小型ロボット宇宙人に光線で襲われた!? マリウス・デワイルドの奇妙なUFO遭遇事件

文=オオタケン

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    1954年のフランスに、奇妙なロボット宇宙人が出現していた。かわいい……とも言っていられない、その顛末を解説しよう。

    あの「宇宙ロボット」は何なのか

     現在、コンビニエンスストアのファミリーマートと『ムー』がコラボをしている事は、Webムー読者であればご存知の事であろう。皆さんご存じの3メートルの宇宙人ことフラットウッズ・モンスターやモスマンなどと並び「デワイルド事件」の宇宙ロボット(?)が選ばれている事が嬉しい。ずんぐりとした銀色のフォルムに2本足。UFOそのものに足が生えたかのようで、介良事件との類似も感じてしまうものだ。

    上段左端が「デワイルド事件」の宇宙人(?)だ。ファミマオンラインくじでは、5種のエイリアン&UMAのグッズがあたる。

    ドーム型UFOとロボット型の宇宙人

     コミカルな側面がクローズアップされがちなデワイルド事件だが、実は、1953年から起きる世界的なUFO目撃増加の波 ( ウェーブ ) の中でも非常に重要な意味を持つ事件なのだ。
     事件の起きたフランスでは徹底的に調査がされていたものの、日本では大きく紹介されて来なかった。この機会にハイストレンジネスな当事件にスポットを当ててみたい。

     事件が起きたのは1954年の9月10日の夜である。
     フランス北部のカルブール市 ( Quarouble ) に住んでいた製鉄所の作業員マリウス・デワイルド ( Marius Dewilde、当時34歳 ) が、鉄道線路沿いの自宅でくつろいでいると、飼い犬のキキが激しく吠え始めた。
     デワイルドが懐中電灯を持って外に出ると、線路上にチーズドームのような形のUFOと、身長1メートル足らずの2体の人影を発見した。UFOはブーンというモーターのような音を発していたという。

     彼はUFOから5〜6メートルの所まで接近した。人影は金属製と思われるヘルメットを被り、ダイビングスーツのような物を着ていた。肩幅は広く、腕は無いように見えたという。
     突如、UFOから強い光線が放たれ、デワイルドの体は麻痺してしまった。その間に人影はUFOの中に消え、デワイルドが目を開けれるようになった直後にUFOは垂直に離陸し、消えたという。

     デワイルドは妻と隣人に目撃した物を報告したが、二人は何も見聞きしていなかった。彼が地元の警察に通報し、現場を検証した所、焼けた小石や枕木に残った特徴的な跡がいくつか発見された。また、デワイルドの持っていた懐中電灯や電話など、電化製品が動作しなくなったとも語られている。
     彼は光線を浴びたことで体の不調を訴え、特に呼吸器系の問題を訴えた。更に飼い犬のキキはUFOの影響か、3日後に死亡してしまったという。後日、彼の証言を裏付けるように、地元の住民からは謎の飛行物体を見たという証言が複数寄せられた。

    デワイルドの見間違いか?

     この事件は当時の資料が数多く残っている稀有な例だ。有名なのはフランスのタブロイド紙「RADAR」の一面に掲載された記事とイラストだろう。デワイルドが2体のロボットを捕まえようとし、UFOからの光線を浴びてしまうシーンが劇画調に描かれている。このイラストが独り歩きし、現在のデワイルド事件のイメージとなっている。だが実際はデワイルドの目撃した人影はロボット的では無く、彼の残したイラストからは「ボウリングのピンに足が生えたような形」であった事が分かる。どちらにせよ、なかなか可愛らしいデザインである。

    「RADAR」1954年9月26日の誌面で大きく紹介された。https://ufologie.patrickgross.org/1954/10sep1954quarouble.htm より。

     とにかくセンセーショナルに連日報道されていた当事件だが、これを境にフランスでのUFO目撃が著しく増加していく事になる。8月にはたった42件だったフランス国内でのUFO報告が、9月には217件に、10月には750件にまで増加するのだ。当時の欧米の新聞や雑誌に数多く紹介され、UFOウェーブを作り出した重要な事件である事に間違いはない。この事件が無ければ、あのイタリアで起きたチェンニーナ事件も起きなかった可能性があるのだ。

     さて、デワイルドが見た物は本当に地球外生命体とその乗り物だったのだろうか?
     その点においては疑問が多い。沢山の資料、証言、痕跡が残っていた事件ではあるが、地球外生命体の仕業であったという確たる証拠は無い。

     では、一体何だったのか?
     フランスの研究者達の記事などを読むと、これがまるでミステリー小説を読んでいるようで面白い事に気がつく。
     例えばデワイルドの見たUFOについては、盗賊が乗っていた車である可能性が示唆されている。チーズドームのような外見の車として、当時ポピュラーだったルノーやシトロエンのバンの可能性があるというのだ。

    デワイルドは「ドームのようなもの」を見たというが……。https://oncle-dom.fr/paranormal/ovni/confusions/bolides/quarouble/quarouble.htm より。
     このようなバンを見間違えたのか? https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Renault_1_000_kg_van_in_Belgium_1.jpg より。

     実際、デワイルドは光線を浴びた直後に「引き戸の音」を聞いているし、ブーンという音はディーゼルエンジンの音だったのかもしれない。変装をした盗賊が慌ててハイビームを点灯させ、発進させたのを誤認した可能性はありそうではある。

