「アトランティス=ムーの系譜学」ほか7選/ムー民のためのブックガイド
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2月といえば節分! そこで季節感に合わせて今回は。節分の夜に現れる妖の話を補遺々々しましたーー ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」だ!
1月も半ばになると、スーパーやコンビニエンスストアの棚に節分用の豆が並びだします。
私自身は節分行事にも豆にもあまり興味はないのですが、紙製の鬼の面がついている商品もあるので妖怪好きとしては見逃せません。どんな愉快な表情の鬼と出会えるかと毎年の楽しみのひとつとなっています。
今回はそんな「節分」に関する怪しいモノを集めてみました。
皆さんは節分の豆を、どれくらい食べているでしょうか?
豆には植物繊維がたっぷり含まれており、美容の大敵である便秘の改善にもつながります。ただ、過剰な摂取は下痢などの要因となるそうで、縁起物だからと食べ過ぎずに適量が望ましいとのこと。それに健康面以外でも心配なことがあるのです。便秘改善で快便でも、お腹を壊して下痢でも、節分の夜は極力、トイレの利用を控えたほうがよさそうなのです……。
大正14年発行の『口丹波口碑集』によると、口丹波(京都府丹波地方南部)では、節分の夜は便所には行かぬものだと云われていたようです。便所に入れば、【カイナデ】というものが来て、お尻を撫でるからだそうで、子どもはそれが嫌で昼のうちに用便を済ませたといいます。どうしても我慢できず行かなくてはならないときは、「赤い紙やろか、白い紙やろか」と唱えてから入ればよいそうです。
柳田国男監修『総合日本民俗語彙』でも【カイナデ(カイナゼとも)】は「京都府下でいう便所の怪」とされ、節分の夜に便所に入りたければ「赤い紙やろうか、白い紙やろうか」といえばよいと書かれています。
今でこそトイレのお化けといえば「花子さん」という印象ですが、昔は「便所で尻を撫でられる話」をよく聞きました。子どもにとって、夜の便所は異界です。とくに昔の便所は離れにあり、遠く、狭く、暗く、糞尿と殺虫剤の臭いが籠り、蛆がわき、電球や壁には虫が集き、底の見えない暗く不浄な穴にまたがって、無防備にお尻をさらすのです。そのお尻に向かって、闇の奥から伸ばされる死人のように青白い手ーーそんな想像をしているときに、冷たい隙間風が尻を撫でていったら、「すわ、妖怪!」と叫んで便所を飛び出してしまうでしょう。
【カイナデ】の話でとくに興味深いのは、やはり「赤い紙、白い紙」の唱え事です。これと似たフレーズは、現代の「学校の怪談」でよく見られます。たとえば【赤い紙、青い紙】の怪談は、中学生が放課後にトイレで用便中、無気味な声が聞こえてきて「赤い紙が欲しいか、青い紙が欲しいか」と問われるというもので、どう答えるかによって主人公の運命が決まります。ひょっとしたら【カイナデ】は、この「色」+「紙」の怪異のルーツ——ということもあるかもしれません。
節分とは関係がありませんが、この妖怪をメインに描いた珍しい作品があります。
『博多っ子純情』などで知られる漫画家・長谷川法世が、1970年に「妖怪かみくれ」という4ページの読み切り短編漫画を『週刊少年キング』に描いています。
夜に小便をしたくなった子どもが、寝ている母親を起こして便所についてきてもらう。軋む廊下。激しく鳴く虫の声。夜の異様な迫力。そして子どもが便所に入ろうとすると、ーーギイィィィィ。扉が勝手に開いて……「か、か、かあちゃ……」子どもは震えながら母親を呼ぶ。母親は呆れた顔を向ける。ふたりは、見てしまった。便所の中から、人の手が出ているのを。そして、聞いてしまうのだ。「かみくれー、かみくれー」と、地の底から叫ぶような不気味な懇願の声を……。
これは【かみくれ】という手水(便所)に棲みつく妖怪で、障子や襖の破れ目にもとり憑くことがあるもの。この妖怪が現れるのは夜に限られているため、日本人は排便を朝にすませることが習慣になっていった。しかし、現代は水洗トイレの普及により、妖怪の住む余地はなくなってしまいーーという話です。
節分の夜に、あやしい馬が走るという話が各地にあります。
【カイナデ】の話も記録された『口丹波口碑集』には、節分の晩に3頭の馬が西方から飛んでくる、とあります。この3頭の中の一番元気のよい馬の鼻先を殴ると、その者は長者になるというので、背戸口(裏口)から道を覗いている子供もいたといいます。
徳島県美馬郡では、干菜(大根や蕪などの茎葉を乾燥させたもの)のようなものを引っ張る【首切れ馬】が、「人くさい、人くさい」「死人じゃまんせ」などといいながら三つ角を走るといわれていました。
これは分限者(金持ち)の金を甕に入れて引っ張っているのだといい、その金が遊びに出ているというのです。この干菜のようなものに飛びつくと分限者になれるといわれていますが、三つ角で屈んで待っていても、なかなか出食わさないのだそうです。着物の片袖をかぶってみると、これが通る姿が見えたといいます。
『宮城縣史』には、福島・伊豆・福井・四国などで、大晦日や節分の夜に「首のない馬」、或いは「首だけの馬」が四辻などを飛び回る、とあります。また同資料には、徳島で【ヤギョウサン(夜行様)】という、髭の生えた一つ目の鬼が節分の夜に家々を訪ねてまわるとあります。三好郡山城谷村政友では、これは片目の髭の生えた鬼で、「お菜」のことを言っていると、毛の生えた手を出すといわれていました。
静岡県庵原郡両河内村清地(現在の静岡市清水区)では、節分には鬼バラ(ヒイラギ)などをつけた目篭を門口に立て、手桶に米の磨ぎ汁を入れて篭の傍らに置いたといいます。すると、【鬼】や【一目小僧】が家に来ても、この磨ぎ汁を飲んで悪いことはせずに去るのだといいます。同村伏木では、目篭にあらゆる鬼を宿らせ、翌日にこれを川に流すそうです。
香川県三豊郡詫間町では【一つ目の鬼】が来るといって、節分前夜にヤガイの餅を搗き、家の戸を閉め、鬼の目突きバラ(ヒイラギ?)などを用意したといいます。
福井県遠敷郡名田庄村井上(現在の大飯郡おおい町)の数軒の家では、節分の夜に【疱瘡神】を祀り、豆はまかなかったそうです。代わりに、床の間に「ホーソーじいさん」と「ホーソーばあさん」を並べ、ふたつの椀に飯を盛って供え、家の中を真っ暗にして静かにするのです。真夜中になると、白い煙の姿をした【ホーソー神】が天井から降りてくるといい、この時、床の間からコトリと物音がし、やって来たことを知るのだといいます。
【参考資料】
垣田五百次・坪井忠彦編『口丹波口碑集』
柳田国男監修『総合日本民俗語彙』
長谷川法世が「妖怪かみくれ」『週刊少年キング』1970年44号
中岡之子「阿波北がたの昔話(二)」『西郊民俗』第81号
大島建彦「若狭の疫神祭祀」
宮城縣『宮城縣史 民俗Ⅲ』
『民俗採訪』昭和29年度
『民俗採訪』昭和47年度
『民間伝承』第3巻第2号
黒史郎
作家、怪異蒐集家。1974年、神奈川県生まれ。2007年「夜は一緒に散歩 しよ」で第1回「幽」怪談文学賞長編部門大賞を受賞してデビュー。実話怪談、怪奇文学などの著書多数。
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