空から落ちてきて悪臭を放つ…危険な「落としモノノケ」にご用心/黒史郎・妖怪補遺々々

絵・文=黒史郎

    ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々(ようかいほいほい)」! 今回は、ある日空から降ってきた、しかも悪気を吐く化け物を補遺々々します。 (2020年4月29日記事の再編集)

    空より落ちてくる脅威

     明治のころのお話です。
     漁師の多く住む堀江という村に、ある日、空から不思議なものが落ちてきました。長さ約16メートル、幅約9メートル、周囲約30メートル、大きな袋のようなものです。そんなものを見たことがなかった村人たちは、とても驚きました。

    「風の神があやまって袋を落としたんじゃないか!?」
    「いや、これはラッキョウの化け物だ!」
    ――と、大混乱です。

     この正体不明の不気味な落下物を恐れた村人たちは、寄ってたかって、これを櫂で殴ります。しかしそれは、逃げるようにふわふわと飛んでいくので、逃すものかと追い回して打ち叩きますと、とうとう袋が破れ、そこから異臭が噴出しました。

    「妖怪が悪気(あっき)を吐きだしたぞ!」

     村人たちは大慌てで逃げ出しましたが、運悪くこの〝悪気〟を吸いこんでしまった2、3人の村人は顔色が悪くなり、それから病みついて2、3日も寝込んでしまったといいます。

     にわかに空から降ってきたかと思えば、悪気をふりまいて村人を脅かしたラッキョウの化け物。その正体は、いったいなんだったのでしょうか?

     実は、化け物ではありません。

     明治10年、5月23日。東京築地の海軍省練兵場で、軍事偵察用の気球の実験をしていました。無人の状態で気球を飛ばすとそれは風に流され、東南へ1里半ほどのところにある堀江という村に墜ちました。

     そうです。村に落ちてきたのは、風の神の落とし物でも、ラッキョウの化け物でもなく、無人の気球だったのです。
     袋から噴出したのは当然、妖怪の吐く悪気などではなく、水素ガスでした。

    危険な飛びもの

     山形県で採集された、危険な凧の話があります。
     こちらはラッキョウの化け物と違い、ちゃんとした(というのも変ですが)妖怪の話です。

     ひとつは【突風凧】といって、大嵐を巻き起こす凧の妖怪です。竜巻のような被害をもたらすといいます。もうひとつは【凧怪】で、昼日中に現れる凧です。一見、顔の描いてある凧なのですが、その顔はこの怪物の本体であり、人に近寄ると噛みつくのだそうです。
     どちらも『西郊民俗』に見られるもので、これ以上の情報はなく、調査中です。

    石井研堂『明治事物起源』
    羽太鋭治『浮世秘帖』
    高橋敏弘「山形県における通り物の系譜」西郊民俗談話会
    『西郊民俗』通巻百三十五号

    黒史郎

    作家、怪異蒐集家。1974年、神奈川県生まれ。2007年「夜は一緒に散歩 しよ」で第1回「幽」怪談文学賞長編部門大賞を受賞してデビュー。実話怪談、怪奇文学などの著書多数。

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