超古代の記憶がシンクロ! 啓典「オアスペ」と古史古伝「竹内文書」の謎/布施泰和

文=布施泰和

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    かつて日本は地球文明の中心であり、神々は天空浮船(あめのうきぶね)に乗って世界を巡幸していた!そんな超古代史が記された奇書が19世紀後半、奇しくもアメリカと日本で同時発生的に出現した。その背景にはいったい、何があったのか?

    同時期に世に現れた日米ふたつの奇書

     1880年春のある朝、アメリカの歯科医ジョン・ニューブローは、突然天からの光が彼の手に当たり、自然に手が動きだした。そして、タイプライターで15分間、文字盤を叩きつづけるという現象が始まった。それは天使の啓示による自動書記であった。彼はその際、自分が書いたものを読まないように天使から指示されたという。
     その現象は、その日から50週間にわたって毎日続き、やがて後に『オアス
    ペ』と呼ばれる原稿の全文が完成した。そして改めて原稿を読むと、そこには創造主ジェホヴィの教えや、地球創成の歴史、それに約8万年の人類の歴史が書かれていたのだ。
     ニューブローはそれをまとめて1882年に『オアスペ』として出版する。
     ちなみにこの書名は、「オ(空)・ア(地)・スペ(霊)」を意味しているのだという。

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    『オアスペ』で描かれた、世界の創造主ジェホヴィのシンボルとされるマーク。
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    『オアスペ全訳第1~3巻』(ジョン・ニューブロー:自動書記/秋山眞人+布施泰和:監修/福永裕史:翻訳/ヒカルランド)

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     また彼は、同時に創造主ジェホヴィを信奉する信者や孤児のための集落
    「シャラム・コロニー」を建設したが、志半ばにして1891年にインフルエンザをこじらせて死去した。

     ニューブローが亡くなったちょうどそのころ、越中富山の竹内家の養子として育てられた竹内巨麿(たけうちきよまろ)は、養祖父から同家に代々伝わるという神代文字で書かれた古文献や神宝を譲り受けた。これがのちに『竹内文書』と呼ばれる古史古伝の元資料とされているものである。
    『竹内文書』は1910年ごろから天津教(あまつきょう)の教祖となった巨麿によって公開されたが、当局の弾圧を受けて1936年に巨麿が不敬罪などの容疑で逮捕され、文献・神宝類も押収された。
     巨麿は結局、1944年に無罪となったが、押収された文献・神宝類は翌45年の東京大空襲で大半が焼失してしまった。しかし戦後、残された写本などをもとにして巨麿の息子らによって、宇宙創成から神武天皇以降の歴史時代までを主に天皇の統治年代別に記した『神代の万国史』が発刊される。

    『オアスペ』と『竹内文書』は、宇宙創成からの地球の歴史を描いている点で似通っている。それどころか驚くべきことに、神々が宇宙船に乗って地球にやってきたことや、その降臨地が日本であったとしている点など細部まで内容が一致しているのである。
     これはいったいどういうことなのだろうか? 本稿ではそれぞれの内容を詳しくみていくことにしよう。

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    『オアスペ』とほぼ同時代に、日本で公開された『竹内文書』の一部。そこにも驚愕の超古代史が記されていた(写真=八幡書店)。
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    天津教の教祖となり、1910年ごろから『竹内文書』を公開した竹内巨麿(写真=八幡書店)。

    「神の船」に乗って世界を視察した大天使

    『オアスペ』の地球創成史によると、宇宙はエーテリア界(神界)、アト
    モスフェリア界(霊界)、コーポリアル界(物質界)からなり、創造主
    ジェホヴィによって創られた。
     最初に創造された地球人類は、約7万9000年前に誕生したアスであったが、霊的なことを理解することができなかった。

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    約7万9000年前、最初に創造された地球人類のアス。彼らは残念ながら、霊的なことを理解することができなかった。

     そこで創造主は他の惑星で肉体を失った宇宙の霊を地球に招き、肉体をまとわせてアスと交わらせた。それによって第2の人類イヒンが誕生した。やがてイヒンはアスと交配し、第3の人類ドルークや、第4人類ヤクも生まれた。

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    その後に誕生した地球人類、イヒン(左)、イフアン(中)、ヤク。

