アメリカが月面のビジネス利用で宇宙覇権を狙う! 物流からエンタメまで含む「LunA-10」計画の野心/久野友萬

文=久野友萬

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    加速する月面ビジネス、その実態を徹底解説! 日本はこの波に乗ることができるのか?

    月面ビジネスのリアリティ

     JAXAが偉業を成し遂げた。月に着陸船を送り込み、まがりなりにも着陸させたのだ。日本は月面に探査機を送り込んだ世界5番目の国となった。

     月は手が届きそうなほど近く見える。ロケットも3日ほどで到着すると聞くと、大したこともない気がするが、月と地球の距離は38万キロ。地球1週が4万キロだからおよそ10周分の距離だ。光が地球から月まで行って帰ってくるまで3秒ほどかかる。月と通信したら、腹話術のいっこく堂の「遅れて伝わる」ネタみたいになるわけだ。

     そんな遠くの月に行って、何をしようというのか? ビジネスだ。月はすでにビジネスの対象であり、参入企業が増える一方なのだ。

     DARPA(米国家高等研究計画局:最先端の軍事技術研究を行う機関)が進める「LunA-10」は向こう10年間で月面ビジネスを行うための基本アーキテクチャー開発を目的としたプロジェクトだ。言い換えれば、向こう10年で米国が月のインフラをすべて握り、各国政府や商業宇宙産業が使わざる得ない技術基盤を作ろういうという、そんな意図も見て取れる。

    DARPAが進める月面利用計画「LunA-10」 画像はDARPAより引用

     DARPAでは「LunA-10」を推進するため、ブルーオリジンやシスルナー・インダストリーズ、クレセント・スペース・サービスLLC、スペースXなど民間企業14社を選定、月面ビジネスに必要なソリューションの策定に入っている。これには電力、鉱業および商業現場での資源利用、通信、ナビゲーション、モビリティ、物流、建設、ロボット工学など幅広い分野が含まれ、月面ビジネスを収益化可能なサービスにすることをミッションとしている。

     具体的にどのようなロードマップが想定されているのか。世界的なシンクタンク、プライスウォーターハウスクーパー社の「Lunar market assessment:market trends and challenges in the development of a lunar economy(月市場の評価: 月経済の発展における市場動向と課題)」を元に、月面市場の将来がどう描かれているのかを見てみよう。

    そもそも月はビジネスになるのか?

     月へ行って何をするのかと不思議に思うかもしれない。興味がある人はご存じかもしれないが、現在見つかっている月の鉱物資源にはろくなものがない。鉄やケイ素程度で、月から持ち帰るほどの価値はない。しかし、月面基地を作る資材としては利用できる。また、月には岩石に含まれた氷が見つかっている。この氷からロケットの推進燃料となる水素と酸素を作り出すことも検討されている。

    月面で長期滞在するには、多岐に及ぶ活動が必要になる 画像は「Lunar market assessment:market trends and challenges in the development of a lunar economy」より

     月から地球に資源を輸出できるほどではないが、月だけで資源を完結させることは不可能ではない。現場資源利用(ISRU)と呼ばれ、月資源を使って月に宇宙開発の前線基地を作る。宇宙船を地上で作ると宇宙に運び出すのが大変だが、月で宇宙船を作れば、重力が地球の6分の1で大気もないため、打ち上げは簡単だ。地球では作れない巨大な宇宙船も建造できるだろう。

     また、核融合発電が実用化したとしての話だが、核融合の燃料として利用するヘリウム3が月面の地下わずか1メートルに吹き溜まっている。月にあるヘリウム3の埋蔵量は地球で消費される電力の1000年分相当との試算がある。月面で核融合発電を行い、マクロウェーブで地球に送ることや宇宙開発に必要な電力を月でまかなうことは可能だ。

