「古代ローマは実在しなかった」陰謀論が拡散! インフルエンサーの影響でマンデラ効果が進行中/仲田しんじ

文=仲田しんじ

    SNS全盛時代を迎えフェイクニュースや陰謀論の流布が社会問題になって久しいが、2年前に登場して話題になり未だに沈静化しない“陰謀論”がある。それは「古代ローマはなかった」というトンデモな歴史解釈だ――。

    インフルエンサーが古代ローマの非在を主張

     歴史の探究において厳密な科学的手法を適用することには限界があるが、とはいえそれを諦めて科学的態度を一切捨て去ってしまえば学問を名乗ることはできない。

     それを心得ているはずの歴史学の学位を持つ人物が一昨年、「古代ローマは存在しなかった」という驚きの歴史解釈をSNSで発表し、多くの注目と“いいね”を集めたのだった。歴史の上で古代ローマ帝国がなかったとはいったいどういうことなのか。

    画像は「Daily Dot」より

     この驚きの主張を2021年に「TikTok」のショート動画で主張したのは「@momllennial_」というアカウントの女性だ(現在のアカウントは「@momllennial_returns」)。人類学と歴史の学士号を持つというこの女性によると、イギリスの北部にあるローマ遺跡「ハドリアヌスの長城」は古代ローマ時代に作られたものではなく、それに言及したローマ時代の文献さえ1つも存在しないという。

    「ハドリアヌスの長城」 画像は「Wikipedia」より

     ちなみに、古代ローマの「サートゥルヌス神殿」の宝物庫である「アエラリウム(元老院財庫)」には金銀のほかにも多くの国家公文書が収められていたのだが、彼女は意にも介さない。

     この「古代ローマは存在しなかった」という持説のほかにも、彼女はアレキサンダー大王は実際には女性であると主張したり、イエス・キリストは「女性器ヒーラー」であるという下ネタ系の言及も行っている。

     そんな“特殊すぎる歴史観”をファンタジーや妄言であると決めつけることもできるのだろうが、問題なのはその影響力だ。インフルエンサーの“歴史認識”を膨大なユーザーが目にし、少なくない者が賛同しているのである。
     これを見過ごすわけにはいかないと、幾人かの歴史学者がSNSなどで彼女に反論し、中には彼女の言説を“陰謀論”であるとして断罪する声も上がったのだった。

     ちなみに日本では昨年、重要文化財である大阪城の大手門南方塀の漆喰がはがれ落ち、その部分から江戸時代には存在するはずのないレンガ積みの構造が露呈、大阪城は明治期に建てられたものであり「江戸時代はなかった」という“陰謀論”が拡散する動きがあった。
     なお、大手門南方塀は明治に入って大阪鎮台の発足の際に建設されたもので、かつての大阪城と共に作られたものではない。

     では、いわゆるフェイクニュースや“陰謀論”がはびこるSNS時代にあって、それでも注目を浴び、拡散していくこうした言説にどう対処したらよいのだろうか。

    画像は「Pixabay」より

    SNSで繰り返される誤認識の刷り込み

     考古学の博士号を持つアレックス・フィッツパトリック氏は、このような事態が訪れることに驚きはないと米ニュースサイト「Daily Beast」に話している。

    「歴史的に考古学は、優生学、人種科学、ナショナリズムのプロパガンダなど、さまざまなことのために武器化されてきたので、考古学はこの種の陰謀思考に非常に適しています」(フィッツパトリック氏)

     そして「古代ローマは存在しなかった」動画はYouTubeでも拡散されるようになり、さらに多くの人々に目に留まるようになった。

    「アクティウムの海戦」 画像は「Wikipedia」より

     このように同じコンテンツが複数のSNSで時間差攻撃のように拡散する可能性があるため、現在の我々は陰謀論の犠牲になりやすくなっているとフィッツパトリック氏は説明している。

     英ケント大学の研究者で、陰謀論の心理学を研究しているカレン・ダグラス氏は、陰謀論とそれを信じて拡散する人々に関する一連の研究で、なかなか満たされない心理的ニーズを満たすため、誰もが陰謀論の餌食になる可能性があることを示唆している。

    「人々はパンデミックを恐れ、不安を感じており、不確実性、不安、社会的接触の喪失に対処する方法を探しています。確かに陰謀論は危機の時代に繁栄するようです」(カレン・ダグラス氏)

     満たされない思いと不安を感じている今日の多くの人々は、“陰謀論”に今までにも増して足元をすくわれやすくなっていることになる。

     一方で米マイアミ大学の政治学研究者であり『American Conspiracy Theories(アメリカの陰謀論)』の共著者である ジョセフ・ウシンスキー氏は、人々は自分を楽しませ、自分の世界観に合う陰謀論を潜在的に探している傾向があると指摘している。

     どちらにせよ、今を生きる我々はこれまでになく“陰謀論”の影響を受けやすくなっているといえそうだ。そして、事実と異なる記憶を不特定多数の人が共有する現象である「マンデラ効果(マンデラエフェクト)」が成立しやすい条件まで整っている。もしかすると、陰謀論の目的はマンデラ効果によって誤認識を既成事実にすることなのではないか?

     あなたがもし、古代ローマも江戸時代も「なかった」という暴論を一瞬でも信じてしまうとすれば、実に危うい状況に置かれていることになる。

    【参考】
    https://www.yahoo.com/now/why-gonzo-rome-isn-t-095405420.html

    仲田しんじ

    場末の酒場の片隅を好む都会の孤独な思索者でフリーライター。興味本位で考察と執筆の範囲を拡大中。
    ツイッター https://twitter.com/nakata66shinji

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