「虚舟」新資料発見!! 漂着現場・常陸国の鹿島神宮ゆかりの鮮明な「兎園小説」/鹿角崇彦

文=鹿角崇彦

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    近年、新発見の続く「虚舟」関連史料。〝ご当地〟茨城県で開催された展示がきっかけで、また新たな図版の存在が知られることとなった!

    きめ細かく描かれた「虚舟」のカラー図版

     江戸時代の後期、享和3年(1803)の常陸国で、海岸に一隻の奇妙な船が漂着。なかから不思議な服を身にまとい、木の箱を抱えたひとりの女が現れたーー。

     江戸時代随一のミステリーといっても過言ではない、「江戸のUFO事件」とも呼ばれる「虚舟」漂着の一件については本誌もこれまでたびたび特集してきたが、この度あらたな虚舟の関連史料が発見され、話題を呼んでいる。

     発見されたのは、滝沢馬琴『兎園小説』の写本だ。虚舟事件は、馬琴が好事家のサロン「兎園会」で話題にあげたことから広まったとされる。いわばブームの火付け役、虚舟の〝本家〟にまつわる新発見である。その直接のきっかけとなったのは、茨城県水戸市の常陽史料館での企画展「不思議ワールド うつろ舟」展で、開催に向けた史料調査のなかでその存在が確認されたという。

    『兎園小説』は、これまで天理大学附属天理図書館所蔵のものなどが知られるが、新史料は昭和女子大学図書館に所蔵されていた。こちらがその新史料の、虚舟と「蛮女」を描いた部分だ。

    『兎園小説』(昭和女子大学図書館蔵)。

     一見して、虚舟の形状、蛮女の衣装や、頭部の「仮髻」、そして宇宙文字ともいわれる謎の4文字など、構成はこれまでに知られた図版とほぼ一致する。
     一方で、細かな部分を確認すると、衣装の模様などは天理図書館蔵のものよりも精緻に描かれているのが特徴的だ。保存状態も良好で、蛮女の服の色や、「青シ」と注記されたボタン(ねり玉)の彩色もはっきりと確認できる。まさに大発見といえるものだろう。

    新発見の『兎園小説』はこれまで知られているものより描写が細密だ。「蛮女」の頭髪や服の模様もきめ細やかに描かれている。

     新発見『兎園小説』は、その来歴も興味深い。昭和女子大学図書館の所蔵となったのは昭和62年のことで、それ以前にはあの鹿島神宮が保管していたのである。

    持ち主は鹿島神宮の神職だった!

     鹿島神宮の67代大宮司をつとめた鹿島則文は愛書家としても知られ、3万冊にも及ぶという蔵書は「桜山文庫」と名付けられていた。そのなかに眠っていたのがこの『兎園小説』で、虚舟の描かれたものを含め20巻14冊が全て揃った状態で所蔵されていたという。

     鹿島則文は天保時代に鹿島神宮大宮司家に生まれ、江戸後期から明治を生きた神職。鹿島神宮大宮司のほか、伊勢の神宮皇學館館長、伊勢神宮の神宮大宮司などを歴任した人物で、22歳の時には思想面で幕府に目をつけられ八丈島に流されたという異色の経歴も持つ。

    鹿島則文。鹿島神宮大宮司などの要職を歴任した江戸〜明治期の神職だ(国立国会図書館デジタルコレクション)。

     桜山文庫はそのプライベートコレクションとして収集されていたものだが、鹿島神宮といえば、いわずとしれた常陸国一宮。虚舟漂着地点の最有力候補地である舎利浜(茨城県神栖市)からも30キロほどしか離れておらず、「ご当地」といってもいいような距離感だ。

    『兎園小説』が鹿島のコレクションとして入手された経緯や意図については記録がなく不明だが、鹿島神宮大宮司家に生まれた者として、常陸国の「ご当地ミステリー」である虚舟事件に興味関心を持っていた……とは想像がすぎるだろうか。

    虚舟漂着地と目される舎利浜(赤丸の部分)は、鹿島神宮(黄色の丸)から30キロほどの距離(©︎Google

     史料発見の契機となった「不思議ワールド うつろ舟」展では、『兎園小説』のほかにも地元の史料である『水戸文書』など、名だたる虚舟関連史料が展示されている。複数の図版を一気に観察することで、新たな気付きを得ることもできるだろう。貴重な現物を実見できるまたとない機会だ。