    マリウス・デワイルドの人生が変わった

     個人的にはこの事件、調べれば調べるほど味が出るのだが、何よりデワイルドという人間の魅力を捨て置いて語る訳にはいかない。

    デワイルド・マリウス。https://oncle-dom.fr/paranormal/ovni/confusions/bolides/quarouble/quarouble.htm より。

     写真を見てもわかる通り、中々のイイ男でもある。
     デワイルドはこの遭遇以前、様々な職歴があったという。ある時は旅回りのサーカス芸人であり、またある時は炭鉱労働者であり、第二次世界大戦中にはフランスのレジスタンス運動に参加したとも語ったようだ。商船の船員として30代前半までに世界中を航海していた一方、所謂ポン引きとして働いた時期などもあり「規律正しく率直な性格」という記述も見られるが、他方でタフガイではあるが喧嘩っ早く目立ちたがり屋で、働く事を好まなかったとも伝えられる。近隣の評判も良い物と悪い物が散見され、後年は証言のブレも大きく、余り良くない印象を持つ研究者も居たようだった。この一貫性の無い人物像も事件に深みを持たせるものだ。

     また事件以前の1953年には、彼は重度の労働災害に遭っていたことも付け加えておきたい。それが事件に与えた影響も論じられており、当時の天文学者や科学者を含む懐疑論者は、現場が鉄道線路に近かったこと、そして彼が労働災害により頭部を負傷し、幻覚につながる可能性のある神経障害を起こしていたことを指摘し、この事件を流星の仕業、または機関車のヘッドライトの誤認であるとした。

     作家でUFO研究家でもあったミシェル・カルージュは1963年に発表した『火星人の出現 ( Les Apparitions de Martiens ) 』という自著の中で心理批評的分析を用いて、痕跡は民間伝承に影響された潜在意識による捏造であると主張した。また、1997年に出版されたUFO研究家ジャン・サイダーによる『1954年文書 ( Le Dossier 1954 ) 』の中では、複数の証言におけるUFO痕跡の描写の矛盾が​​指摘されている。また枕木に残った痕跡は当時の憲兵隊の調査でノミで削られた可能性が指摘されており、目撃自体が冷戦に関連した集団パニック、またハリウッド映画の影響 ( フランスでは『宇宙戦争』が公開された後だった )  等も指摘されている。
     個人的には、事件後に呼吸器の不調を訴えたはずのデワイルドが、数日後の新聞紙上で「咥えタバコで死んだはずのキキを抱いている」写真で掲載されていた事も書き加えておく。こういった点も含めて面白い事件なのである。

     デワイルドは、事件からちょうど一か月後、1954年10月10日にも2度目の遭遇を果たしたと語り、更に周囲を驚かせた。
     この時、彼と3歳の息子は着陸した円盤状の宇宙船を目撃し、5体から7体の小さな人型生物と交流した。彼らはデワイルドの肩を叩いたり ( 甲府事件との類似点である! ) 、息子の頭を撫でたりするなど友好的だったようだが、最後には雌鶏を捕獲し、連れ去っていったという。

     こういった一貫性の無い行動は宇宙人あるあるだが、この出来事の詳細な説明の中で、デワイルドはこれらの生物からテレパシーによるメッセージを受けたと述べており、その後も継続的な異星人との接触をUFO研究家でジャーナリストのロジェ=リュック・マリーとの共著『宇宙人に逆らうな ( Ne Résistez pas aux extra-terrestres ) 』の中で語っている。兄弟愛や人類の紛争について憂いていたという宇宙人の言動はまさにコンタクティーが語るそれであり、そういったメッセージを受け取ったデワイルドの人柄も垣間見えるところで興味がひかれる。

    ロジェ=リュック・マリーとの共著『宇宙人に逆らうな ( Ne Résistez pas aux extra-terrestres ) 』。https://www.amazon.co.jp/Ne-r%C3%A9sistez-pas-aux-extra-terrestres/dp/2268000850

     彼は事件後に有名人となり、それなりの金銭を手に入れたようだ。だが彼はその後、職と家を失い、離婚をし、再婚し、職を転々としたとも伝えられる。1960年ごろに故郷のトゥールに戻ったが、1972年には狩猟中の事故で右腕を失った。『宇宙人に逆らうな 』を出版したのはその後の事だった。他のコンタクティー同様、宇宙人との接触後の人生は少し物悲しい。

     だが彼の遭遇話は今もって魅力的で、近年もドキュメンタリーが公開されたりと人気が高い。理由は彼の人物像と波乱に満ちた人生にもある。人々の恐怖心を煽るだけのUFO物語も多い中で、この事件が如何に重要性が高いかを感じ、興味を持って頂ければ幸いだ。

    *ドキュメンタリー映像のトレーラー。

    参考
    https://oncle-dom.fr/paranormal/ovni/confusions/bolides/quarouble/quarouble.htm
    https://ufologie.patrickgross.org/1954/10sep1954quarouble.htm
    https://france3-regions.franceinfo.fr/hauts-de-france/nord-0/valenciennes/il-a-vu-un-ovni-et-des-extraterrestres-en-1954-la-celebre-affaire-marius-dewilde-ressuscitee-dans-un-documentaire-inedit-3264173.html
    https://grokipedia.com/page/marius_dewilde

    オオタケン

    イーグルリバー事件のパンケーキを自作したこともあるユーフォロジスト。2005年に発足したUFOサークル「Spファイル友の会」が年一回発行している同人誌『UFO手帖』の寄稿者。

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