無数の“胎盤“が木に実ったバリ島「セトラ・アリアリ」の神秘! 厳しい掟と伝説に彩られた知られざる風習

取材・文・写真=小嶋独観

関連キーワード:

    珍スポを追い求めて25年、日本と世界を渡り歩いた男による、誰も知らないインドネシア・バリ島の姿!

    独特の「胎盤処理」

     ビーチリゾートとして知られるバリ島には、さまざまな不思議な習俗がある。とりわけ印象的なのは、胎盤の処理方法である。バリの人の話では出産後、夫が妻の胎盤を洗って家の敷地内に穴を掘って埋めるのだという。

     赤子は胎盤と羊水と血液と胎脂(胎児を覆う膜)を伴って産まれてくる。これらはバリでは「4つの兄弟」と呼ばれ、貧富の差に関係なく誰もが生まれながらに持つものとして重視される。ところが、羊水と血液と胎脂は流れてしまったり、すぐ無くなってしまうため、残った胎盤は極めて貴重なものとして扱われるのだ。バリ島の人に聞くと、子どもの頃は学校に行っても早く家に帰りたいとばかり考えていたそうだが、その理由は、家に自分の兄弟分である胎盤がいるからだという。それほどバリの人にとって胎盤は特別な意味をもつ存在なのだ。

     ちなみに、かつては日本にも胎盤を洗ってから自宅の敷地に埋める習俗があった。その多くが玄関や勝手口の近くに埋めたのだが、「大勢の人が踏むことで子どもが強くなる」という意味合いが込められていたという。もしかしたら、へその緒を大事に保管しておくのも元々はそれに近い習俗だったのかもしれない。

     バリに話を戻そう。胎盤を重要視するのは島全域で見られる現象だが、その中でも変わった胎盤処理をしているのが、島北東部に位置するバユン・ゲデという村である。この村では、なんと胎盤をヤシの実に詰めて、特定の場所に持っていくのだ。

     村の入口。門はバリでよく見る形式の門だ。この先は車では入れないので、徒歩で進む(バイクは入れる)。

     雨に霞むバユン・ゲデの村。他のバリの集落とは趣が異なる。トタンや瓦の屋根がほとんどだが、木の皮を葺いた屋根が散見される。

     なんだか、おとぎ話に出てきそうな現実離れした雰囲気の街並み。

     特に印象的だったのが、この独特の曲線型の屋根の建物。壁はなく東屋のような建物だったので祭祀などに使われる建物なのだろうか。

     巨大な板石を並べた塀。このような塀を設けている家がいくつかあった。

     村の真ん中を通る一本道の突き当りには、森がある。その森の中に胎盤を納める場所があるのだ。

     ここは「セトラ・アリアリ」と呼ばれている。直訳すると「胎盤の墓」という意味だ。バユン・ゲデの人々は出産の際の胎盤をヤシの実に詰めてこの場所に奉納するのだ。

     ヤシの実には十字に白い筋が入っている。

     最初は奇妙な実がなっている木かと思ったが、よく見ると全て蔓で縛られていることがわかる。

     近くで見ると、ヤシの実は真ん中から2つにカットされている。

     胎盤が下げられる木は「ポポン・ブカック」と呼ばれ、この村にしかない“胎盤のにおいを吸収する木”だと言われている。

     なぜ、この村だけが胎盤を土に埋めず、木に吊るすのか。それはこの村の伝説による。昔々、村人に崇拝されていたイダドゥクという人物が、土地を清めるために胎盤を木に吊るすようになり、村人もそれに習ったというのだ。

     また、バユン・ゲデの最初の人間は切株から産まれたとされており、その起源の木を元に戻すためにも胎盤を吊るすことが必要なのだという。

     胎盤を木に奉納するのは夫の役目だ。胎盤を運ぶのは早朝か日没時。日中に運ぶことは固く禁じられている。

     ちなみに、他の地域で行われている胎盤を土に埋める行為はこの村では禁止されている。それは庭に埋めると土地が穢れるからだという。つまり、胎盤そのものは穢れたものだが、ヤシの実に詰めることで浄化できるという考え方が根底にあるのようだ。もしも土に埋めると罰金が科せられるという厳しさだ。

    浄化した胎盤をヤシの実に詰めて吊るす

     胎盤を納めるには、まず胎盤を真水で洗う。そして、2つに割ったヤシの実にヒンドゥー文字を書く。次に胡椒、コリアンダー、ライム、檳榔、ウコン、ナスの棘などのスパイスを胎盤に混ぜる。賢い人に成長できるように、良い香りをつけるのだという。

     こうして浄化した胎盤をヤシの実に詰め、竹のロープで結ぶ。そしてセトラ・アリアリへと夫が運ぶのだ。

     胎盤入りのヤシの実を運ぶ際にも細かいルールがある。先に述べたが、時刻は早朝か日没時。道中は他人と話してはならない。そして聖なるポポン・ブカックの木を刈らない。

    胎盤を納めた帰りには、男子の場合は薪、女子はシダを持ち帰り、産まれた赤子に報告する。そしてシダの葉を家のドアに42日間貼る。これは不浄期間であることを示しているのだ。

     この森は、実は周辺地域の水源にもなっているという。つまり、この習俗の背景には、神聖な土地とすることで伐採を戒める意味があったのではなかろうか?

     見れば、木の下にはヤシの実がたくさん落ちていた。ぱっかり割れているものもあった。基本的には落下したヤシの実は放っておくらしい。落ちずにいつまでも木に吊られていると子供は健康に育つのだが、落ちたら落ちたでそれなりに、という事のようだ。割れたヤシの実の中に胎盤があるのか? と思って見てみたが、そこにはもう濁った水が溜まっているだけだった。

     森の中に点在する胎盤の墓。一見ギョッとする光景だが、バユン・ゲデの人々にしてみれば、産穢を浄化するための重要なプロセスなのだ。

     再び不思議な集落を歩いて戻る。ビーチやバリ・ヒンドゥー寺院や伝統舞踊とはまた違った、よりディープなバリ文化を見ることができた。大満足なり。

    小嶋独観

    ウェブサイト「珍寺大道場」道場主。神社仏閣ライター。日本やアジアのユニークな社寺、不思議な信仰、巨大な仏像等々を求めて精力的な取材を続けている。著書に『ヘンな神社&仏閣巡礼』(宝島社)、『珍寺大道場』(イーストプレス)、共著に『お寺に行こう!』(扶桑社)、『考える「珍スポット」知的ワンダーランドを巡る旅』(文芸社)。
    珍寺大道場 http://chindera.com/

    関連記事

    おすすめ記事