     資源以外にも観光や映像コンテンツ撮影も産業として成り立つだろう。宇宙シーンはCGではなく月面や月軌道上のスタジオで撮影されることになるし、月面探査のドキュメンタリーは高く販売できるはずだ。

    NASAとDARPAは核パルスエンジンの製作に乗り出した。「DRACO核熱ロケット」(図)は月で建設され、火星へと人類を送り込む。 画像は「NASA」より引用

     どう利用するにしても、徹底的な調査が必要で、そのためには恒久的な月面基地建設や地球との輸送システム、月面の物流とそれを支えるモビリティといった事業が必要になり、そのための技術開発と投資が求められる。

     レポートでは、当初はドキュメンタリーの制作から始まり、次に映画の制作が続くと予想している。予想収益は2020~2030 年の累計が350万ドル(約5億2,600万円)からスタートし、2031~2040 年の累計が1,400 万ドル(約21億円)へと4倍になるとある。

    基地建設、物流、映像制作

     地球から月への輸送規模に関するロードマップも提示されている。それによると、市場規模は2020~2025年は330億ドル(約4.9兆円)だが、2026~2030年に1350億ドル(約20兆円)へ、2031~2035年には3820億ドル(約57兆円)へ、2036~2040年に至っては7510億ドル(約113兆円)へと指数関数的に増加する。

     月面輸送市場は、当面は政府主導で行われるが、徐々に民間企業の参入が始まる。最初の10年間、つまり2020~2030年では民間企業は市場全体の10%強に過ぎないが、2031~2040年には50%以上に増加すると見られている。

    月面輸送の市場規模予測。右上がりに伸びる予定ではある。 画像は「Lunar market assessment:market trends and challenges in the development of a lunar economy」より

     2020~2040年までの世界の月輸送市場のペイロード質量(累計)は、128~230トンになるとされる。当初は月面基地の建設資材やロボットが主となるが、月面基地建造のための資材搬入が終われば、次は人間の食料や酸素だ。

    「LunA-10」は2030年までに40人から始まり、2035年までに200人、2040年までに累計1000人の人間を月面に送り込むことを目標にしている。最終的には、食料も水も空気もすべて月面でまかなうことになるだろう。

    最大の問題は資金5690億ドル!

    「LunA-10」を推進するには、技術的なブレイクスルーがいくつも必要になる。人類はいまだかって恒久的な宇宙基地を作ったことがない。国際宇宙ステーションとは比較にならない、大量の放射能と温度変化に果たして人類の肉体は耐えられるのか。完全な閉鎖系での食料生産にも成功していないし、岩石から水を取り出す技術も実験室レベルだ。

     そして、何よりも資金だ。2020~2040年で必要な資金は、5,690億ドル(約80兆円)。これをどこまで政府が負担するかで、実現の可能性は左右される。楽観的な見方では、2020~2025年までの打ち上げ総額のうち、民間企業が占める割合は2%だが、2035~2040年の間では打ち上げ総額の31%が民間によると予想されている。

     日本はどこまで参入する気があるのか。JAXAは月面基地建設の計画立案を清水建設など大手建設会社と進めており、月に存在する巨大な縦穴を探査する「UZUME計画」を予定している。月の表面に基地を作るよりも、洞窟などの内部に基地を作った方がリスクが少ないという考えからだ。

    トヨタ自動車が開発中の月面車「ルナクルーザー」 画像は「トヨタ自動車」より引用。

     三菱電機は、2025年までにH3ロケットとペイロード用無人船HTVXの建造をJAXAから請け負った。また、JAXAはトヨタに「ルナクルーザー」という人間が乗る月面モビリティ開発を委託している。

     DARPAの「LunA-10」のような、国内産業の総力を挙げて月面ビジネスに乗り出す気概がほしいところだ。

    久野友萬(ひさのゆーまん)

    サイエンスライター。1966年生まれ。富山大学理学部卒。企業取材からコラム、科学解説まで、科学をテーマに幅広く扱う。

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