     アスが出現してから6000年がたった紀元前7万1000年ごろ、人類をさらに霊的に進化させるため、ジェホヴィは神界の大天使セザンテスを地球に派遣した。セザンテスは現在の太平洋上にかつてあったパン大陸の上空の霊界に、「ホアド」と呼ばれる「天国」を設立。初代の「地球の神」に就任するとともに、神界人による会議を開き、地球の五大地域を担当する首長を任命した。
     五大地域は、それぞれの首長の名をとって、ワーガ(パン大陸)とジェド(アジア)、ザウリ(アメリカ)、ヴォフ(アフリカ)、ディス(ヨーロッパ)と名づけられた。
     各地域の首長ら神界の天使たちは、肉体を持つ人類にインスピレーションを与えたり、肉体が滅んで霊となった人(生まれたばかりの霊)を導いたりして、人類の霊的進化を促した。その間、セザンテスも地上の五大地域を視察するため「神の船」に乗って、それぞれの地域を訪問。担当首長たちにアドバイスを与えた。

    パン文明の後継者は日本の縄文人だった!

     こうして順調に始まった「地球人類進化計画」だが、ほどなく地上の人間たちは地球の神や天使のいうことに背そむくようになった。イヒンはドルークと交配し、第5の人類イフアンが生まれた。人類は他者よりも自分のために生きるようになり、地上の人間も天国の霊たちも腐敗した。
     もともとそのように人類が次第に堕落することをわかっていた創造主は、約3000年ごとに地球を含む太陽系が神界の光の領域(ダンハ)を通るように1サイクルを設定する。ダンハが訪れるごとに地球担当の神を神界から派遣して、堕落した地球と天国を浄化・救済する仕組みを作った。
     その結果人類は、第10サイクルを迎えた紀元前4万年ごろには、パン大陸の首都ペニを中心に高度な文明を築いたが、それも長続きはしなかった。
     人類は相も変わらず、繁栄と衰退、進歩と堕落を繰り返すばかりで、第16サイクルの終わり(約2万5000年前)には、人類が引き起こした戦争と破壊によって、地上と地球の天国は闇に覆われ、地上の人間と天国の霊たちは単なる「光の領域」の浄化では救済できないほど堕落してしまった。
     この惨状を見た創造主ジェホヴィは、神界から大天使や天使長を招集して、腐敗したパン大陸を取り除き、地球とその天国の大改革に乗りだすことを決めた。

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    大洪水前の世界と、パン大陸が描かれた地図。ちょうど日本列島から太平洋にかけて、その大陸は存在していたとされる。
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    大洪水後の世界。ほぼ現在の世界地図と一致している。そして日本列島は、水没したパン大陸の残骸とされる。

     パン大陸を地上から取り除く日には、神界から集結した25万機の宇宙船によって、パン大陸とその上空の天国の土台が引き裂かれた。これによって逃げ場を失った「堕落した霊たち」は、宇宙の別の居住区に連れていかれ、そこで再教育されることになった。
     パン大陸にいたイヒンたちは、事前に大きな船を造るようにインスピレーションを与えられていたので、船に乗って助かった。その数は1万2420人であった。
     5船団/138隻の船に乗ったイヒンたちのうち、4船団はそれぞれグアタマ(アメリカ)、セム(インド)、ヤフェト(中国)、ハム(エジプト)に漂着。残りの2隻から成る小船団は特別に、かつてパン大陸に地球文明が栄えていたことを示す「証人」として、パン大陸の残骸である「ザ・パン」に上陸させられた。それが日本である。
     その後の人類史は省略するが、かつてのパン大陸で使われた言葉や神の儀礼・儀式を含めたパン文明と精神は、日本人(おそらく縄文人)に引き継が
    れことが示唆されている。

