マンデラ効果か勘違いか?「ファンタゴールデンアップル」の謎/初見健一・昭和こどもオカルト回顧録

文=初見健一

    有名人の死亡説や歴史的事件の顛末など、確かに記憶しているつもりでも実際は違ったという「偽記憶」に驚くことはしばしばある。 今回は懐かしの「金色のファンタ」について。正確には、その思い出は……?

    「幻の飲料」をめぐるバトル

      今から二十数年前、僕の世代を中心としたネットユーザーの間で「ファンタゴールデンアップル論争」なるものが勃発した。一説によれば、すでに90年代なかばには某掲示板サイト内で議論になっていたそうだが、多くの人を巻き込んで過熱したのは2000年ごろだったと思う。やたらと盛りあがって各種ニュースサイトでも取り沙汰されたので、覚えている人も多いだろう。

    「1975年ごろ、炭酸飲料『ファンタ』ブランドから『ゴールデンアップル』というフレーバーが発売された」といった複数の人が語る思い出話をめぐって、「いや、そんな商品はない」という「なかった派」と、「オレも飲んだことがある」という「あった派」の間で、大半の人にはまったくもってどうでもいい大論争が激しく展開されたのである。

      当時、僕個人はこの論争を「アホか」と冷ややかに眺めていた。現在の僕の本業は子ども時代の商品や文化をネタに駄文を書くことだが、当時から70年代のモノに関する記憶には自信があった。
    「ファンタゴールデンアップル」が「あった」か「なかった」かなんてことは考えるまでもない。そんなもん、もちろん「あった」に決まってるじゃないか!
     僕は確かに何度も飲んだ。色も味も、ビンや缶のデザインも覚えている。テレビCMの記憶もあるのだ。CMの内容はウロ覚えだが、発売前からCMで目新しい「金色のファンタ」を目にしていて、お店で見つけたときは「わぁ、本当にゴールドの『ファンタ』だ!」と感激したことをはっきり記憶していた。

     ところが! この論争は「なかった」ということで終結する。販売元の日本コカ・コーラが「そんな商品の記録はない」と公式に発表したのである。

    実在したのは「グレープ」

     70年代は食品に使用される添加物の有害性が問題視された時代だった。特にお菓子やジュースに使われる着色料に消費者が敏感になり、カラフルな商品の売れゆきが鈍る傾向が出てきたのだ。そこで多くのメーカーは、「着色料不使用」と銘打った商品を続々と発売している。1975年、「ファンタ」ブランドも、従来の「ファンタグレープ」から紫色の着色料を取りのぞいた新製品、金色に透き通った「ゴールデングレープ」という商品を発売した。どういうわけか、多くの人がこれを「ゴールデンアップル」として記憶していたらしい……。

     これが結論だという。
     実際、「ゴールデンアップル」のビンや王冠、缶などはいっさい発見されていないし、ネット上にも画像は一枚も見当たらない。

      存在しない事象の記憶を多くの人が共有してしまう現象……。完全に「マンデラエフェクト」である。
     僕は自分の記憶がまったくアテにならないことを痛感した一方で、今も現実を受け入れられていない。脳内には「ゴールデンアップル」のロゴ入りのビンや缶の映像が鮮明に記録されている。「確かにリンゴの味だった」という味覚の記憶もはっきり残っている。当時は牛乳ビンに入った金色のリンゴジュースを各社が出していたが、「あれに炭酸を加えたような味」と思ったことをはっきり覚えているのだ。これらがすべて記憶の混線によるものだとは、やはりどうしても思えないし、なぜあれほど多くの人が同じ「偽の記憶」をインプットされていたのだろうか? 

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    日本コカ・コーラは2004年、「偽の記憶」の原因となった「ゴールデングレープ」を30年ぶりに復刻した。この商品を多くの人が「ゴールデンアップル」として記憶していたらしい。が、論争の盛りあがりを受けて(便乗して?)、同社は2002年に存在しないはずの「ゴールデンアップル」も復刻(?)しており、事態はより混迷を深めてカオス化した。

    まだ結論は出ていない!

     「ファンタゴールデンアップル」の「マンデラエフェクト」については、2種類の推論が可能だと思う。ひとつは、現在は定説になっている「やっぱりなかった」という現実的な見解を前提としたものだ。

     70年代当時、前述したように子ども向けのお菓子やジュースにはさまざまな着色料がふんだんに使われていて、各商品の色とフレーバーは密接に結びつけられていた。ジュースでもお菓子でも、オレンジ味といえばオレンジ色、イチゴ味といえば赤、グレープ味は紫、メロン味は緑……というように、昭和の子どもたちの頭のなかには味と色の対応表が刷り込まれていた。今から思うと、当時のフルーツドロップなど、甘いだけの原料にわずかな香料を加えただけで、どれも味的には大した差異がないものも多かったと思う。それでもドロップがオレンジ色であれば、僕らは「うん、オレンジ味だ」などと思い込んで味わっていた。「色を味わう」といった習性が身についていたのだろう。

