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人が忽然と消える神隠しの一種、天狗隠し。そこから帰ってきた人、連れ去られる直前だった人のお話ーー ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」だ!
【天狗隠し】【天狗攫い】という言葉があります。忽然と人間が消えてしまう【神隠し】に類する現象で、昔は子供が急にいなくなると「天狗がさらっていったのでは……」と考えられることもあったようです。
本当に天狗の仕業なのか、悪意ある人間による所業か、あるいは誘拐などではなく、事故や家出だったのか、その真相はだれにもわかりません。もし真相に近い人がいるとすれば、それは消えた子供たちでしょう。姿を消してしまった子供が、数年後にひょっこり帰ってきて、「天狗と過ごした日々」を詳らかに語った、そんなお話もあるのです。
そういった、何年も行方知れずとなっていた子供たちには、神通力のような術を会得して帰ってくる子もいれば、魂が抜けたようなボロボロの状態で帰ってくる子もいました。
そして、ヒーローのようになって帰ってくる子もーー。
山形県東置賜郡高畠町露藤。この地の某家には、ひとりの娘が暮らしていました。
ある日、この幼い娘は大人たちの気づかぬうちに忽然と姿を消してしまいます。
親と村の人たちで毎日捜しましたが、娘はどこにもいません。
ーーきっと、神隠しにあったに違いない。
なかなか諦めきれませんでしたが、とうとう親は決断します。娘のいなくなった日を命日とし、もう死んでしまったのだと考えるようにしたのです。
それから10年ほど経った、ある日。この家で、とんでもないことが起きました。
死んだものと諦めていた娘が、ひょっこり帰ってきたのです。
娘は見違えるほどに成長しており、しかも、不思議な力を得ていました。
夜でも、よく目が見えるようになっていたのです。
突然消えてから10年もの空白。いったい何があったのかと親はたずねました。
すると娘は黙ってしまって、親の質問に答えようとしません。
しまいには「何も聞いてくれるな」と、口をつぐんでしまいました。
ある晩のことです。
この家に盗人が入り込みました。
闇にまぎれ、息を殺し、抜き足、差し足、忍び足。
金になりそうな家財をいただいて、そうっと家を出ようとしていたところ、なんと、この家の娘に見られてしまいます。
「おのれ、盗人め!」
と、いうが早いか、娘は槍を掴むと盗人の足を一突き!
たまらず盗人は家財を投げ捨て、一目散に逃げていきました。
死んだと思われていた娘が10年後に帰ったと思ったら、まさかの大活躍!
以来、この娘は【天狗娘】と呼ばれるようになったそうです。
【天狗娘】が消えていた10年間を天狗とともに過ごしていたのか、それはわかりません。そのような告白はしていないからです。
でも、もしそうなのだとしたら、天狗は彼女を見込んで連れ去り、修行させていたのかもしれません。
攫う対象も、だれでもいいということではないでしょう。きっと彼らにだって、いらない人間はいるはずです。
こんな話があります。
奈良県吉野郡野迫川村には、【天狗見茶屋】という茶屋がありました。
ある山上参り(金峯山の蔵王権現に参拝すること)の一行がここに泊まったとき、夕食時に若者がひとり消えたまま帰らなかったことがあるそうです。
そんな茶屋には、仙太郎というヤクザ息子がおりました。親のいうことはまったく聞かず、仕事もせずに毎日ぶらぶら遊びまわっていたといいます。
ある日、遊んで夜遅くに帰ってくると、家の前に天狗が立っていました。
「仙太郎、よく聞け。今から心を改めて真人間になればよし。さもなければ、見せしめに懲らしめるが、どうだ?」
怖い天狗にお説教なんてされたら、普通の人なら委縮して、何度も首を縦に振るでしょう。ところが仙太郎はそうはならず、「なにくそっ」と天狗に飛びかかったのです。
これには大激怒の天狗。仙太郎を片手で掴むと、外から茶屋の八畳間に彼を投げ込みました。以来、仙太郎は気が抜けたようになってしまい、間もなく死んでしまったそうです。
仙太郎が投げ込まれた八畳間は、それから「天狗の間」と呼ばれるようになりました。
参考文献
高田十郎『大和の伝説』
山形県立山形東高等学校郷土研究部編『山形県伝説集(第二号) 置賜地方篇』
黒史郎
作家、怪異蒐集家。1974年、神奈川県生まれ。2007年「夜は一緒に散歩 しよ」で第1回「幽」怪談文学賞長編部門大賞を受賞してデビュー。実話怪談、怪奇文学などの著書多数。
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