待望の錬金術解説書「錬金術の歴史」/ムー民のためのブックガイド

文=星野太朗

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    錬金術の歴史

    池上英洋 著

    一般人にもわかりやすく、過不足なくまとめあげた待望の錬金術解説書

     錬金術とは、ひと言でいえば、卑金属を貴金属に変容させるための技術である。後の化学の母胎となる科学的・実験的側面と、人間の霊的進化にあずかる秘教的・魔術的側面をあわせ持つもので、西洋隠秘学、ひいては西洋思想の根底を知るためには、この錬金術の理解は欠かせない
     著者によれば、わが国は「錬金術や神秘主義思想に関する優れた先行研究が多い国のひとつ」。本書巻末の主要参考文献一覧にもそれはうかがえるのだが、いかんせんこれまでの錬金術文献は、いきおい専門的・衒学げんがく的にすぎて、初学者が気軽に手に取れるものが少なかったこともまた事実である。
     そこに登場した本書は、まさしく万人におすすめできる、待望の錬金術解説書といえよう。人類にとっての金の意味に始まり、地中海世界における錬金術の形成から、イスラム世界での熟成、ヨーロッパへの逆輸入、ルネサンスと近代における展開という錬金術の歴史が、手に取るように一望できる。
     とくに、『哲学者たちの薔薇園』や『太陽の光彩』『逃げるアタランタ』といった、主要な錬金術の奥義書5種を取り上げ、その謎めいた寓意に満ちた図像と本文を、入念に解読する第4章は、本書の白眉。忙しい人は、この章だけでも必見である(図版がカラーならなおよかったのだが、それは望蜀くぼうしょくというもの)。
     本書の構成力もまた、ものすごい。何しろ冒頭で、薔薇十字団の基本文書である『化学の結婚』に由来する難解な寓話が語られるのだが、当然この段階では、その意味は読者にはサッパリわからない。だが本書を熟読吟味していくうちに、これのみならず、たいていの錬金術関係の意味不明な寓話や象徴図が、だれにでもあらかた理解できてしまうようになってしまうのだ。驚嘆である。
     これほどまでに、マニアックかつ学問的にも厳正な情報を、ここまで一般人にわかりやすく、過不足なくまとめあげた錬金術関連書を、評者は他に知らない。文字通り、本誌読者の基礎教養とすべき、必須文献である。
     著者の池上英洋氏は、東京造形大学教授を務める美術史家。そんな氏が、錬金術に興味を抱いたきっかけが、少年期に触れた宮崎駿のアニメ映画と、澁澤龍彦のエッセイであったという逸話には、共感を禁じ得なかった。

    創元社/2750円(税込)

    (2023年9月号掲載)

    星野太朗

    書評家、神秘思想研究家。ムーの新刊ガイドを担当する。

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