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◆太田圭介 東京都板橋区
私自身が数年前に体験した不思議な出来事です。
「寒い、寒いよ。寒くて仕方がない。助けておくれ」
悲鳴にも似た女性の声を耳にし、私は目を覚ましました。時計を見ると夜中の1時です。
身を起こした途端、部屋の中が冷えこんでいることに気づきました。
暗がりの中、周囲を見わたすと、しっかり閉めていたはずの部屋の窓が数センチ開いています。そこからひんやりとした冷気が部屋の中に吹きこんいたのです。
「寒い、寒い」
そう訴えていたのは、紛れもなく母の声でした。
じつは母はそれまで入院していた病院で息を引きとったばかりで、その日は葬儀会社指定の施設に遺体を預けていました。夜が明ければ告別式が執りおこなわれる予定です。
“単なる夢なのだろうか。それともそれだけではすまされない何かが母親の身に起きたのではないか”
そう思った私は、気が気ではありません。
母はすでに亡くなっているので、何かが起きることなどありえないと、頭ではわかっているのですが……。
いてもたってもいられず、早朝、母の遺体が安置されている葬儀社指定の施設に足を運んでみました。そこには24時間体制で係の人が常駐してくれています。
今現在、母がどういう状態で安置されているのかを知りたくて、係の人に話を聞いてみました。
「お母様は施設の冷蔵庫で保管しております」
係の人は落ちついた口調で答えてくれました。
「母親を冷蔵庫から出してあげたいのですが、可能ですか」
再び係の人が口を開きます。
「対面することは可能です。しかしご契約された家族葬のプランでは、ご要望の内容は別料金になります。いかがされますか」
それを聞き、私は契約していた家族葬のプランを急きょ変更することにしました。
「寒い、寒い」と、必死で訴える母を冷蔵庫から出してあげたかったからです。
さらには追加料金を払って、湯灌もお願いすることにしました。理由はひとつ。冷えきった母親の体を温めてあげたいとの思いからです。
告別式の時間が目前に迫っていましたが、なんとか母親をお風呂に入れて温めてあげることができました。
やがて数時間後、無事に母の告別式が終了しました。
斎場からの帰り、それまでの疲れが出たのでしょう。私は不覚にも葬儀社の送迎バスの中で居眠りをしてしまったのです。
そのとき再び母の夢を見ました。
夢に現れた母は浴衣を身にまとい、何やら嬉しそうに微笑んでいます。
そして、「ああ、さっぱりしたよ。いいお湯だった」と、口にしたのです。
それはまるで家の中での出来事のような夢でした。
近ごろは葬儀の簡素化が進み、いろいろな儀式を省略するという風潮があると思います。当初、私もそれに倣ったひとりです。しかし、途中でプランを変更し、本当によかったと思っています。
夢の中とはいえ、母があれほどまでに喜んでくれたのですから……。

(本投稿は月刊『ムー』2026年04月号より転載したものです)
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webムー編集部
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