アメリカが月面のビジネス利用で宇宙覇権を狙う! 物流からエンタメまで含む「LunA-10」計画の野心/久野友萬
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最初の着眼点は科学なのに、いつの間にか話が疑似科学になってしまう――古今東西、ダークサイドに落ちてしまった科学者たちの実例を解説!
天才発明家であり、経営者としても超一流だったエジソンが、晩年、霊界通信機を製作していたことをご存じの方も多いだろう。きわめて科学的合理主義者だったエジソンが、なぜ非科学的な霊の世界に足を踏み入れたのか? それがエジソンの合理主義の結論だったからだ。
エジソンは若い時から、科学者であり哲学者だったゴットフリート・ライプニッツに傾倒していた。ライプニッツの思想の根本はモナド論で、モナドという精神の素粒子が宇宙に満ちていると考えていた。モナドは空間に満ちており、それが形になると物質が生まれる。まさに量子論の世界観だ。
エジソンはエネルギー不変の法則から、精神もエネルギーであり、おそらくモナドで構成され、死ぬと精神はモナドへと還元されると考えた。
1921年、エジソンは脳の中にモナド空間とつながった細胞群(エジソンはブローカ細胞と名付けた)があり、そこに個人の記憶が蓄積されていると考えた。人が死ぬと、ブローカ細胞の中の記憶はモナド空間へと吸収される。そこでエジソンは、当時登場したばかりのラジオを改造することでモナドの変化を捉え、死者の意識を追えると考えたのだ。
モナドは量子に似ているだけで、まったく別モノだ。ライプニッツは宇宙に神の意志があり、それが宇宙すべてに影響するには媒体=モナドが必要と考えた。モナドは世界を構成する究極の粒子ではなく、神の光なのだ。
エジソンの霊界通信機は、立ち位置から間違っていた。モナドの声を聞くことは、死者の声ではなく神の声を聞くことで、科学に神はいない。人間に説教するような人格神はいないのだ(科学的には)。
宇宙を決定しているものを神と呼ぶなら、物理法則は神だろうが、物理法則はしゃべらない。だから科学技術で神の声は聞けるわけがない。
こうした背景には、宗教や呪術における肉体と魂、物質と精神という二元論と、すべては物質で、物質ではないものはこの宇宙にないという科学における還元主義との対立がある。
簡単に説明する。
呪術では、宇宙と人間は同じもので、宇宙は神であり、人間はそのコピーである。
人間の行いは宇宙に影響し(王が悪政を敷くと彗星が現れたり、干ばつになるなど)、宇宙は人間に影響する。
占星術がいい例だ。星の巡りと個人の人生がなぜ関係するのか、科学ではありえないと切って捨てるが、呪術では人間と宇宙は同じものなのでリンクして当然となる。
呪術では宇宙と人間をつなぐのが霊魂で、死ぬと肉体から霊魂は抜け、肉体はモノとなり、意識は宇宙へと還っていく。
一方の科学の場合、物質が特別な組み合わせをすると生物となり、意識が発生する。あくまですべてはモノで、光さえも電磁波というモノであり、物理法則はあっても人格神は宇宙にはおらず、人間の死は機械が壊れるのと違いはない。
名を成した優秀な科学者は、なぜか中年以降、科学の還元主義から呪術の二元論へと軸足を移していく。科学者としてはダークサイドへ落ちるわけだ。なぜなのか?
