「人体自然発火映画」の不条理と陰謀論/昭和こどもオカルト回顧録
前回に続いて「人体自然発火」の恐怖を回想する。今回のテーマは「映像で見る人体自然発火」。この怪現象を描いた映画がどれも「陰謀論映画」になってしまうのはなぜなのか?
記事を読む

1944年、米イリノイ州マトゥーンを連続毒ガス事件が襲った。マッド・ガッサーと名付けられた犯人像は、謎めいた痕跡を残しつつもガスのように消え去ってしまった……。その犯人像に迫る。
ネットフリックスで7月2日から配信される『ガス人間』(https://www.netflix.com/jp/title/81714240)が注目を集めている。1960年に公開された東宝の特撮映画『ガス人間㐧1号』を元にしたリブート作品だが、すでに公開されたティーザー予告編を見るだけでも期待が膨らむ作品となっている。小栗旬、蒼井優、広瀬すずといった豪華な俳優陣に、本木雅弘の長男でモデルのUTAが俳優に初挑戦するというのも話題だ。
自らの身体を自在にガスへと変化させ、あらゆる障壁をすり抜け犯罪を犯す「ガス人間 」がもたらす恐怖を描く同作だが、オカルト好きとしても見逃せない作品であることは間違いない。
そんな『ガス人間』公開に合わせて……1940年代に実際に起きた「ガス人間」事件を紹介したい。体がガスになるわけではなく、ガスをまき散らし、そしてガスのようにいずこへかと去った怪人の事件だ。
第2次世界大戦も終盤に向かっていた1944年の夏、アメリカはイリノイ州マトゥーンの住人は「怪人が出現し、町中に毒ガスを撒いている」という話に翻弄された。この犯人は神出鬼没で捉えどころがなく、多くの目撃証言や物的証拠にもかかわらず、犯人はまさにガスそのもののように現場から姿を消し、けっして捕まらなかった。
通称「マトゥーンの狂気のガス魔(マッド・ガッサー)」と呼ばれる当事件は、警察や心理学者が「集団ヒステリー」と呼ぶものの典型例として知られているが、果たしてそうだったのだろうか? 事件を詳しく追ってみたい。
ガス魔は真夜中に現れ、噴霧器を使い、得体のしれないガスを撒いたとされる。寝静まったマトゥーンの住人がガスの匂いで目を覚ましたときにはもう遅かった。体は動かなくなり、声も出せない。まさに悪夢だったという。
一連の事件の発端は1944年の8月31日に起きた。
地元の重鎮、アーバン・ラエフとその妻は就寝中、異臭を感じて目を覚ました。それは甘ったるい、安っぽい香水のような匂いだったという。ラエフの妻は、すぐに台所のコンロからのガス漏れを疑った。だが確認しようとするも、ベッドから起き上がれない。体が麻痺してしまっていたのだ。彼女は恐怖に震えることしかできなかった。
翌9月1日、すぐに別の事件が報告された。
マーシャル通りに住むアリーン・カーニーとその3歳の娘ドロシーは、夜中の午後11時頃、室内に籠もる強い甘い匂いに気がついた。最初は窓の外の花の匂いだと思い、気にも留めなかったようだが、匂いが徐々に強くなるのと同時に、足先から麻痺していくのを感じた。パニックになったアリーンは助けを求める叫び声を上げた。彼女の声で、当時家にいた姉のレディが駆けつけたが、彼女もその強い匂いに気づいたという。レディは開いていた寝室の窓の方から匂いがしていると判断したが、原因はわからなかった。アリーンは唇と喉に痛みを訴えていた。
日付が変わった午前0時30分頃、アリーンの夫であるバート・カーニーが帰宅したが、その際、家の窓のそばに不審な”男”が隠れているのを発見した。バートは男を捕まえようとしたが、逃げられてしまった。彼は目撃した不審者を「背の高い男で、暗い色の服を着て、ぴったりとした黒い帽子をかぶっていた」と描写した。このイメージは地元メディアで報道され、以後の「マトゥーンのマッド・ガッサー」のイメージとして広がっていく。

当初、警察はこの事件を強盗目的であると疑っていた。実際、事件の当日にカーニーは多額の小切手を家に持ち込み、保管していたからだ。だが事態はそんな単純なものではなかった。カーニー襲撃事件の数日後には、同様のガス襲撃事件がマトゥーン市内で多発するようになっていくのだ。
