幽霊か精霊か生霊か? 心霊大国タイの「ピー」を分類して考える/髙田胤臣

文・写真=髙田胤臣

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    タイ人たちは霊的な存在を「ピー」と呼ぶ。仏教伝来以前から存在する「ピー」の多面的なイメージを辿る。

    (前回はこちら)

    ピーとは何か? その細分化と分類

     タイ人が恐れるピーだが、一般的なタイ人には細かな用語まで説明できる人が案外、多くない。というのは、この「ピー」にはさまざまな意味があるからだ。日本での心霊、幽霊、精霊、悪霊、怪談話など、なんでもかんでもピーのひと言でまとめられてしまう。そんなピーに関する代表的で基本的な単語をまとめてみた。

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     一般的にピーといえば、狭義の意味ではお化け、幽霊、悪霊、妖怪を指す。広義では心霊現象全般、さらには神など霊的な事柄に関わるすべてがピーになる。ときに死体もピーと呼ぶこともある。

     2000年代初頭、タイでも日本のホラー映画『呪怨』が公開され、人気となった。タイ語の題名は「ピー・ドゥ」だった。このころから特に悪霊をピー・ドゥと呼ぶようになった。それ以前は「ピー・ヒアン」、あるいは事故死など自然死以外の死に方で亡くなるケースを指す「ピー・ターイ・ホーン」と呼ばれた。日本と同じように、自然死以外は地縛霊などになりやすいと考えられているのだ。

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    タイで最も有名なピーであるメーナーク・プラカノンが祀られた廟。

     タイ人の怪談好きはもう少し踏み込んだ言葉を用いる。よく聞くのが「ウィンヤーン」だ。ウィンヤーンは人の身体に宿っている霊魂だ。死亡直後に肉体から抜けたウィンヤーンは形が定まらず、人魂あるいは火の玉となって目撃される。タイではウィンヤーンは人形になる前に成仏し、もし長くこの世に留まるとピーになると信じられている。
     ただ、ウィンヤーンがピーになると多くがピー・ドゥになるとも考えられている。というのは、成仏しないことはすなわちこの世に未練があるから、ということらしい。未練の「念」によってウィンヤーンが正常な状態に保たれなくなり、悪霊化してしまうのだ。

     最近は悪霊を意味する単語として「サンパウェーシー」という言葉も聞かれるようになってきた。ただ、本来サンパウェーシーは生まれ変わるための器、つまり、生まれ変わるための人間や動物の肉体、植物などの自然物を求めさまよっている状態を指す。しかし、タイ人のなかにはサンパウェーシーを悪霊と思っている人もいる。すべてはピーでまとめられるので、わざわざ細分化する必要はないと、間違った理解でサンパウェーシーを使っているのだ。

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    かつて刑務所だった公園は夜間、受刑者のウィンヤーンが彷徨うといわれる。

    ウィンヤーンと動物霊

     ウィンヤーンは人間にしか宿らないものだとされる。動物にはウィンヤーンはないとタイ人は考えているので、タイ国内では動物にまつわる心霊話や昔ながらの妖怪、古典的な怪談がほとんど存在していない。敬虔な仏教徒が多いゆえに、畜生道は人間よりも下等であり、下等ゆえに魂なぞ持っていないと考えているようである。
     タイ人は森羅万象にピーが宿ると信じている一方で、ウィンヤーンは動物には宿らないという仏教的な考えも持っている。これはタイ人が信仰する上座部仏教がタイの精霊信仰と深く習合しているために起こる矛盾だ。タイと日本の仏教がまったく違うのは一目瞭然であるのは当たり前としても、近隣諸国で信仰される上座部仏教ともまた違う。タイ人の民族としての気質やこういった精霊信仰が深い部分で混じり合い、タイ独特の仏教や習慣ができあがっている。
     これにより、タイの怪談は仏教的なもの、精霊信仰的なもの、その両方を持ったものに分類される。特に古典怪談は大きくこの3つに分けられる。しかし、タイ人のある除霊師はこう語る。
    「本当に霊的な現象や霊障は宗教に関係ない。宗教に関係したなにかに憑依されているという人がいたら、私は霊障ではなく精神疾患を疑う」
     しかし、宗教がなんであろうと不可解なことが起これば、タイ人の多くはすべてピーの仕業であると考える。そして実際、タイでは科学では説明できない不思議なことがしばしば起こる。タイで生活しているとピーを身近に感じることがあるのだ。

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    ベトナム寺院で中国の道教の神である関帝が憑依したタイ人男性。
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    護符刺青に魂を込める。

    ムー 2020年6月号より

    髙田胤臣

    1998年に初訪タイ後、1ヶ月~1年単位で長期滞在を繰り返し、2002年9月からタイ・バンコク在住。2011年4月からライター業を営む。パートナーはタイ人。

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