1950年代アメリカを覆う分断の闇「ラヴクラフトカントリー」恐怖の解体対談

語り=辛酸なめ子+三上丈晴(ムー編集長)
構成=いわたみどり 人物撮影=我妻慶一
取材協力=ワーナー・ブラザース

    2020年の放送で世界的に話題となり、エミー賞にも18部門でノミネートされた傑作ホラードラマ 『ラヴクラフトカントリー』のDVDがレンタル展開される。1950年代アメリカを舞台に怪物や魔術、秘密結社が入り乱れる物語を通じ、人間同士の分断という闇も描かれる作品だ。本作が訴える恐怖の本性について、辛酸なめ子さんとムーの三上編集長の対談をお届けする!

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    人間社会に潜む恐ろしい怪物

    三上丈晴(以下、三上) このドラマは、1950年代のアメリカを舞台に、怪奇小説家の先駆者ともいえるハワード・フィリップス・ラヴクラストの『クトゥルー神話』のダークファンタジーの世界観と、アメリカにおける人種差別という社会的な問題を融合させた異質な問題作なんですけど、全10話を観終えた感想としてはどうでした?
    辛酸なめ子(以下、辛酸) 最初はなんだか血みどろの勢いが凄くて、なかなかゾクっとする感じで(笑)。怪物に襲われたり、肉片飛び散らかしながら変身するとか、もうどうなっていくんだろうと思っていたんですよ。
    三上 かなりグロいシーンも多かったですよね。でもそのうちそこに人種差別問題が入ってきたりして……。
    辛酸 あれっ? オカルトじゃなかったの?と、混乱しました。

    劇中にはラヴクラフト作品でおなじみのショゴスを思わせる怪物が登場。

    三上 黒人の一般公共施設の利用を禁止・制限していたジムクロウ法の時代で、いまアメリカで社会問題になってる事件の根源が散りばめられているから、ただのオカルトドラマだと思ってボーっと観ているとビックリさせられますよね。
    辛酸 黒人やアメリカ先住民の差別からはじまって、女性解放やレインボープライドなどマイノリティへの迫害の歴史がどんどん出てきますし。
    三上 でもそこが日本人にはなかなか理解できない部分でもあるわけですよ。50年代アメリカの差別のレベルが半端ないんだもの。歩いてるだけでムカつくからって撃ち殺し、気に食わないから火を放つという。そもそも黒人は人間として扱われていなくて、動物かそれ以下の時代。きっかけがあれば、いやきっかけなんかなくても殺してもいいと思われていたりした。そんな歴史が現代でも地続きになっている。
    辛酸 日本人だと和合とか融和しようとするけど、そんな生ぬるい話じゃないですね。
    三上 白人は白人、黒人は黒人。ぶっ殺し合ってでもお互いの存在を認めろ! という戦いの歴史。権利は戦って勝ち取るものだというメッセージがある。それに、ラヴクラスト自身がゴリゴリの白人至上主義者だったという話もある。
    辛酸 タイトルそのものにも深い意味が隠されているということですね。
    三上 だからこのドラマは、いろんな側面が複雑に入り混じっているんですよ。
    辛酸 魔術や怪物よりも、差別する生身の人間のほうがよっぽど怖いかも。でも、だんだんとカタルシスというか、女性や黒人が解放され応援されているようなストーリー展開にもなるじゃないですか。それが歴史への鎮魂のようで、差別で虐殺された人たちの魂も成仏できそうなんですよね。
    三上 ポジティブなとらえ方、さすがです。
    辛酸 個人的にお気に入りだったのは、ポエムを朗読するシーン。黒人ならではの独特のリズム感がカッコ良くて印象的なんです。それとファッションやインテリアが日本でいうところの昭和に近い映像で、癒しや温かみを感じました。そんな映像と血みどろなエグい内容とのギャップがたまりませんでした(笑)。

    1950年代アメリカの人種差別問題をはじめ、マイノリティを覆う分断の闇が色濃く描かれる。

    魔物も魔術も幽霊もすべてがリアル

    辛酸 魔術的なこともたくさん登場しましたけど、性行為によって蛇が出てきたり黒人が白人に変身したりと、いろんなことが起こるじゃないですか。セックスもある種の魔術やその手の儀式みたいなものってことですか?
    三上 生殖って生命活動そのものなんですよね。相手の精子を体内に入れる。極端にいうと、女性は男を食べて、そこから子孫を生みだす。性行為には、死と再生の儀式という意味合いがあるんだと思いますよ。民俗学的にもそういう考え方があるんです。
    辛酸 日本の神社への参拝にもそういった意味合いがあると聞いたことがあります。
    三上 鳥居は女性の両足で、その間にある参道(産道)を通って、御宮(子宮)へ。男性器に似た鈴緒を振って賽銭箱(子宮口)に賽銭(精子)を投げ込むというわけ。
    辛酸 なるほど。そしてまた参道を通って鳥居から外へ出る。出産ですね。
    三上 神社は生まれ変わるための装置みたいなものですね。教会も同じように上から見たら人間の形になっている。
    辛酸 ドラマ内の性行為自体も同じように、ある種の再生への装置としてとらえているのかも。
    三上 性行為もそうですけど、このドラマの根底には、一度自我を殺して新しい存在として再生する魔術的なテーマがついて回っていると思います。大きく見れば、この世界を作り直すんだ、というメッセージが。
    辛酸 そういった視点で見返すと、再生の魔術には犠牲が伴うことも多い気がしますが?
    三上 見えない存在に対して何かをお願いするには犠牲が必要なんです。ギブ&テイクで何かを差し出す。お金だったり、財産だったり、生け贄だったり……。神社やお寺の賽銭もそうだけれども、牛や羊を捧げる宗教もありますよね。
    辛酸 あ~~、それで最終話までに人がたくさん亡くなっているんですね。それだけ生け贄が必要だったということなのかも。

    秘密結社の存在や魔術儀式をめぐる描写はリアリティたっぷり。ムー読者なら細部まで見逃せない映像だ。

    辛酸 ところで劇中で行なわれている秘密結社の儀式も、再生への装置として見返すことで違った印象になりますね。自分のエゴを儀式によって殺すことで新しい自分になってパワーアップできるように見えてきます。
    三上 実在の団体を思わせる儀式をやっていますよね。そういう意味でもリアルです。とにかくいろんな要素が入ってるドラマであることは間違いないです。魔術や怪物や幽霊に秘密結社、全話を通じてムー的なことがリアリティたっぷりに描かれている……いや、本当にあるんですよ、そういう世界が……。

    三上丈晴●1968年生まれ。青森県出身。「ムー」5代目編集長。
    オカルト、超常現象のご意見番としても活動。
    辛酸なめ子●1974年東京都生まれ。埼玉県育ち。漫画家、コラムニスト。
    本誌連載「魂活巡業」でもおなじみ。

    魔術によって白人から黒人へ変身する場面も見どころ。ドロドロの変身演出と、皮一枚の差で世界が変わる事実がショッキング(イラスト=辛酸なめ子)。

    DVDレンタル開始!
    ラヴクラフト・カントリー<シーズン1>
    8/11 デジタルレンタル&ダウンロード販売、DVDレンタル開始
    発売元:ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント
    Ⓒ 2021 Home Box Office, Inc. All rights reserved. HBO® and all related programs are the property of Home Box Office, Inc.

    辛酸なめ子

    漫画家、コラムニスト。芸能界から霊能界、セレブから宇宙人まで独自の視点で切りこむ。

    webムー編集部

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