9月5日に起きた事件では、はじめて物的証拠と言えるものが発見される。ノース21番街に住んでいたコーデス夫妻が午後10時頃に帰宅した際、玄関ポーチに白い布が落ちていることに気づいた。ビューラ夫人はその布を手に取り、匂いを嗅いだ。その途端、彼女は激しい吐き気に襲われた。「電気ショックのよう」と表現するほどの刺激を感じ、数分後には唇と顔が腫れ上がり、口からは出血し、嘔吐し始めた。他の被害者と同様に、彼女も脱力感と脚の麻痺を訴えている。
またポーチの側には合鍵と、空になった口紅のケースが見つかったというが、犯人につながる情報とはならなかった。布は当局によって分析されたが、ビューラ夫人の体に起きた症状を説明できる化学物質は見つからなかった。
その夜、ガス魔は再び別の家を襲撃する。住民は開いていた窓からガスを噴射されたようだったが、目撃者はやはり黒っぽい服を着た何者かを見たと証言している。

町民はパニックになった。この頃から犯人は「狂気のガス魔(マッド・ガッサー)」と呼ばれ、地元紙はこの事件をセンセーショナルに報道し、後年、この集団的なヒステリーの元凶として非難されることになる。連続する事件に頭を抱えた地元警察は2人のFBI捜査官を呼び出し、事件の調査を依頼したほどだった。
市民の間では、犯人は正気を失った者か、新しい兵器をテストしている発明家だという噂が流れ始めていた。市民は武装し自警団やパトロール隊を組織したが、それでもガス攻撃は止まらなかった。9月10日までに「マッド・ガッサー」に対する恐怖はピークに達する。警察は犯人を見つけるだけでなく、武装した市民にも対処をしなければならなかった。事態は混迷を極めていく。
だが数日経つと、新聞報道は手のひらを返したように懐疑的な論調へ方向転換しだした。警察も一連の事件の大半は妄想であると考え始めていたようだ。彼らは事態の自然な沈静化を待ち始めたのである。その後も警察には通報が寄せられたが、多くが誤報としてあつかわれたようだ。
事件の調査に当たった公衆衛生局のトーマス・V・ライトは「ガス事件が多数発生したことは間違いないが、その多くはヒステリーによるものだった可能性が高い」と発表した。住民が不安を煽るような出来事を聞き、その後、ちょっとした異臭や窓に映る影などに過剰反応しパニックに陥ったためである、と。
それに続き、当時のマトゥーンの警察署長C.Eコールは9月12日、公式に声明を出した。原因は地元のディーゼル・エンジン製造会社で使用されていた四塩化炭素やトリクロロエチレンであった、というものだ。かつては溶剤や消火剤としても使われていた四塩化炭素は毒性が強く、甘い匂いがする。揮発したこの物質が夜風に乗り、市内に拡散した、と彼らは考えたのだ。
また同時にいくつかの事件は集団的なヒステリーがもたらした幻だったという可能性も示唆し、目撃された男も、騒ぎを聞きつけた野次馬ではなかったかと推測していた。
最後のガス攻撃はその翌日に発生した。そして、おそらく最も奇妙な事例となる。事件の被害者バーサ・ベンチ夫人とその息子オービルは、目撃したガス魔を「男装した女性で、寝室の窓からガスを噴射していた」と証言した。実際、寝室の窓の下から女性のハイヒールの足跡も発見されたという。
この夜以降、「マトゥーンのマッド・ガッサー」は二度と姿を現さず、消息も途絶えた。黒い服装の男の他に、口紅やハイヒールの跡から犯人は女性である、あるいは複数犯の可能性もあったが、警察はそのまま捜査を終了してしまった。
このように奇妙なマトゥーンの事件だが、これと似た事例が1933年、バージニア州のボトトート郡で起きていたことにも触れておきたい。この事件も主に夜中に発生し、被害者は甘い匂いを嗅ぎ、その後吐き気や頭痛に襲われ、口や喉の痛み、手足の痺れを訴えた。
短期間で集中的に事件が発生したが、ガスの成分はもちろん、犯人は一切が謎のままだ。そして時に現場では女性の姿が目撃されてもいた。これらボトトートのガス魔とマトゥーンの「マッド・ガッサー」は同一人物だったのだろうか? 犯行方法から攻撃の異常な形態まで、2つの事件の類似点を無視は出来まい。
