「30年間事務所に出た幽霊が教えてくれた 死後の世界」/ムー民のためのブックガイド
「ムー」本誌の隠れ人気記事、ブックインフォメーションをウェブで公開。編集部が選定した新刊書籍情報をお届けします。
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大槻ケンヂの連載「医者にオカルトを止められた男」が二見書房より書籍化される。刊行を祈念して、書きおろしコラムを期間限定公開!
オカルト研究家の角由紀子さんから「ヨコザワ・スタジオに来ませんか」との連絡をいただいた。以前に当連載で紹介したことのある、三軒茶屋のポルターガイスト多発演劇練習場だ。
なんでも、行けば高確率で心霊現象が発生するという。お線香の香りがしたり、ホワイトボードが動いたり、鏡から水が出たり、そして天井などから物質化した手が伸びてきて、クネクネと指を動かしてみせることも。
お線香の銘柄は何なのか? 白い手の幽霊には〝てっちゃん〟という愛称がつけられている。9歳なのだそうな。好物はフルーツとHな本。これが真実とするなら、大変なことだ。Hな本の中でも『アサヒ芸能』のグラビアが特に好きであるそうな。世界幽霊史上、最もいらない情報と思うが、いや意外に、そういう細かいところこそが霊界の謎を解くカギであるのかもわからない。
「行きますっ」と即レス。数日後、真夏の蒸し暑い夜に三茶を訪れたのである。
ヨコザワ・スタジオはゴミゴミとした飲み屋街の中にある雑居ビルの4階だ。
エレベーターで上がって扉を開けるとYouTubeや映画『三茶のポルターガイスト』で何度も観ていたスタジオがそこにあった。それほど広くはない。小学校の教室ほどもないだろう。天井も高くはない。とりたてて妖気のようなものも感じなかった。
その夜は角さんとスタジオの持ち主である劇演出家の横澤丈二さんの他に、十数名の人たちが来ていたので、にぎやかで怖いムードではなかったからかもしれない。十数人の内訳は、映画監督、ミュージシャン、漫画家、マジック関係者、超能力者その他で、いずれもヨコザワ・スタジオに一度来てみたいと思っていた人々が、角さんの招待を受けて、その夜に集まったということであった。人数が多いので、半分ずつに分け、深夜0時までA班、それから朝までをB班とし、僕はA班に入った。
それで夜中までヨコザワ・スタジオにいたわけだが、結論から言えば〝手〟を見ることはできなかった。
でも、面白い体験だった。ふいに照明が消えるという現象が一回あった。ホワイトボードも揺れた。突然、グラングランと大きく揺れていた。線香の香りについては微妙だ。
まず、横澤さんが「おや、今線香の香り、してますね」などと言う。
「え、そう?」と思うと、また横澤さんが「ほら、ここ、ここだでだけしている」と我々を手招いたりする。
「あ、本当だ」「しますね、確かに」とうなずく人もいれば、「そうかなぁ」と首をかしげる人もいて、僕はどちらかと言えば後者だった。
でも、「しませんよ」とはハッキリと言えなかった。
横澤丈二さんは、いつもニコニコと柔和な笑みを浮かべたやさし気な人物。そんな方の発言をキッパリと否定するのは、なんだか悪いことのような気がして言えなかったのだ。
ヨコザワ・スタジオのスポークスマン的人物である角由紀子さんも、知的かつユーモアのセンスもあふれた、とても魅力的な人物だ。
そんな彼女が「てっちゃんは、年上の女性が好みなんですよ」と言えば、え~っ!? と思っても「んなわけないでしょ!」と言えない雰囲気が出る。
疑わしくても、無碍に否定できないムード、オーラを放つ人々というのは心霊に限らず、超常現象における意外に重要なキーポイントであると思うのだ。
「疑わしいけど、この人の言うことを面と向かって非難するのは、な~んか悪いよなぁ」「信じられないけど、この人、絶対いい人だもの。話は聞いておこう」「どうなんだろう? でも、この人に嫌われるのもいやだしなぁ……とりあえず、信じておくことにしとこ」と、思わせたなら、超常現象の現場では強い。
それは合気道の達人老師を前に、「いや、さすがにこのおじいちゃんの技はかけられてあげないとダメでしょ、人として」と忖度して道場の畳に触れてもいないのにコロコロっと転がってみせる時の心理状態に近いかもしれない。