    地球文明の中心だった飛騨の「天越根国」

     一方の『竹内文書』では、地球創成史と人類史はどのように書かれているのだろうか。まず、原初の神ともいえる天神第一代・元無極躰主王大御神(ものふみくらいみぬしのおおみかみ)が宇宙を創成する。やがて地球が形を表わし(天神第2代)、天地が分かれ(天神第3代)、大陸が形成され(天神第4代)、地球が完成(天神第5代)。そのころから神々の視察が始まり、天神第7代の時代には、陸上や海に生物が発生。五色人の黒人の祖となる人類(黒人祖)も青森の黒石に誕生する。
     地球に人類の祖が誕生したことをきっかけにして、天神の時代が上古の時代へと移り変わり、上古第1代天日豊本葦牙気皇主身光大神天皇(あまのひのもとあしがびきみぬしみひかりおおかみすめらみこと)の時代には、神々の地球への大移住ともいえる「天孫降臨」が起こる。
     天皇は月神の娘と結婚して、たくさんの子供を出産。その子供たちを世界
    各地に派遣して、彼らの名前を国名にした。その際、天空浮船(あめのうきふね)や水船を建造、万国の地図を作成した。そして、天越根国(あめのこしねのくに)(日本の飛騨・越中地方)に天神人祖一神宮(あまつかみくにつかみはじめたましいたまや)(後の皇祖皇太神宮)を建立している。
     第2代天皇の時代には25人の皇子が世界各国に派遣され、そのうち特にすぐれた16人が主要16の地域を統治する黒人民主(みつとそん)や白人民主あるいは黄人民主や青人民主、赤人民主などに任命された。つまり現地の妻と結婚して、それぞれの地域の人種(五色人)の祖になったと間接的に書かれているわけだ。

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    天越根国(あまのこしねのくに)(日本の飛騨・越中地方)の皇御城山(おみじんやま)に建つ、現在の皇祖皇太神宮。

     やがて歴代の天皇は天空浮船に乗って世界各国を巡幸するようになる。上古第10代高皇産霊身光天津日嗣天皇(たかみむすびみひかりあまつひつぎのすめらみこと)の時代には、越中・御皇城山(おみじんやま)にヒヒイロカネという金属で屋根を葺いた神殿が建造され、世界中から五色人が集まり神宮を参拝した。
     そのころ地球は何度か天変地異を経験するが、そのたびに天皇らは天空浮船で一時避難しては地球再建のために再降臨、御皇城山などを復興拠点として世界各地を再建したという。また何度目かの地球大変動で、太平洋上にあったミヨイ、タミアラという大陸が沈没したとも書かれている。

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    霊的な目で見た地球の姿。人類創世の時代から、地球は常に天空からの霊的影響を強く受けてきた。

    その数まで一致する地球を統治した神々

     このように見ていくと、『オアスペ』と『竹内文書』がいかに似ているかがわかる。
    「地球の神」を「天皇」、最初の人類「アス」を「黒人」、「イヒン」を「黄人」や「白人」、「イフアン」を「赤人」、ドルークを「青人」や「黒人」、「五大地域の首長」を「五色人の祖」や「民王」、「火の船」「星の船」「神の船」を「天空浮船」、ホアドなどの「天国」を「天越根国」、地球の神の「神殿」を「皇祖皇太神宮」に置き換えると、同じ物語が別の言語と解釈で語られたことが鮮明になる。
     さらにいえば、最初に地球に関与したとみられる神は、『竹内文書』では「ホドノ神」と書かれているが、セザンテスらは「ホアドの神」だ。
     また、『竹内文書』には地球に天孫降臨した神々の時代(上古の時代)には25人の歴代の天皇(神々)が存在したことになっているが、『オアスペ』でも、この約7万3000年間に地球に派遣された神界からの地球担当神は、きっちり25人である。
     地球文明が華々しく開花した時代も、どちらも10代目の神の時代であるし、日本がその一部であったというパン大陸が沈没したことも、日本とほぼ地続きであったかのように描かれているミヨイ、タミアラが沈没したとする『竹内文書』の記述と一致している。物語だけでなく、場所や名称など、ほとんど同じものと思えるくらい、酷似じしているのだ。
     これはいったいなぜなのか。ひとつの可能性として、次のようなことが考えられる。
     すなわち、『オアスペ』が示唆しているように、ほぼ世界同時発生的(あるいはシンクロニシティ的)に、「天使の啓示」などによってこのような宇宙の歴史が語られるようになり、公になりはじめたのだ、と。

    「神仕組み」によってふたつの奇書は現れた

     実は筆者も、それに近い体験をした覚えがある。
     1984年に「サンデー毎日」誌が「日本にピラミッドがあった」という取材をしていたころ、筆者も共同通信社の記者として、当時富山大学で『万葉集』を教えていた山口博教授と、『竹内文書』に太古の神殿であると書かれていた「尖山(とんがりやま)」(富山県立山町)は人工ピラミッドだったのではないかという取材をしていたからだ。もちろん「サンデー毎日」と筆者が事前に連絡を取り合って取材していたわけではない。あくまでも同時発生的に起きた現象であった。