この事件、調べている中で私が個人的に感じたのは、特に最初の被害者アーバン・ラエフと二番目のカーニー襲撃事件の重要性である。ラエフは地元の有力者で、犯人は彼を狙う理由があったのかもしれない。彼が何者かに襲われたという発言は、市民にとっても説得力があっただろう。一方、カーニー家の夫は事件当日は夜勤であり、前述の通り小切手が家にあった。事件の匂いが多分にする。
また当時のマトゥーンは不審者も多かったという。事件前には地元の新聞に、マトゥーン警察が200キロほど離れたピオリア近郊にあった捕虜収容所から脱走したナチス党員を捜索している、という記事も掲載されていた。8月30日には『News & Courier』紙が、ドイツが戦争に勝利するために毒ガスを使用する準備をしているか、謎の兵器を開発している可能性があるというUPI通信の記事を掲載していた。
もしかすると、こういった記事や噂がパニックの発端となったのかもしれない。さらにマトゥーンには近隣に軍需工場もあったという。つまり、住民は普段から身の危険に怯えながら生活していたのだ。これらは集団ヒステリーを起こした大きな要因になりえた。
またこれは現代でも散見される、メディアが話を作り上げ、後にそれを覆すという事例でもある。カーニー夫人が地元紙のマトゥーン・デイリー・ジャーナル・ガゼットに話を語っていなければ、事件はまた別の方向を歩んだかもしれない。同紙の報道姿勢がパニックを誘発したことは間違いない。しかし数週間後には、この話には何の根拠もないと警察の発表にあわせて報道を翻したのだった。

だが当時の警察署長が認めているように、いくつかのガス事件は本当に起きていた可能性が高い。
マトゥーン出身で高校の化学教師であったスコット・マルナ ( Scott Marina ) は2003年に発表した著書『The Mad Gasser of Mattoon: Dispelling the Hysteria』の中で、ガス魔の犯人に迫っている。
彼は、犯人がファーリー・ルウェリン ( Farley Llewellyn ) という地元のアマチュア化学者であるとした。彼の父親は食料品店を営む町の重鎮で尊敬を集めていたが、ファーリーは変わり者であったために地域から阻害されていたという。彼は大学で化学を専攻していた過去もあり、家には実験室も持っていた。ファーリーは町への復讐として毒ガスを精製し、撒いた可能性があるという。事件の前には自宅で爆発事故も起こしていた。一説によればニトロメタンを製造し、町を爆破しようとしていたのではとも言われている。ファーリーは後に彼の姉によって精神科病院に入院となり、最後はマトゥーンで亡くなったという。
これを補強するような書き込みもネットで見つけることができた。ガス攻撃が起こっていた時期にマトゥーンで育ったという女性も、ガス攻撃犯とされた弟と姉の話を父から聞いたと証言している。
私はこのファーリー・ルウェリンの存在を追った。手がかりは二人の姉妹がいたという証言だ。様々なアプローチをした中で、遂にファーリー・ルウェリン本人らしき人物の足跡を掴むことに成功した。彼は1909年に生まれ、1984年に亡くなるまで、終生マトゥーンで過ごしていた。一説によれば精神科病院で最期を迎えたとも言われているが、その確認は取れなかった。ファーリーは背が高く痩せており、カーニー家の外で目撃されたとされる男の特徴とも一致している。彼の若い頃の写真も残っているが、聡明そうな顔をした普通の青年という印象だった。
事件当時、ファーリーは父親の自宅に住んでおり、二人の姉が確かにいた。書類上は複数の弟と妹がいたが、乳幼児期に亡くなっており、唯一の弟はカンザスで軍人として働いていた。彼の父親の死亡記事も発見することができたが、死亡日は1944年の1月であった。母親も1940年に亡くなっている。もしかすると、この父親の死がファーリーの心身に決定的な打撃を与え、事件へと駆り立てたのかもしれない。だが、もはや真実は調べようもない。