また、遠い外国から来た催眠術師を前に「いや、かかってないんですけど、でもこれ人も見てるしかかってあげないと、この催眠術の方、わざわざ遠くから来てメンツが立たないものなぁ」と思ってキャベツがスイカに見えたふりをして、ガシガシと食べてみせてあげる時の気づかい……それをやらせと言えばやらせだし、いやその忖度や気づかいを発生させる人間力こそが、もう一つの超能力だよ、と言うこともできるかと思う。
横澤さん、角さんのコンビにはまず、その忖度発生力があるんだよな~、と個人的には感じた。
また、ヨコザワ・スタジオの怪現象について、リスクもあろうに、そういうことが多発するというのは、怪現象は劇演出家・横澤丈二さんによるヨコザワ・プロダクションの極めて前衛芸術的な〝演目〟だからなのではないか、ということを以前に当コラムで書いた。
その真相はわからないものの、あの夜0時まで横澤さんを囲んだスタジオで「横澤劇場」とでも名付けるべき横澤さんの独り舞台を僕は目撃し、とても感銘を受けた。
その横澤さんは、まるで一人芝居のように、霊のてっちゃんに向かって声をかけ続けたのである。時にやさしく「ほ~ら、てっちゃんアサヒ芸能あるよ。てっちゃん、好きだろ」と猫なで声でスタジオの空中に語りかけたかと思えば、ついに「てつ! どうした、出てきなさい!!」と、またスタジオのどこかに向かって一喝したのであった。
その表情の変化、よく通る声、所作のひとつひとつが「わ、さすが演劇の人だなぁ」と思わせる緩急のつけ方で、とても魅惑的であった。そして、長いことエンターテインメントの世界で活躍されてきた方であるからして、あの夜お客さんになった我々に対するおもてなしの精神もとてもよく伝わった。
0時になるまでにかなり時間があり、正直言って場がダレる時間もあった。すると瞬時にそれを察した横澤さんが、「おや、今そこなんか動いたな」「あ、またお線香の匂い、ほら!」といった感じでサッと油を注いでテンションを保たせてくれるのだ。その間が実に見事。なるほど、正体はわからないが、言えることは三茶のポルターガイストが長いこと巷に存在するのは、横澤丈二さんの劇演出家としての手腕によるところが大きくあるのではないのかなと。怪談づくりとその維持のプロデュース能力に長けているようにお見受けしました。
場の緊張感を保たせるためにあの夜、横澤さんは一つの怪談も披露して下さった。ぶっちゃけ、この日これが一番驚くべきものだった。
ある夜、横澤さんは若い女の幽霊を見たという。それが「可愛かずみの幽霊だったのですよ」というのだ。
えーっ!?
「可愛かずみ!? え、あの80年代のアイドルの? 女優の可愛かずみさんの幽霊ですかっ?」
「ええ、そうなんです大槻さん。可愛かずみの幽霊がそこにいたんですよ」
いわゆる怪談だと思って聞いていたら、本当に突然具体的な実在した人の名前、しかも80年代の知る人なら知っている女性タレントさんの名が、横澤さんの口からシレッと出てきたので本当にビックリして、声をあげてしまった。
可愛かずみさんの名前を聞いてピン!とくるのはその時のメンバーの中で横澤さんと同世代の僕一人であったろう。だから、もしあの時、僕一人に対してハッ!と思わず覚醒するような名前を横澤さんが意図して口にしたのだとしたなら、その理由はその時のメンバーの中で、僕が最も三茶のポルターガイストに対して懐疑的視点の者に見えたから、ピンポイントで意表を突いて関心を引いてくれたのかもしれない。あるいは僕が、深夜近くなってちょっとウトウト眠そうにしていたからギョッとさせて、起こそうとしてくれたのかもわからない。横澤さん、角さん、お招きありがとうございました。
※追記 あとで聞いたところ、明け方4時頃に〝手〟が出たけど、撮影には失敗したとのことです。
医者にオカルトを止められた男 オーケンのムー的不思議エッセイ
大槻ケンヂ(著)
発売日:2025年10月14日 予定
価 格:1,600円(税別)
公式ホームページ:https://www.futami.co.jp/book/6281
大槻ケンヂ
1966年生まれ。ロックミュージシャン、筋肉少女帯、特撮、オケミスなどで活動。超常現象ビリーバーの沼からエンタメ派に這い上がり、UFOを愛した過去を抱く。
筋肉少女帯最新アルバム『君だけが憶えている映画』特撮ライブBlu-ray「TOKUSATSUリベンジャーズ」発売中。