「南極のゴジラ」との遭遇ーーその前日譚の”幼生体”の謎/妖怪補遺々々
かつて南極観測隊が、航海の最中に目撃したものとは…… ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」だ!
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怪異とは、隙を見せると忍び寄るもの。 ほんのわずかな隙間にも、ぐっすり眠った夢のなかにも。
他者と夢の内容がシンクロするという事例は少なくない。ボストン大学の教授が心理学専門誌『PSYCHOLOGY TODAY』のなかで、このような夢の共有は二者間でなんらかの「共有空間」を知覚しあっているとも考えられると書いている。それを踏まえて、次の話をお読みいただきたい。
今年の4月、L子さんは友だちのS美とふたりで北海道旅行にいった。根室、釧路、帯広を巡る予定で、これは2日目の帯広でのこと。泊ったのは一泊朝食付きで2500円とお手頃なビジネスホテル。サイトで見ると外観は古いが室内はきれいなので決めたのだが、着いてみると館内は薄暗く、廊下のカーペットにはところどころに染みがあり、室内の調度も古く、くすんでいる。
ホテル全体の雰囲気があまりよくない。写真詐欺だね、とがっかりしたふたりは、気を取り直して夜の町にくり出した。アルコールも入って、ほろ酔いで部屋に戻ると深夜1時。明日も朝から移動なので早めにベッドに入った。
L子さんは窓際のベッドを使った。窓にはカーテンの代わりに引き戸タイプのウッドシャッターが取りつけられている。アラームをセットしても起きられる自信がないので朝の陽射しにもご助力願おうと、この引き戸を20センチほど開けておいたまま就寝した。
翌日、寝過ごさずに起きることはできたが、すぐ行動する気になれず、しばらくベッドのなかでぐずぐずとスマホを見ていた。そんな時にふと、昨晩に見た夢を思いだした。泊まっているホテルの部屋でL子さんはずっと「どうして閉めておかなかったんだろう」と後悔していた。「マジで閉めといたらよかった、ああ、サイアク」とグチグチいいながら、ひとりイラついている。ウッドシャッターを20センチだけ開けておいたことをいっているのだ。

変な夢だったなぁと時計を見ると朝食の時間が近いので、S美に声をかける。
「おはよう、起きてる~? そろそろ準備しようか」
「おはよう。……ねぇ、この会話って今日、一発目?」
「なにそれ。うん、これが一発目だよ」
笑いながら答えると、S美は「うーん」と腑に落ちない様子。
「そっか。なら、たぶんこれは夢なんだけどさ、わたし、L子にめっちゃ怒った」
「マジか。なんて怒ったの?」
「『だから閉めろっていったじゃん』『そんなとこ開けてるからだよ』って」
そう言って20センチほど開いているウッドシャッターを指さす。
L子さんはゾクリとする。自分は開けたことを後悔する夢を見て、S美は開けた自分を咎める夢を見ていた。偶然とは思えない。そういう会話を実際にかわしていて、夢だと勘違いしているのかもしれない。
だとしたら……自分たちにとって、ここが20センチ開いていたことに、どのような不都合が生じたのか。何を後悔し、なぜ咎められたのか。
夢のなかでS美が怒った理由を訊ねると、彼女はいいづらそうに答えた。
窓の外に3人の女性がいたのだという。3人は顔を寄せ合い、20センチの隙間から部屋のなかを覗き込んで不快な笑みを浮かべていた。ひとりは日本髪を結っていて、ひとりは今時の髪型、もうひとりは忘れてしまったらしいが――。そんなものに部屋を覗きこまれるのは、不用心にそこを開けたままにしていたからだとL子さんに怒りを覚えたのだという。
そういう感情も含めて夢だったのかどうかを確認するため、今日の会話の「一発目」だったのかと訊ねたのだそうだ。

黒史郎
作家、怪異蒐集家。1974年、神奈川県生まれ。2007年「夜は一緒に散歩 しよ」で第1回「幽」怪談文学賞長編部門大賞を受賞してデビュー。実話怪談、怪奇文学などの著書多数。
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