極めて不気味で、謎の多い当事件だが、深く調べればやはり人間の業に行き着くようだ。発生から80年が経過してもなお語り継がれる当事件は、一人の男の孤独や不安が起こした、悲しい事件だったのかもしれない。
事件は長らく世界中の人々の耳目を集め続けた。例えば ” Myth or Real ” ( 1994 ) というトレーディングカードには、ネッシーやモスマンなどと並んでこの「マトゥーンのガス魔」が選ばれている。

最早オカルトの古典となりつつあるこの事件はしかし、現代の我々にも警鐘を鳴らしている。どこか理不尽な、奇妙な事件が起きたとき、それを過剰に捉え、騒ぐのは危険だと、我々も肝に銘じるべきだろう ( 先日起きた京都府南丹市の事件など、特にSNS上の騒ぎは目も当てられないものだった ) 。
アメリカの医療社会学者のロバート・バーソロミュー氏はマトゥーンのような事件は二度と起こり得ないと信じている人は考え直すべきだと述べている。
「また同じことが起こっても驚かないだろう。むしろ、起こらない方が驚きだ」
自らの理解の範疇を超えた物事と対峙するとき、我々が如何に対処すべきかを考える一助になれば幸いである。
参考
https://www.americanhauntingsink.com/madgasser
https://www.michelegargiulo.com/blog/mad-gasser-mystery
https://nypost.com/2024/05/27/us-news/mad-gasser-of-mattoon-inside-us-first-case-of-mass-hysteria/
https://web.archive.org/web/20070927210105/http://www.eiu.edu/~localite/coles/mattoon/gasser/First%20Victims%20Article.htm
https://beltmag.com/the-mattoon-mad-gasser-looking-back-at-a-textbook-case-of-mass-hysteria/
https://www.nprillinois.org/arts-life/2016-10-11/hysterical-history-the-mad-gasser-of-mattoon
https://www.atlasobscura.com/articles/column-mad-gasser-of-mattoon
オオタケン
イーグルリバー事件のパンケーキを自作したこともあるユーフォロジスト。2005年に発足したUFOサークル「Spファイル友の会」が年一回発行している同人誌『UFO手帖』の寄稿者。
ランキング
RANKING
おすすめ記事
PICK UP
関連記事
「人体自然発火映画」の不条理と陰謀論/昭和こどもオカルト回顧録
前回に続いて「人体自然発火」の恐怖を回想する。今回のテーマは「映像で見る人体自然発火」。この怪現象を描いた映画がどれも「陰謀論映画」になってしまうのはなぜなのか?
記事を読む
70年代に出没したロボットのような怪人たち「フォークビルの銀色異星人」/忘れじのUFO事件史
空飛ぶ円盤という言葉が世に飛び出して約80年。数々の遭遇の中から忘れられない――忘れたくない事例を振り返る。今回はアメリカ南部に出現した全身銀色のヒューマノイドについて。70年代、世界各地で「サム」た
記事を読む
カップルを襲う鈎手の怪人「ザ・フック」の絶対的恐怖/テキサス州ミステリー案内
超常現象の宝庫アメリカから、各州のミステリーを紹介。案内人は都市伝説研究家の宇佐和通! 目指せ全米制覇!
記事を読む
恐竜絶滅を引き起こした元凶は木星だった!? 崩壊した“木星は地球の守り神”説
木星は地球にとって天使か悪魔か――!? 小惑星や彗星の衝突から地球を守っていると考えられていた木星が、実は約6500万年前に地球上で大量絶滅をもたらした小惑星衝突の“犯人”であるかもしれないという。
記事を読む
おすすめ記事