     そういう子どもたちにとって「紫色じゃないのにグレープ味」の「ファンタゴールデングレープ」は、脳内に混乱をもたらす商品だ。金色の液体であれば、当時の子どもたちは即座に「リンゴジュース」を連想する。なのに「グレープ味」というのは、感覚的に受け入れ難かったはずだ。ここに「ゴールデングレープ」を「ゴールデンアップル」と間違えて記憶する要因があったのだと思う。「色を味わう」という習性から考えれば、商品名だけでなく、味の方も「リンゴ味だった」と間違えた形で記憶してしまっても不思議ではない。

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    昭和っ子にとって「リンゴジュース」といえばこのタイプ。明治、森永などの大手からローカルな飲料メーカーまで、多くの企業が同種のものを製造しており、宅配牛乳と一緒に配られることも多かったし、給食に出されることもあった。僕の記憶では、「ファンタゴールデンアップル」はこれに炭酸をブレンドしたような味だったのだが……

    それでも「アップル」は実在した

     もうひとつの推論としては、「アホか」と言われそうだが、「それでも『ファンタゴールデンアップル』は実在した!」という盲信を前提としたものだ。
    「なかった説」の根拠となっているのは、「当のメーカーが発売していないと発表した」ということと、「ビンや王冠、缶の画像がネット上にも存在しない」ということだけである。レトロ系商品を深堀りする取材をしたことがある人間なら、この2つの根拠がまったくアテにならないことは誰でも知っている。

     まず、メーカーは大手であろうと中小であろうと、自社の過去の商品について、それほど正確に把握しているわけではない。僕の体験でも、確かに実在したはずの70年代のお菓子や玩具について、自著のための取材として企画書付きでメーカーに問い合わせても、「社史には掲載されてない」「資料がない」「当時を知る社員がもう在籍していないのでわからない」と言われてしまうことは日常茶飯事だ。もちろん詳細な記録を保管しているメーカーも多いのだが、即座に検索可能なデータベースを構築していない限り、大量の資料を閲覧して情報を探さなければならない。対応した広報担当者としては、「わからない」「記録がない」と答えざるを得ないケースも多いのである。

    「ネット上に商品画像がない」ということについても同様だ。確かに現在のインターネット内では、懐かし系商品のコンテンツについては、どんなにマイナーな分野でもすでに「掘りつくされている」と言えるくらいに充実しているかに見える。だが、実は80年代以前のネタに関してはスカスカな状態だ。当時は超メジャーな商品だったのに、画像が一枚も出てこないモノなどいくらでもある。というか、web上にある情報など当時の市場のごくごく一部が記録されているに過ぎないのだ。

     例えば、明治製菓の「カール」のライバルだった超定番スナック森永「スピン」。一時期、このブランドからイチゴ味が販売されていたのだが、これに関する情報は、僕自身が十数年も前にアップした広告画像とコメントを流用したもの以外にweb上の情報は皆無だ。
     かつてはエリアごとの「ボトラーズ」がそれぞれの地域でさまざまな商品を販売していたジュース類になると、こういう傾向はもっとひどくなる。1977年にサッポロ飲料から発売され、CMも話題になってヒットした「リボンうめ20」の画像は今のところweb上に存在しないし、僕が大好きだった毒々しいピンク色の「チェリオ ストロベリー」などは、あれほどあちこちの自販機で見かけた商品であるにもかかわらず、画像はもちろん、web上では商品名すら見当たらない。文字情報すらまったくないのである。

     つまり、確かに存在していたのに、今となっては「誰かの記憶」でしか存在を証明できない商品は驚くほど大量にあるのだ。
    「ファンタゴールデンアップル」は、1975年から2年間ほどしか販売されなかったとされている。販売期間が短いモノであれば、それだけ「記憶」以外に存在の証拠を残していない可能性は高い。

      僕自身は今後も「『ファンタゴールデンアップル』は確かに存在した!」と主張し続けていくつもりだが、実を言えば「いつか存在が証明される日が来てほしい」とはまったく思っていない。「あった」のか「なかった」のかがよくわからない現在の「モヤモヤ感」は非常に奇妙でおもしろいし、「幻のジュースを確かに飲んだ」という実感は、たとえそれがニセの実感だとしても、今の自分にとってはかけがえのない貴重な記憶のようにも思える。

     近所のパン屋の店先で、きれいな金色に輝くリンゴ味の「ファンタ」を飲んでいる少年時代の自分。脳内に鮮明に残るこのイメージを眺める度に、なんだか懐かしい別世界の白日夢のなかへと迷い込んだような気分になる。

     あの頃の「ファンタ」のCM風に表現すれば、まさに「ファンタスティック!」なのである。

    (2022年2月24日記事を再掲載)

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