電位治療器で健康増進する効果は血行改善程度! 電気に期待する医療の微妙な経緯を解説/久野友萬
催眠療法の代表例として知られる「電位治療器」。しかし、電気で病気を治療しようとする試みは太古の昔から存在した。電気と医療、その微妙な関係とは――!?
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人体には、まだまだ神秘の機能が眠っている。耳から低周波で神経を刺激すると免疫が活性化し、頭痛が和らぎ、炎症も抑えられるなど、さまざまな良い影響をもたらす可能性があるという。
「経皮的耳介迷走神経刺激(taVNS)」は、迷走神経というストレス反応に関係する神経を電気的に刺激し、体の持つ抗ストレス反応を活性化させようという新たな技術だ。
19世紀に耳の穴を刺激すると咳が出ることがわかり、耳介(耳たぶなど耳の外に出ている部分)に迷走神経が集中していることがわかった。
迷走神経は、最近話題に上がる脳腸相関でも重要な働きをする。腸の働きは脳(=意識)と直結するため、うつ病や不眠など心の病気にかかったらまずは腸内環境を整えようという話だが、この脳と腸をつないでいるものが迷走神経だ。
臓器や血管は意識と関係なく動いている。そうした部位に信号を送るのが自律神経で、緊張と攻撃の交感神経と弛緩と快感の副交感神経の2系統がある。迷走神経は副交感神経の代表的な神経で、体内を鎮静化させ、リラックスさせる働きをする。
うつ病や不眠は、ストレスで交感神経が興奮して収まらない状態なので、正反対の働きをする副交感神経を活発にすれば、交感神経の興奮は徐々に収まっていく。
そして迷走神経は耳介に集まっているので、taVNSで耳を刺激すると内臓や血管が活発に動き出す。心拍数や血圧の乱れ、うつ病、不眠、頭痛などストレスが原因の心因性の病気を抑え、正常に近づけていく。
マッサージ好きの人やツボに詳しい人は、耳がツボの塊で、耳をマッサージすると体が良くなることをご存じだろう。taVNSに使う装置は広く普及している低周波マッサージ器とほぼ同じで、耳に取り付けられるようにデバイスにイヤホン型の端子が付いたもの。まさにtaVNSは、低周波による耳つぼマッサージそのものだ。
taVNSは薬でも手術でもなく、神経を電気的に刺激するだけなので、今までの治療とは大きく違う。耳を刺激することで、迷走神経が司る抗ストレス反応を亢進させる、体の回復スイッチを入れるのだ。
新潟大学脳研究所の研究で、「心拍数が有意に低下すること」「収縮期血圧が有意に増加すること」がわかった。耳の刺激で血圧と心拍数が正常化するわけだ。慢性偏頭痛患者に使ってもらったところ、頭痛日数が28日間で平均7.0日減少したそうだ。
taVNSは、これまで治療が難しかった自己免疫疾患の患者にとっても期待されている。自己免疫疾患では、免疫が自分の細胞を敵として攻撃する過剰免疫反応が起きる。適切なレベルに免疫を落とすという技術はまだなく、治そうとすると免疫が低下して別の病気にかかったり、健康な部分を傷つけたりすることになり、対症療法になりがちだった。
スペインのバル・デブロン大学病院リウマチ科で中〜重度のリウマチ患者にtaVNS装置を使用してもらったところ、37%の被験者でリウマチ活動性指標の低下が認められたそうだ。新型コロナの副作用で、ブレインフォッグ(意識がはっきりしない状態)だった女性患者は、嗅覚以外の機能が大きく改善、他にてんかん患者にも改善が見られたそうだ。
さらに高齢者の記憶力も向上、数字関連には効果なかったが、空間記憶や連想力は向上した。アイデアが良く出るようになったのだ。アイデアが煮詰まって困っている人は、taVNSを使ったらいいかもしれない。
また、イスラエルの研究では、英語圏の人にヘブライ語の文字と音の関係を勉強してもらったところ、taVNSで新しい文字と音の対応関係を早く理解し、新しい単語を正確に音読できることがわかったそうだ。……外国語の勉強をする時は、耳を揉みましょう。
とはいえ、taVNSの基本的な機能は低周波マッサージ器と同じなので、業務用ならともかく個人向けで10万円もするような装置があれば、それはtaVNSに便乗した詐欺商品なので要注意だ。
taVNSは、耳ツボという東洋医学の考え方を西洋医学が裏付けた珍しい例だ。耳に鍼を打ったら痩せる、目が良くなる、肩こりが治る――等々の宣伝文句は、ようするに迷走神経の刺激だったわけだ。
東洋医学では人体には「経絡」というエネルギー(=気)の通り道があり、人体のそこかしこに「経穴(ツボ)」という交差点のようなポイントがあるとされる。鍼灸はこの経穴を刺激し、経絡の流れをスムーズにすることで体を良い状態にしていく。
西洋医学では、神経でもない、体液の流通でもない、とらえどころのない経絡を長らく迷信だと切って捨ててきた。鍼灸で効果があるといっても思い込み(=プラセボ効果)で、客観的な実験では効果が出ないと言ってきた。なんで手をもんだら胃炎が治るんだ、とバカにしたのだ。
しかし、taVNSのように耳を揉んだら腸が元気になり、腸が元気になったら頭がすっきりしたという、不思議なことが起こるのも人体なのだ。そして、そこにはどうやら科学的な根拠がある。
そして今、次に注目されているのがファシア(=筋膜)だ。マッサージ業界では一時期、肩甲骨の「筋膜剥がし」が流行ったが、あの筋膜だ。ファシアは筋肉を包み込む膜で、コラーゲンなどの繊維状タンパク質でできたネットのような組織だ。筋肉や内臓を支えるが、動かさないと癒着して、いわゆるコリや痛みの原因となる。
ファシアは全身にあり、つながっていて、これを中国の人は経絡と呼んでいたのではないか? というのが最近の考え方だ。神経を包み込むファシアもあり、経穴を刺激することでファシアの炎症を抑えることがわかっている(「鍼灸による疼痛治療を科学する」諏訪中央病院・須田万勢)。コリをほぐすというのはファシアの癒着をほぐすことで、経絡の流れを改善するとはファシアのスムーズな動きを取り戻すことではないか? というわけだ。
ファシアと経絡の位置関係はよく似ていて、手を刺激して内臓を治すことはあながち迷信とは言い切れないのだ。これまで迷信と切り捨てられてきたさまざまなことも、案外すんなり科学のまな板の上に載るのでは? と耳をもみながら思うのだ。
久野友萬(ひさのゆーまん)
サイエンスライター。1966年生まれ。富山大学理学部卒。企業取材からコラム、科学解説まで、科学をテーマに幅広く扱う。
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