謎の女神と大量の奉納猿… 明治まで一般人の入山が禁じられていた壱岐島・男嶽神社の奇景

取材・文・写真=小嶋独観

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    珍スポ巡って25年の古参マニアによる全国屈指の“珍神社”紹介! 今回は長崎県壱岐市の男嶽神社をレポート。大量に奉納された猿、そして不思議なビジュアルの女神の正体は?

    ユーモラスな風貌の女神の正体は……!?

     福岡と対馬の間にある壱岐島。玄界灘に浮かぶその島は、古くから朝鮮半島との海上交通の要所であった。そんな島の北東部に不思議な神社が存在する。その名は男嶽(おんだけ)神社。

     入口からお察しの通り、猿の奉納で有名な神社なのだ。

     この神社の祭神は猿田彦神。それに因んで石の猿が奉納されているという。なお、明治の頃までは一般人の入山は禁じられていたそうである。

     拝殿。こうしてみる限りごくごく普通の神社のようだが……。

     狛犬の裏には猿の石像が座っていた。手に持つのは何だろう? 団子?

     逆サイドにもお猿さんが。こちらも団子のようなものを掲げている。神社にいる猿の持ち物としては桃が一般的かと思うが、何か意味があるんでしょうか? あと、狛犬みたいに片方が口を開いた阿形、一方が口を閉じた吽形とはなっておらず、両方とも同じような口の形だった。

     拝殿内部。奥に階段があり、その先に本殿が見える。階段の周辺にもなにやら見えるが、後で触れる事としよう。

     拝殿の向かって左手から、時計回りに本殿の周辺を回ってみることにする。最初に目についたのが女性の神像。この女神の正体は後に判明する。今はこのユーモラスな風貌だけを心に留めておいていただきたい。

     女神像の脇、石垣の上には牛の石像が並んでいる。猿がいっぱいと聞いて来たのでいささか面食らったが、これは家畜の安全を願う奉納なのだ。

     ちなみに壱岐島は食用牛の畜産が盛んで、壱岐牛はブランド牛として島の主要産業となっている。

     本殿の裏側まで牛の行列が続く。このままではスペース的には牛の方が多いんじゃないのか? と若干の不安を憶えつつ、さらに歩を進める。

     すると、ポツポツと猿の石像がやっと現れはじめる。見ざる言わざる聞かざる、のいわゆる三猿像である。素朴だがやや写実的な牛の像に比べて顔の造作、特に目の上の庇のような部分などはモダンアートのような抽象的な表現が採用されている。

     こちらは三猿といえども目や口は塞いでいない。親子の三猿っぽい雰囲気だ。これも同じ作者のものと思われる。

     研磨して光沢仕上げの牛像。コロナ撲滅の文字が切実だ。

     ちょっとかわいいモンキー。

     ムンクの叫びのような三猿。このように様々な個性の猿の像が奉納されているのが見ていて面白い。

     見ざる言わざる聞かざる、でも元気! ここの猿像のほとんどは性別不明なのだが、中にはこのような男性器がついた猿も散見される。これはこの山が男嶽であり、隣の山が女嶽とされて対を成しているからなのだ。男嶽の祭神は猿田彦神、一方、女嶽の祭神は猿田彦神の妻である天鈿女命。あの天岩戸の前で壮絶な裸踊りをしたという伝説を持つファンキーな女神だ。

      猿の近くには大きな石像が立っている。これは猿田彦神の像であろう。とすれば、先程あった女神は当然その妻である天鈿女命、ということになろう。「願い事、男嶽参れば半分叶い女嶽参れば満願叶う」と言われるように、この男嶽神社は常に隣の女嶽神社とセットになっている点がポイントだ。

    とてつもない数の猿奉納

     そして本殿を囲む石垣を回り込むと、そこには大量の猿の石像が並んでいた。うひょ~!

     猿の像は数百体はあるだろう。手前の方が新しく、奥へ行くほど古い像のようだ。この山が明治まで禁足地であったことを考えれば、これらの石像が奉納されはじめたのはそれ以降、ということになるだろう。

     この辺りが最古参の猿軍団と思われる。このような猿の石像奉納習俗は関東では山王、日枝神社などで見ることができる。しかし、そこに奉納されているのは安産を願った雌の猿の像であり、男属性を前面に押し出したここの猿奉納とは意味合いがまったく違うのだ。

     石段の両脇にも猿像が。先程拝殿内部から見えたのが、この石段脇の猿だったのだ。

     猿像は概ね掃除されてはいるが、古い像は手が届かないせいか半分枝葉に埋まっている。

     猿の群像の後ろには祠があり、その中には御神体の岩がある。近年パワースポットとしても人気のようだ。もともと夫婦和合とか子孫繁栄、転じて豊作、豊漁祈願といった意味合いが強いと思われるこの神社の信仰も、今ではそれが転化して縁結びのパワースポットとなっているようだ。私が訪れた際も女性2人組のグループが複数訪れていた。ちなみにこの神社、最近すったもんだあったようですが、私のお目当てである猿奉納習俗とは直接関係ないので興味ある方はご自身でお調べくださいませ。

     イマドキレトロっぽいデザインの絵馬。

     お猿がたくさんいるのは拝殿の右後ろ。こうしてみると、まさかあんな所であんな事がおこっているとは想像だにできない。先にも述べたが一部の山王信仰以外でこれほど大量に猿の石像が奉納されている例を私は知らない。なぜ日本の片隅のこの神社にだけこんなに大量に猿が奉納されているのか? 一切が謎なのだ。

    女嶽の御神体も強烈ビジュアル!

     神社の入り口には展望台がある。そんなに大きなモノではないが、この神社自体が高台にあるのできっと見晴らしは良いはず。

     登ってみると絶景なり。山の向こうには海が見える。海の向こうは対馬、さらにその先は韓国だ。

     見下ろすと直下に小さなダム湖がある。そのダム湖の対面の小高い山が女嶽だ。折角だから女嶽にも行ってみることにしよう。

     車で移動し、女嶽に向かう。遊歩道を上る。時間にすれば10数分だが、想像以上に厳しい上り坂であった。はあはあ。

     で、やっと現れたのは女嶽神社の御神体である巣食岩。古くからコウノトリが巣を作った岩、と言われている。

     まるで口を大きく開けたかのような姿。下顎が大きくて嚙み合わせが悪そうなところが何となくエヴァンゲリオンっぽくもある。

     この神社の祭神が天鈿女命であること、男女の山がセットになっていることに鑑みると、なんとなく女陰のようにも見えてくるから不思議だ。

     密かに雌の猿像がたくさん奉納されているかも、と期待したが、残念ながらこちらには猿の像は見られなかった。

     というわけで取りあえず男嶽、女嶽両方参拝したので願い事が叶う事であろう。願い事って? モチロンこの山道にエスカレーターができますように、ということですよ!

    小嶋独観

    ウェブサイト「珍寺大道場」道場主。神社仏閣ライター。日本やアジアのユニークな社寺、不思議な信仰、巨大な仏像等々を求めて精力的な取材を続けている。著書に『ヘンな神社&仏閣巡礼』(宝島社)、『珍寺大道場』(イーストプレス)、共著に『お寺に行こう!』(扶桑社)、『考える「珍スポット」知的ワンダーランドを巡る旅』(文芸社)。
    珍寺大道場 http://chindera.com/

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