キリストの全生涯を目撃した「助産婦のサロメ」の墓を発見! 聖書研究の新たな重要現場となる/仲田しんじ

文=仲田しんじ

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    イエス・キリストの生誕から最期、そして復活までの一部始終を看取った女性が実在した。新たに一般公開される遺跡に、その女性を奉る墓があったのだ――。

    イエスの誕生と死に立ち会った“助産婦のサロメ”

     聖書の世界では「サロメ」という人物が何人か登場していて、それは「ヘロディアの娘」のサロメであったり、イエスの弟子のサロメであったりするようだが、もう1人、重要なサロメが実在していたことが示唆されている。それはイエス・キリストの生誕から最期までの一部始終を看取った“助産婦のサロメ”である。

     昨年12月、イスラエル考古学庁(IAA)の考古学者、ツビ・ファイアー氏は、助産婦のサロメの墓がある埋葬洞窟の一般公開を発表した。このサロメは聖書においてイエスの誕生と死の両方に立ち会った人物として登場している。

     彼女はキリストの磔刑に立ち会い、3日後にイエスの遺体が消失した「空の墓」を見つけた女性たち(ミルベアラー)の1人だったことで最もよく知られている。だが、彼女がイエス・キリストの出産に立ち会った助産婦であるという言及については、あまり知られていない。つまりサロメは、イエスの生誕から死の瞬間までの全生涯を目の当たりにしていた女性であったのだ。

    助産婦のサロメ(右) 画像は「Wikimedia Commons」より

    「キリスト教の伝承によると、サロメはベツレヘム出身の助産婦で、イエスの誕生に参加するように招集されました。彼女は自分が処女(マリア)の赤ちゃんの出産を助けるように求められたことが信じられず、(緊張で)手が乾いてしまい、それは赤ちゃんのゆりかごを持ったときだけ収まりました」(ファイアー氏)

     助産婦のサロメの墓が見つかった埋葬洞窟は、エルサレムの西にある現在のテルラキシュ国立公園内にあり、1982年に心無い墓荒らしによって発見された古代遺跡である。1984年にIAAの考古学者によって詳しい発掘調査が行われたが、一般に公開されることはなかった。その後の発掘調査で、ローマ時代にさかのぼるユダヤ人の埋葬室が発見され、ビザンチン時代にはキリスト教の礼拝堂に変わり、7世紀に巡礼者が訪れた形跡が残っていた。この時代の巡礼者はいったい何の目的でこの墓を訪れていたのだろうか。

    テルラキシュ遺跡 画像は「Wikimedia Commons」より

     ファイアー氏によれば、その時期の巡礼者はサロメの墓を礼拝するために来ていたのだという。サロメの崇拝は考えられている以上に広まっていて、5世紀にこの埋葬洞窟のサロメの墓が知られるようになって以降、サロメは神聖化して礼拝の対象になったということだ。

     サロメの名前が刻まれた壁の碑文に加えて、埋葬洞窟の外にはサロメを崇拝するために使用された神聖かつ広大な前庭(350平方メートル)の遺跡も発見された。さらに、出土した25個以上の土器ランプは、かつては売店で巡礼者に貸し出されていたものであった。

     これらは同地がイスラム教徒に支配されていた9世紀のものであり、それでもキリスト教徒の巡礼者がサロメを崇拝するためにやって来ていたことを示しているという。

    「私たちは巡礼者がここに来て、ランプを借りて、中で祈りを捧げ、各々のやり方で巡礼していたと信じています。尊敬されている偉人の墓に行き、そこでロウソクを灯すのは今も同じです」(ファイアー氏)

    「Times of Israel」の記事より

    キリスト教徒の巡礼地となったサロメの墓

     この洞窟はキリスト教の聖地となる前、裕福なユダヤ人の埋葬洞窟だった可能性があるという。埋葬洞窟の最初の部屋は紀元前6世紀から西暦70年にかけての第二神殿時代にさかのぼり、ユダヤ人の埋葬習慣を反映して複数の岩を掘ったコヒムと呼ばれる壁龕(へきがん)と納骨堂を備えた部屋もある。

    「Times of Israel」の記事より

     地元のキリスト教徒は、この場所をサロメの埋葬地として最初に特定し、その場所を巡礼地に変えたのだとファイアー氏は説明している。

     ファイヤー氏によれば、「サロメ(Salome)」または「シュロミット(Shlomit)」という名前は、ハスモン朝とヘロデ朝の第二神殿時代の一般的なユダヤ人の名前であるということだ。

    「サロメという名前が、おそらく古代の墓の納骨堂の1つに記されていて、その場所に助産婦のサロメが眠っているのだと特定する伝説が発展し、キリスト教によって崇拝されるようになりました」(ファイアー氏)

     埋葬洞窟の壁に刻まれた碑文から、発掘調査チームは東方正教会の伝統でイエスの誕生に関連する人物であるサロメに捧げられたものであると結論付けた。

    「洞窟では、古代ギリシャ語とシリア語で書かれた大量の碑文が見つかりました。これらの美しい碑文の1つにサロメという名前が刻まれています。そのおかげで、ここが聖なるサロメの洞窟であることがわかります」(ファイアー氏)

    画像は「Wikimedia Commons」より

     イエス・キリストの誕生の瞬間に助産婦として立ち会い、磔刑での最期を見届け、その後イエスの墓が空になっているのを確認したサロメは、間違いなくキリストの生涯における重要人物の1人であったといえる。これまであまり知られてこなかった助産婦のサロメの研究が進展することを期待したい。

    【参考】
    https://www.theguardian.com/world/2022/dec/20/excavations-reveal-pilgrims-lamps-and-inscriptions-at-tomb-of-salome-jesus-christ
    https://www.timesofisrael.com/burial-cave-dedicated-to-jesus-midwife-salome-reveals-treasures-ahead-of-opening/

    仲田しんじ

    場末の酒場の片隅を好む都会の孤独な思索者でフリーライター。興味本位で考察と執筆の範囲を拡大中。
    ツイッター https://twitter.com/nakata66shinji

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