    「不思議ワールド うつろ舟」展 現地レポート

     さて、「不思議ワールド うつろ舟」展には、史料群だけではなく、虚舟にインスパイアされた現代のアーティストによるアート作品も多数展示されている。

     まず入館するとすぐに目に飛び込んでくるのが、大階段のステップ中央に展示された巨大な「虚舟」模型だ(北沢努氏作)。骨組みに紙を貼り合わせてつくられたものだが、そのサイズは史料にある虚舟の寸法に基づいて設計されている。

    史料をもとにつくられた虚舟の原寸大模型(作:北沢努)。サイズ感がリアルに伝わってくる。

     虚舟はこんな大きさだったのか……と想像しながら鑑賞していると、なかからひょっこりと「蛮女」が顔を出すのではないかという不思議な気持ちにもなってくる。虚舟の原寸のサイズ感を体感できる機会はそうそうないだろう。

     原寸模型の左手に目を向けると、奇妙な生き物にかこまれた虚舟が。陶芸作家田崎太郎氏による陶器の虚舟で、舎利浜に打ち上げられた虚舟がペンギンの妖精によって引き揚げられた……という場面をかたどったユニークな作品だ。

    虚舟をモチーフにした陶器の作品。制作した陶芸作家の田崎太郎氏は生粋のムー民というだけあって、複雑な模様にもどこか古代文明の雰囲気が…!

     なんと田崎氏は生粋のムー民でもあり、ご本人たっての希望でこの展示にエントリーしたのだそう。虚舟の細かな部分まで史料通りに再現されているのも、さすがムー民作家! といったこだわりが伝わる。田崎氏いわく、平面でしか残されていない虚舟の図版から立体の造形を制作するため、窓の配置などに苦労したそうだ。

     模型をはさんで反対側には、布やビーズ、刺繍をつかって表現された虚舟の作品が展示されている。蛮女の人形の腰部分の帯の結び目は、蛮女との関連が指摘される神栖市星福寺の蚕霊尊像や、『水戸文書』に描かれた蛮女の衣装がモチーフにされており、展示された史料とあわせてみることで鑑賞の楽しみも倍増するだろう。

    「記憶の箱」彼女ののこしたもの(作:ふぇいす・らぼ)。蛮女の帯に注目。

     たっぷりとアート的虚舟を鑑賞し、いざ展示室へと入ると、ふたたび虚舟の立体模型が目に飛び込んでくる。
     この模型は水戸市立博物館が制作したもので、コロナ禍の影響などで水戸市立博物館でもこれまでに15日間ほどしか展示されたことがないというレアなものだ。

    展示会場風景。

     そして、この一室に『水戸文書』『日立文書』の現物をはじめ、西尾市岩瀬文庫所蔵の『漂流記集』や、国立公文書館、国立国会図書館所蔵の虚舟図版(いずれも複製)、そしてこれが史上初の展示となる昭和女子大学図書館所蔵『兎園小説』写本などが一堂に会しているのである(『日立文書』の展示は2月19日まで)。

     さらに、虚舟との関連が指摘される養蚕の女神・金色姫伝承についても図版やパネルで解説があり、いっそう理解が深められる。
     その情報の濃密さと、展示が虚舟の「ご当地」である茨城県で開催されたことの意義に感慨を深めつつ、じっくりと鑑賞したいすばらしい構成だ。

     ところで、展示を企画した常陽史料館の大曽根学芸員によると、事件の本場でありながら茨城県での虚舟認知度はイマイチで、当企画でも「なぜ虚舟の展示をここでやるの?」といった質問があがったこともあったのだとか。
     この展示を機に、県内での虚舟知名度がアップすることを願わずにはいられない。さらに、もしもいつかご当地に虚舟にまつわる常設展が誕生したなら……その際はぜひ本誌も協力させていただきたい。

     常陽史料館は水戸駅から徒歩で10分ほど。入館は無料で、展示は3月19日まで。虚舟への理解が深められるまたとない機会、ぜひ足を運んではいかがだろうか。

    (参考:常陽藝文センター発行「常陽藝文」2023年2月号「常陸国 うつろ舟奇談」の謎)

    会場では他にも虚舟モチーフの作品をみることができる。こちらは「ーナガレツクー」(作:高橋協子)
    「記憶の箱」彼女ののこしたもの(作:ふぇいす・らぼ)

    うつろ舟のぬりえコーナーも。

    「不思議ワールド うつろ舟」展
    会場:常陽史料館アートスポット(茨城県水戸市)
    会期:3月19日(日)まで
    料金:無料

    http://www.joyogeibun.or.jp/siryokan/#art

    鹿角崇彦

    古文献リサーチ系ライター。天皇陵からローカルな皇族伝説、天皇が登場するマンガ作品まで天皇にまつわることを全方位的に探求する「ミサンザイ」代表。

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