隠り世へといざなうかのような夢幻の光景です。闇の中を静かに燃える鬼火狐火などの陰火といわれるもの、幽微に光り漂う人の魂魄、ホタルはこういったものと間違えられることもあれば、次の話のようなケースもあります。
戦時中のことです。当時、小学生だったある女性は、自宅付近の小川へ兄とふたりでホタル捕りにいきました。
すると岸辺で大きなホタルを目撃します。
野球ボールほどで、青白いような赤みがかった光を発し、低い高さを漂ように飛んでいました。これは本当にホタルなのだろうかと怪しんで箒で叩こうとしますが、これがなかなか当たらない。
兄妹をからかうように桑畑の中を低くゆっくり飛んでいくので、ふたりは箒を振りまわして追いかけます。
どれだけ追いかけっこをしたのか、兄妹が疲れてきたころ、この怪しいホタルは陽雲寺の境内へと飛び去ってしまいました。
家に帰ってこのことを話すと、「それはホタルではなく人魂だ」といわれ、兄妹で肝を冷やしたそうです。
これは、角田義治『怪し火・ばかされ探訪』にある、群馬県甘楽郡下仁田町で採集されたお話です。ホタルと間違えて人魂を叩いてしまったなんて、面白いような、でもちょっとゾッともするお話です。
ホタルは現世より、彼の世に近い生き物というイメージがあったのでしょうか。人魂でなくとも、ホタルというもの自体を死者と結びつけて語る俗信もあります。
また、『和漢三才図会』よるとホタルには3種あり、小さくて宵に飛び、腹の下に光明のあるものは茅の根が化したものだと『本草綱目』に書かれているそうです。腐った草が化してホタルになるともあります。萎れ朽ちて横たわる草々から、ほつほつと光の粒が灯り、ゆっくり夜へと舞い上がる光景を想像したのでしょうか。
福島県岩瀬郡長沼町では、次のような怪異が伝わっています。
これは季節に関係なく起こることで、小雨の降る晩、あるいは薄月夜になると、町を流れる散々川(ちりちりがわ・千里千里川)の水中から不思議なものが現れます。
直径25センチほどの火の玉で、ぶらぶらとしながら川筋を何度も上ったり下ったりし、やがて砕けて数千百のホタルとなって、東西南北に飛び去るといいます。
これは【龍燈蛍】というものだそうです。
また、同じ長沼町で、宝暦(江戸中期)の頃に磐瀬茂貞という人物が奇妙な光景を見ています。
冬の夜でした。本念寺の墓場の中で、火の玉が転びまわっていました。
それは次第に茂貞の足元にまで転がり寄ってきたので、杖で打ち砕くと数千匹のホタルとなって飛び去りました。
「冬の夜にホタルがいるのか、大馬鹿者、あとで化けろ」
彼はそう言い捨てて帰ったといいます。
これも【龍燈蛍】でしょうか。どちらも『長沼名義考』にある奇談です。
参考資料
角田義治『怪し火・ばかされ探訪』
長沼町教育委員会『長沼町の伝説』
(2020年7月1日記事を再編集)
黒史郎
作家、怪異蒐集家。1974年、神奈川県生まれ。2007年「夜は一緒に散歩 しよ」で第1回「幽」怪談文学賞長編部門大賞を受賞してデビュー。実話怪談、怪奇文学などの著書多数。
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