ダーウィンの進化論よりも先に自然淘汰説を発表した科学者がいる。アルフレッド・ラッセル・ウォレスだ。ダーウィンと同時代の人で、ダーウィンより数年早く自然淘汰による生物進化に気づいた。にもかかわらずダーウィンの陰に隠れてしまったのは、ウォレスが心霊主義者だったからだ。自然淘汰の裏には、神の意志があるとウォーレスは考えていたという。
ノーベル賞受賞者もダークサイドに足を踏み入れている。ラジウムを発見したキュリー夫人は、1911年にノーベル化学賞を受賞しているが、夫で同じく科学者のピエールとともに交霊会へ通っていたという。放射線という見えないものを扱っていたため、同様に見えない霊の存在に興味を持ったのだという。霊媒師相手に念力の検証実験も行っている。
ブライアン・ジョセフソンは33歳でノーベル物理学賞を受賞した天才だが、量子力学で幽霊も超能力も説明できると言い出した。
2020年にノーベル物理学賞を受賞したロジャー・ペンローズは、魂の代わりに脳神経から出る量子のゆらぎが意識の正体だという量子脳理論を唱えている。死ぬと量子ゆらぎは宇宙へと拡散し、宇宙意識と一体になるのだという。形を変えた二元論である。
日本の科学者で心霊に傾倒した人物はあまり多くはない。おそらく日本の場合、生活に神道的なものの見方が根付いているため、ことさら霊魂を意識せずとも、呪術的な見方が身についているからだろう。台所に神様がいて、交通安全のお札を自動車に貼るような生活である。
日本では、神様や幽霊や妖怪がいて当然、人間には滅多に見えないだけ、というのが基本的なスタンスだ。科学のいう還元主義の方が居心地が悪い。
科学者が心霊やオカルトへ舵を切るのには、ちゃんとした理屈があり、筋の通った論理思考がある。実験結果や観測事実を矛盾なく科学的に説明しようとして、気がつくとダークサイトへと踏み込んでいくのだ。
楢崎皐月という物理学者を例に挙げよう。謎の古代文字、「カタカムナ文字」の研究で名前を知っている人が多いと思うが、楢崎氏はれっきとした科学者だ。20代で液状の絶縁体である特殊絶縁油を開発、石油会社と契約、事業化している。戦時中は満州で製鉄試験所長を務めたが、この時に行っていたのが高周波電撃精錬法だ。砂鉄のような質の低い鉄鉱石を超高温で精錬すれば質が上がることに着目。熱源となる炭に高電圧高周波の電流を流し、瞬時に一酸化炭素を生成、鉄鉱石を還元させることで品質を上げる技術である。
楢崎氏は安定した鉄の生産のために、小型の実験炉をいくつか作っていたが、不良品ばかりができる炉があることに気がついた。その炉の周辺では、植物が枯れている。土地となんらかの関係があると直感した楢崎は、土地の電圧を測り、場所によって違いがあることを発見した。製鉄がうまくいく土地は電子密度が高く、うまく行かない土地は電子密度が低い。そして、土地の持つ電子の分布状態が物理現象に影響すると楢崎氏は考えた。
電子の多い土地をイヤシロチ、電子の少ない土地をケガレチと名付けた楢崎氏は、農業への応用を考え、戦後、六甲山で土地の電圧測定を行った。この時に知り合った猟師からカタカムナ文字で書かれた書物を見せられ、オカルトへと踏み込んでいく。
船井総研の船井幸雄氏が楢崎氏を支援し、ケガレチをイヤシロチに変える炭などのグッズが船井総研の会員たちによって次々と商品化され、ケガレチやイヤシロチという疑似科学が日本を席巻してしまう。部屋に炭を置くと良い、という話の出どころも楢崎氏だ。
土地の電位差の話は、やがてマイナスイオンへとつながり、新たな疑似科学の温床となる。一見、二元論とは関係ないように見えるが、楢崎氏の場合、宇宙に満ちるモナドなり霊気なりの正体は電子であり、その運動である電流こそが生命の本質だという。
最初の着眼点は科学なのに、いつの間にか宇宙へと広がってしまうのは、ダークサイドに落ちた科学者の特徴だ。
電気と生物の関係はわかっていないことが多く、電気を流すと除菌されるので、農作物がよく育つというのは実際にある話だ。原理も目的も違うが、イヤシロチと考え方はよく似ている。目の付け所はよかったが、結論は間違っている――そういうことはよくあるのだ。
ダークサイドも無下にせず、そこに原石が埋まっていないか目を凝らすのも科学者の役目だと思う。
久野友萬(ひさのゆーまん)
サイエンスライター。1966年生まれ。富山大学理学部卒。企業取材からコラム、科学解説まで、科学をテーマに幅広く扱う。
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