インフルエンサーを操る情報源を疑え! 語りたい本質が揺れる大配信者時代/シークエンスはやとも 噂のホウダン 第10回

文=シークエンスはやとも 構成=倉本菜生 イラスト=ネルノダイスキ

    霊界と芸能界、そして都市伝説界隈から世界を見る芸人が、気になる噂のヴェールをめくる。今回のテーマは「インフルエンサーと陰謀論」。その情報、どこのだれから入ってきたの?

    特定業界の噂話が動画配信者に集まる謎

     都市伝説を愛してやまない吉本興業所属の霊能者、シークエンスはやともです。今回は「動画配信者に怪情報が集まる理由」について語っていきます。

     ネットの世界は今、陰謀論と怪情報であふれています。その発信源をたどっていくと、だいたいが動画配信者やインフルエンサーの投稿に行きつきます。「こんな話を聞いた」「こういうタレコミがあった」など、彼らは嬉々として語っている。
     情報を広めたい側からすると、ネットで影響力を持つ発信者は、まさに「使いやすい存在」なのかもしれません。実際に僕自身も、「はやともくんの動画でこれ、取り上げてくれない?」といわれることがあります。

     登録者数やフォロワーが多く影響力がありそうな人には、謎の情報提供者が近寄ってくる。これは宿命のようなものなのかもしれません。

     では、そんな情報提供者とはいったい何者なのか。僕の経験上、怪しい情報をもたらすのは、経営者などのお金持ちが多いです。実は都市伝説的な噂話は、上流層のコミュニケーションツールとしてとても便利なんです。「業界でこんな話があってね」と共有すれば、ちょっとした暴露話として盛り上がるし、自分が「内側にいる人間」であることもアピールできる。

     そもそも個人が生み出せるお金には、よほどの天才じゃない限り限界があります。起業して、自分で会社を経営してコミュニティを広げていく。その先で訪れる限界範囲を拡張するには、他人が広げている世界とつながるしかありません。
     そのためには、ユーモアで相手を楽しませる力や、承認欲求をくすぐる話術、自分の価値をアピールする技術が必要になります。その全部を満たしてくれるのが、都市伝説的な噂なんです。

     上流層の多くが、知性や体力、そしてコミュニケーション能力を武器にしています。みなさん特有の技術や経営センスや資本などをお持ちなんですが、ときどき、そういった土台を持たないまま、コミュ力だけでのし上がっていく人たちもいる。
     たとえば芸人にとっての土台、帰るべき場所は劇場です。動画配信でバズらなくても、舞台でネタがウケれば食べていける。ちゃんと戻れるホームがあるから、思いきって外でも勝負できるんですよ。極論ですが、僕たち芸人は自分の身体さえあれば、どこでもネタを披露できます。
     でも帰る場所がない人は、属しているコミュニティに必死にしがみつこうとする。「外されたら自分の居場所がなくなる」という不安から、無理にでも仲間でいようとし、業界の内部事情にこだわっていく。「俺、〇〇くんと友だちだよ」みたいなことをいう人、たまにいるんです。かつては芸人が「友だち枠」に利用されていて、ベンチャー企業の社長のよくわからないパーティーに呼ばれるなんてこともありました。今はその枠で呼ばれがちなのが、動画配信者やインフルエンサーです。

     特定の業界の噂は数字が取れそうなネタなので呼ばれたほうが嬉しい。呼んだ側はコミュニティに話題を持ち込んでポジションを確保。これがネットの人気者によくわからない陰謀論が集まってくる仕組みのひとつです。

    インフルエンサーには「本質」がない

     動画配信サイトやSNSは本来、「好きなことを好きなように発信する場」でした。でも今は、登録者やフォロワー数、再生数や「いいね」を競い合う世界になっています。自分が面白い、好きと思うものを出すのではなく、視聴者にウケそうなものを提供するようになってしまった。

     数ばかり気にして「見た人が食いつきそうなものを取り上げる」という方向性に進むと、何が起こるか。陰謀論や怪しい話のサーキュレーターをやらされてしまうんです。情報の質を見抜けない人間は、「情報提供者」の傀儡にされてしまう。与えられた情報を精査できない発信者からは人が離れてしまいます。拡散や発信している側は「こんなの本気にしないだろう」と思っていても、意外と信じてしまう人が多い。この意識のギャップも、トラブルの元になっている気がします。

     逆に、自分が本当に好きなものや信じているものを発信している人には、「本質」や「核」を感じるものです。フォロワーが多くなくても、核を持つ発信者のもとには自然と人が集まってくる。
     スモールスケールでも、自分の本質を保ちながら活動を続ける人こそ、持続可能で普遍的な幸福を手にしているのではないかと思います。

     好きなものを突き詰めて、それをわかってくれる人に丁寧に伝えていく。この職人的な過程をすっ飛ばして、いきなり影響力を持ててしまうのが、現代のネット空間です。視聴者ファーストでいることは大事。だけど、「自分の本質を大事にすること」とはまったく別問題。そのバランス感覚がうまくできたら、長く続けられるでしょう。でも、どちらか一方に偏りはじめた瞬間、終わりの合図になるのかもしれない。

     これから先、数のバトルをしている本質のない動画配信者やインフルエンサーは、どんどん見えなくなるでしょう。飽きられるともちょっと違っていて、自然と忘れられていくんです。世間が思っているような没落ストーリーではなく、コンサル業など、裏方に回っていくんじゃないかな。それを目的にしている人はまだ賢いほうです。テレビに出ている芸能人と一緒ですね。結局僕たち芸事で生きている人間は、消耗品ですから。

     テレビ一強だった昭和や平成に比べると、今は楽に知名度を得られるようになりました。影響力を持ちやすくなって、承認欲求も満たしやすくなった。その代償として、消耗品であることくらいは、僕自身も含めて受け入れないといけないんじゃないかなって思っています。

     そんな人たちを利用する「情報提供者」たちも、時代に合わせてどんどん新しい人たちに乗り換えていくはず。かつては芸能人、今は動画配信者やインフルエンサー。その次はいったい、どんな人たちが怪しい情報の拡散をさせられてしまうんでしょうね。

    (2025年 月刊ムー10月号)

    シークエンスはやとも

    1991年7月8日、東京生まれ。吉本興業所属の〝霊が視えすぎる〞芸人。芸能界から実業界、政財界にも通じる交友があり、世相の表も都市伝説も覗いている。主な著書に『近づいてはいけない いい人』(ヨシモトブックス)、『霊視ができるようになる本』(サンマーク出版)など。

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