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    1984年6月19日に発売された「サンデー毎日」。このとき初めて、一般的なメディアで日本にもピラミッドが存在することが紹介された。
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    1984年6月19日付の「サンケイ新聞」。夕刊社会面トップに、共同通信時代の筆者の記事が掲載された。まさにシンクロニシティ(共時性)現象だ。

     そのとき初めて筆者は、この宇宙には何か目に見えない大きな「流れ」があって、人間はそれを感知して動くようになっているのだということを知った。それと同じようなことが、より大きなスケールで「神仕組み」的にもたらされたのが、『オアスペ』と『竹内文書』であったのではないかと思われるのである。
     筆者と多数の共著を書いている精神世界の重鎮・秋山眞人(あきやままこと)氏と話しているとよくわかるのだが、この世界には「時代霊」のような、「流行」を司るスピリット、あるいは天使のような存在がいて、人間にさまざまなインスピレーションを与えて、人類の進むべき道を示唆しているように感じる。
    『オアスペ』にも、この「時代霊」の存在のことが書かれている。「ルーイス」という天使がそれだ。「地球の神」の計画に応じて、ルーイスが聞く耳を持つものにインスピレーションによって示唆を与えていく。
     このほかにも人間には「アシャール」という守護天使がいて、彼らも日常的に人間にインスピレーションを与えているというのである。

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    かつて筆者が取材した、稜線の美しい尖山。太古に建設されたピラミッドだとされる。

    そのとき世界の流れが霊的に大きく動いた!

     筆者の取材経験からいっても、この地上にいる作家や音楽家、発明家、宗教家などは、彼らから与えられたインスピレーションの影響をかなり受けているように思われる。

     19世紀は、スピリチュアルなことが一般社会に受け入れられるようになる重要な時代であった。それまでは、特に西洋社会では「魔女狩り」が流行っていた。教会などの権威のお墨つきがなければ、スピリチュアル的なものは「野蛮な異教徒」、あるいは悪魔や魔女の所業とされた時代が続いていた。
     しかしながらその後はようやく、オカルト的なことやスピリチュアルな能力は、だれもが当然持っているものとして受け入れられる時代が到来したのではないだろうか。
     宗教のお墨つきがなくても、人間ひとりひとりは神と直接つながることが簡単にできるということを知らせる霊的な運動があったように思われる。
    『オアスペ』ではそれを「コスモン時代」として、1850年ごろが始まりの年(元年)であったとしている。ヨーロッパで交霊会が流行りだしたのもこのころであった。その結果が、西洋においては1882年の『オアスペ』出版であったわけだ。
     一方、すでにオカルト的なことを受容していた日本では何が起こったかというと、明治維新の後、西洋科学文明の流入によりオカルト的なことが否定される風潮が広まったように思われる。
     同時に、幕末から明治にかけて、黒住(くろずみ)、天理(てんり)、金光(こんこう)、大本(おおもと)という新しい宗教が出てきて、一般大衆でも神と直接交流したり、ヒーリングしたりすることができることが広く知られるようになった。

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    『オサスペ』に出てくる世界の代表的な宗教家(預言者)。上からサカヤ(シャカに相当)、モーセ、ジョシュ(イエスに相当)。彼らもまた、霊的世界からのインスピレーションを受け取っていたという。

     この物質的な西洋文明と新しい宗教運動の狭間で、竹内巨麿が現れ、天津教の教祖となり、『竹内文書』を公開したわけである。そして、このふたつの書は、どちらも啓示的にもたらされた人類の知られざる「歴史書」であったことにも留意したい。もちろん、それぞれに何らかのバイアスがかかっている可能性があるので、真実の歴史ではないかもしれない。だが少なくともふたつの「世紀の奇書」は、同じ「地球の神々の歴史」を異なる角度から記している可能性が高いのだ。

     かつてパン大陸があったとされる太平洋を挟んで、19世紀後半のほぼ同時期に春雷嵐の如く鳴り響いて現れた日米のふたつの奇書は、時空を超えて響き合い、世界中の人々を魅了し、アンダーグラウンドにおいて100年以上にわたり語り継がれ、読み継がれてきた。そしてこのふたつの書は、21世紀になって再び浮かびあがり、今ここに地球人類創成史の謎を解く割符として、新たな輝きを解き放っているのではないだろうか。

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