超越存在の「顔」が顕現する! パプアニューギニア「精霊仮面」の世界/「世界探検の旅―美と驚異の遺産―」展開催
大小600以上の島からなるパプアニューギニア。700もの民族グループが独自の伝統や風習を持ち、今も各地で守り伝えている。古くから精霊信仰が根づく彼らの中で、「仮面」は精霊とつながるために欠かせない存在
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屋久島と奄美大島の間に連なり、秘境の島々とも称されるトカラ列島。 その島のひとつ、悪石島に「ボゼ祭り」という奇祭が伝わる。 盆の終わりに現れて、悪霊や邪気を払うという仮面神「ボゼ」。巨大な仮面と植物をまとったその姿は、遠い南洋の国で信仰される精霊に驚くほどよく似ている。 謎めいた異形の神に会うために、悪石島を訪れた。 (ムー2010年12月号記事より)
鹿児島の南方、屋久島と奄美大島の間に飛び石のように点在するトカラ列島。行政区域は鹿児島県十島(としま)村で、7つの有人島と5つの無人島から構成されている。南北約160キロに及ぶ、日本一細長い村だ。人口は7つの島を合わせて700人にも満たない。
その十島村の有人島のひとつが悪石島(あくせきじま)だ。昨年(2009年)夏の皆既日食ブームの際に、この島の名を聞いたことがあるという人も少なくないだろう。
2009年7月22日に起きた皆既日食は、日本国内で実に46年ぶりに見られる現象として大いに話題になった。トカラ列島はこの日食の皆既帯にあたり、特に悪石島は6分25秒も皆既日食が観測できる絶好のポイントとして世界中から注目を集めたのだ。特別に皆既日食観測ツアーが組まれ、普段は70人程度が暮らす静かな島に、400人もの観光客が殺到したそうだ。
悪石島はトカラ列島の中央に位置し、面積は約7.5平方キロ、最高地点は584メートル、周囲を断崖絶壁に囲まれた小さな島だ。
トカラ列島には平家伝説が伝わっており、悪石島という風変わりなネーミングは、その昔、島へたどり着いた平家の落人(おちうど)たちが、追っ手が恐れて近づかないように「悪石」という暗く恐ろしげな名前をつけたといわれている。
前置きが少し長くなったが、この悪石島に、「ボゼ祭り」という奇祭が伝わっている。毎年、旧暦の7月16日に行われる祭りで、「ボゼ」という仮面神が現れる伝統行事だ。
奇祭や仮面神は筆者の撮影テーマのひとつであり、日本に仮面を使った神がいると聞いて非常に興味を持った。また、情報収集中に見つけたボゼの写真にも強く惹かれた。これと似た姿の精霊を、ほかの国でも見ていたからだ。調べてみると、ボゼ祭りを見るツアーがあるということで、それで仮面神ボゼに会いに行く旅が決まった。
悪石島へのアクセス方法はフェリーしかない。鹿児島市の鹿児島港から「フェリーとしま」に乗り、悪石島へ到着するのはおよそ11時間後だ。
フェリーを降りると、緑に覆われた急勾配の斜面が目に飛び込んでくる。悪石島には平地はほとんどなく、島内を徒歩で移動するのはかなり厳しい。ボゼ祭りの会場となる公民館も山の上の集落にあり、徒歩なら港から30分ほど急な坂道を登らなければならない。
島内を散策中、碁盤の目状にスジが刻まれた石が道ばたに置かれているのに気がついた。聞けば、辻には悪魔が棲んでいるので、悪魔がこの石にぶつかって死ぬことを願った魔除けだという。沖縄などで見かける「石敢當(いしがんとう)」と同様のものだろう。島民は石に向かって柏手を打ち、安全を祈願するそうだ。
ほかにも、島にはあちこちに神社や石像が点在し、島の案内資料に書かれているように、島民の生活は常に神々とともにあることが見てとれる。
ボゼ祭りは、旧暦の7月7日から催される盆踊りの最終日、7月16日に行われる。筆者が訪れた2010年は8月25日が祭りの日にあたった。
悪石島の盆踊りは男性だけが踊るという特徴的なもので、県の無形民俗文化財に指定されている。ボゼ祭りの前夜には、男衆が鉦や太鼓を鳴らしながら、各家や墓を踊って回る。墓で踊るのは、先祖が源氏に敗れた無念を忘れないように、源氏を討つまで心身を鼓舞するためだという。
そしてボゼ祭りの当日、公民館の広場は島民と観光客でごった返していた。筆者も含め、祭りの主役を撮ろうと集まったカメラマンも多い。
