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仏教と精霊信仰が習合したタイ文化。人々が重用するお守り「プラクルアン」とは何か? そしてご利益は? 現地在住ライターが詳しく解説!
タイ文化が仏教と密接に結びついているのはご存じのとおり。ではあるものの、タイ仏教の主流派である上座部仏教には、独特の風習がある。そのひとつに挙げられるのがお守りの「プラクルアン」だ。
日本の寺社で頒けていただけるお守りは主に布製の袋に入っている一方、プラクルアンは粘土のような材質や金属で作られた仏像の形をしている。
タイ仏教は懐が深いというか、信徒でなくてもプラクルアンを授かる(借りる)ことができ、タイ人は親愛の印に自分が所有するプラクルアンを贈り合ったりする。それくらいプラクルアンは身近なものであり、かつ大切なものだ。
しかし、実はプラクルアンの歴史はそれほど長くない。現在のプラクルアンは1800年代後半に生まれ、100年ちょっとの歴史しかないのである。しかし、それ以前にもプラクルアンと「ほぼ同じ」ものは存在していた。
ややこしい話だが、説明しよう。
プラクルアンはかつて「プラピム」と呼ばれる、もっとシンプルなデザインの仏具だったとされる。6~11世紀に今のタイにあったドヴァーラヴァティー王国で使われていた、仏教の世界を表す幾何学模様などが描かれたものだったようだ。当時は布などに描かれていたらしいが、後に粘土などで作られるものになり、願いを込めるお守りへと変化していった。それでも、儀式などで使用する仏具という位置づけだった。
それが1800年代、つまり現在に続く王朝が成立してバンコクに都が置かれたずっとあと、庶民の生活様式や考え方が変化し、それに合わせてプラピムを「身につける」ようになった。同時にプラピムは「プラクルアン」と呼ばれるようになったのだ。今も仏像の形のものだけをプラピムと呼んで区別することはある。
実は、タイ仏教はそれ以前にあったタイの精霊信仰と深く習合している。あまりにも精霊信仰と密接に習合しているので、仏教との違いがわかりにくくすらなっている。
たとえば、「クマントーン」という像をタイ人は好んで用いるが、これは家内安全や商売繁盛の神様だからだ。しかし、もとその謂れは身ごもったまま亡くなった母親の身体から男児を取り出して作った像とされ、本来は精霊信仰や呪術の世界の像である。それでも、クマントーンを祀る神棚はタイの仏教式だったりする。
仏教と深く習合しているということは、逆にタイには精霊信仰が根強く残っているということでもある。そのためクマントーンが今も重用され、同時に呪術やそれを操る呪術師も存在する。もちろん、近代においてはクマントーンを死体で作ることは違法だ。ただし、それがまったく起きないとは言い切れず、実際、何年かに一度は違法に死体を保有していたとして呪術師が逮捕されたりする。需要があるので、それに応えた呪術師が材料を入手しようとするのだ。
そして誤解が多いのは、プラクルアンにも死体の一部が用いられているという話だ。
例外的に高尚な僧侶の毛髪を練り込んだプラクルアンはあるのだが、骨や爪などを練り込んでいることは基本的には「ない」と思っていていい。先述のとおり、そもそもプラクルアンは仏具であって、呪術の道具ではないからだ。タイ人の中には、両親や子どもが亡くなった際に歯や毛髪、骨などをお守りケースに入れて身につけることもあるため、それらが誤解されて「死体を使っている」という話が広まったのではないか。
あるいは、プラクルアンは仏像や僧侶などを象っているが、それ以外の形のお守りは「クルアンラーン」と呼ばれる。このクルアンラーンには呪物に転用されたものがあるかもしれないし、そこになんらかしらの人体が使用されていた可能性も残る。ともあれ、一般的にはプラクルアンはそういったものではなく、あくまでも平和的なお守りである。
そんなプラクルアンだが、身につけることで得られるご利益とは何か。
これは日本の寺社で受け取るお守りとだいたい同じようなものだ。商売繁盛や恋愛成就、家内安全、全体的な強運、近年であれば交通安全やギャンブルなどの勝負運、長寿といった、わかりやすい望みが向けられる。ただ、タイでは学業成就のお守りは聞いたことがない。また、クルアンラーンになるが、男性器を象ったお守りもあり、これは商売繁盛を祈るものになる。
そしてタイには、護符刺青「サックヤン」もある。プラピムをお守り型にする技術がなかった時代、兵士などが身体に彫ったことが始まりとされる。その彫師によると、「タイの仏教や呪術において一般大衆が求めるのは、突き詰めれば金銭関係か人間関係だ」という。
ご利益と呼べるのかどうかわからないエピソードもある。近年は耳にする機会が減ってきているが、マフィアや警察官、不良少年らが「プラクルアンを身につけていたことで銃で撃たれても死ななかった」と語ることがよくあるのだ。身の危険を回避するものとしてアンダーグラウンドな人々にもプラクルアンは重宝されてきた。ワルとはいえ信心深いのである。
タイは銃社会でもあるので、そこら中に銃がはびこっている。日本の何百倍も銃器犯罪を目の当たりにする確率が高い。だからこそ、そういったエピソードもわんさかと出てくるわけだ。ただ、そこまで守ってくれる高尚なプラクルアンなら、そもそも撃たれないのではないかと思うのだが。
髙田胤臣
1998年に初訪タイ後、1ヶ月~1年単位で長期滞在を繰り返し、2002年9月からタイ・バンコク在住。2011年4月からライター業を営む。パートナーはタイ人。
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