男衆たちが広場で踊りを終えた後、太鼓の音が鳴り響き、口上が述べられると、いよいよその主役が登場する。仮面神ボゼだ。
ボゼは墓地に隣接する広場からやってくるのだが、公民館に通じる道は二筋に分かれていて、ボゼがどちらから現れるかわからない。島の子どもたちは、日頃から「悪いことをするとボゼが来るぞ」と驚かされているといい、尋常ではない怖がりようだ。秋田の男鹿地方に伝わるなまはげのような存在といったところだろうか。
ほどなく、一方の道からボゼが駈けてきた。巨大な仮面でできた頭は、尖った耳、飛び出した目、キバ状のものが生えた大きな口をしている。体はビロウの葉で覆われ、神とはいうものの、巨人の悪魔といった出で立ちだ。事前に写真では見ていたが、実際に目にすると、なかなかの迫力である。
現れたボゼは3体。ヒラボゼ、ハガマボゼ、サガシボゼと名がついており、それぞれ手に「アカシュイ」(赤土)のついた「ボゼマラ」と呼ばれる男性のシンボルを模した長い棒を持っている。そして、なんともう1体、ボゼが現れた。例年登場するボゼは3体なので、今年は何か特別な年だったようだ。
ボゼたちは公民館に集まっていた女性や子どもに迫っては、ボゼマラで赤土をなすりつけていく。ボゼのあまりの迫力に泣きだす子どももいる。
この赤土には悪霊払いの効果があるそうだ。ボゼのように力が強くなるように、運が良くなるように、また女性は子宝に恵まれるようにと、ボゼは人々を追い回し、撮影していた筆者もたっぷりと赤土をつけられてしまった。
ひとしきり赤土をつけて回ると、ボゼたちは人々を追うのをやめ、墓地方面へ去っていった。祭りが終わるとボゼの仮面は壊され、捨てられるそうだ。
ボゼとの追いかけっこで騒然としていた広場は静寂を取り戻し、悪の祓いがすんだことを祝って酒宴が催された。こうして悪石島の盆は終わるのである。
このユニークな仮面神ボゼとは、いったいどういう存在なのだろうか。資料によれば、ボゼは海の彼方からやってくる来訪神で、悪魔を追い払い、人々の邪気を祓う存在だという。盆の終わりに現れるのは、悪霊臭の漂う盆から、人々を新たな生の世界へと甦らせる役目を持っているからだ。
しかし、それ以外の情報はないに等しい。昔はトカラ列島の中之島にもボゼが現れたというが、現在は悪石島だけに残る行事だそうだ。酒宴の席で、いつごろから島にボゼが現れるようになったのか、ボゼ祭りはいつから行われているのか、島民たちに聞いても「わからない」といわれるばかりであった。
植物で作った装束の神ボゼ――先にこれと似た姿の精霊を見たことがあると書いたが、悪石島のボゼは筆者がよく訪れるパプアニューギニアの精霊たちと非常によく似ているのだ。
南太平洋に位置するパプアニューギニアは独特な文化や風習が残る国で、精霊信仰もそのひとつだ。精霊の表し方は部族によってさまざまだが、ニューブリテン島に伝わる精霊の姿が、ボゼを彷彿とさせるものなのである。
大きな目の巨大な仮面が特徴的なバイニン族の精霊や、尖った仮面に草の衣をまとったトーライ族の精霊「トゥブアン」は、いずれも強い霊力を持つ存在として古くから畏れられ、崇められてきた。悪霊や邪気を祓う力を持つボゼにも、どこか通じる存在といえる。
もちろん、ただ姿が似ているからといって、由来不明の悪石島のボゼが、ニューブリテン島の精霊たちと直接関係があるなどと乱暴なことをいうつもりはない。だが、一部の日本人のルーツを遙か南方に求める説もあり、まったく可能性がないといいきれないようだ。ボゼはいったいどこからやってきたのだろうか――?
ところで話が逸れるが、ニューブリテン島は妖怪漫画家として有名な水木しげる氏が太平洋戦争中に配属されたところで、氏はここで爆撃に遭い、左腕を失っている。療養中、島の人々の温かさに支えられた氏は、現地への永住を考えるほど島での生活に馴染んでいたという。また、島の精霊たちの存在も大きく、のちに氏が描く妖怪作品などにもさまざまな影響を与えている。
中でもトゥブアンがお気に入りだそうで、11月20日公開の映画『ゲゲゲの女房』にも、水木氏が思い描く妖怪のイメージとしてトゥブアンが登場しているという。
悪石島のボゼも、ニューブリテン島の精霊たちも非常にユニークで魅力的なものだ。どちらも機会があればぜひ実際に見てみてほしい。
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