記憶は全身の細胞に宿る!? 意識のアップロードの可能性が定説を覆す! 脳の最新研究成果

文=久野友萬

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    現代の脳科学において最も重要かつ未解明な領域、意識と記憶。それはどのように生じ、どこに宿っているのか? 定説を覆す最新の研究成果が相次いでいる。

     2026年3月、ちょっと信じられないニュースが飛び込んできた。ショウジョウバエの脳をデジタル空間に再構築、コンピュータグラフィックスで作った体を与えたところ、本物のハエのように障害物を避けて飛び回り、地面を歩き、手をこすり、エサを探して食べるという本物とハエと区別できない行動が見られたというのだ。

     意識をネットワークにアップロードする。サイバーパンク以降、SFのネタとしてこすり尽くされてきたこの設定がついに現実に?

     脳の神経ネットワークは、コネクトームというニューロン(神経細胞とそこから伸びる神経)とシナプス(神経結合部位)をひと塊とした概念で表される。

    イメージ画像:「Adobe Stock」

     意識は脳のどこにあるのか? これまでは前頭葉で意識が作られていると考えられていた。前頭葉が傷つくと思考が低下し感情的になり、意識障害を起こす。しかし脳は機能ごとに独立しているわけではなく、すべて連携している。寒い場所に来れば、寒かった記憶が思い出されるし、そうした記憶に基づいて判断や行動が下される。だから意識は脳の中に意識細胞みたいなものがあるわけではなく、ネットワークそのものから発生するというのが現在の考え方だ。

     ということは、コネクトームをコピーしてコンピュータ上に再構築できれば、コンピュータの中に意識を発生させることができるというわけだ。この考えをベースにして、意識のアップロードというような脳とコンピュータの融合するサイバーパンクな世界は描かれている。

     2024年にグーグルなど数社が共同でショウジョウバエのコネクトーム(13万9255個のニューロンと5450万個のシナプス)のマッピングを完了させた。このコネクトームのデータをコンピュータ上に再構築する試みが過去1年にわたり行われてきたのだが、脳のシミュレーションを行うアメリカの民間企業イーオンシステムズがいち早くそれに成功したのだ。

    ハエのコネクトーム(右)でCGのハエ(左)を動かすと、本物のハエのようにふるまった。画像は「Eon Systems」より引用

     コネクトームが意識を生み出す。ショウジョウバエの実験から考えれば、そうなるだろう。そしてコネクトームは脳だけにあるわけではない。脳から伸びる交感神経と副交感神経のネットワークもコネクトームだし、視神経から網膜、視覚野への接続もコネクトームだ。

     さらに脳腸相関、腸にもニューロンとシナプスが分布し、免疫やセロトニンなどの脳内物質の生成に関わっていることがわかり、脳腸コネクトームと呼ばれている。

     つまり意識は脳にあるわけではなく、全身にある。もちろん狭い意味での、私たちが自分だと思っている意識は脳の中で生まれている。しかし、自分という意識に無意識まで含めれば、全身のコネクトームが連携して生み出すものが意識だと言える。

    細胞は記憶し、生き残る

     一方、記憶はどうだろう。これまで記憶は脳の海馬にあると考えられてきた。これも間違いじゃないかと言われ始めている。

     ニューロンに記憶が保存されるのだという。コネクトームが分布していれば、そこにニューロンはある。ニューロンもまた全身に分布している。2024年11月7日のネイチャーコミュニケーションズ誌には、同じ経験を重ねるほど特定のニューロンへのアクセスが向上し、神経信号がより速く伝達されることがわかった。これはマスセッド・スペース効果と呼ばれ、ニューロンは経験を記憶するのだという。腎臓の細胞にも記憶があることがわかったそうだ。

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     細胞記憶と呼ばれ、細胞は化学反応を記憶する。化学物質に暴露された際に、それを記憶し、対応するわけだ。こうした細胞記憶の研究から、単細胞生物にも意識があるのではないかという説まで出てきた。意識の細胞基盤理論と呼ばれ、意識があるからこそ最適な環境を選んで生存可能だったのでは? というわけだ。

     たしかに生存に有利な環境を記憶し、選択的にそうした場所を選ぶ意志がなければ、単細胞生物が生き残ることは難しかっただろう。そのシステムが現在の生物にも引き継がれ、私たちを構成する細胞も記憶し、判断する能力を備えている。

    万物はリンクする

     意識が神経ネットワークに宿り、記憶が細胞に宿るのなら、臓器にも記憶があり意識があることにならないだろうか? 心臓や腎臓といった臓器移植後に性格が変わったり、知らない土地の記憶が思い出されるといった話は昔からある。もしかしたら、移植された側と臓器との間で情報の「翻訳」が行われた結果、読み取られた細胞記憶やコネクトームの意識ではないのか。

     これまで科学は還元論――すべての機能は、分解し突き詰めていくことで理解できる――の観点に立ってきた。それはかなりの成功を収め、科学は世界を大いに発展させた。しかし、意識が神経網そのものから生まれ、記憶が細胞に分散しているのなら、還元論は通用しない。

    イメージ画像:「Adobe Stock」

     私たちは全体としてあるホリスティックな存在なのだ。70年代のニューサイエンスの視点を21世紀の科学がハードに実証しつつある。これはとても面白いパラダイムシフトの前兆ではないだろうか。科学が宗教や魔術の世界観を取り入れざる得なくなっているのだ。

     おそらく私たちは一体なのだ。万物がすべてリンクし、この世界はでき上がっている。巨大なネットワークからは、コネクトームのように意識が立ち上がるだろう。それは人間の認知を超えた何かだろうが、その存在を直感した先祖は、それを神と呼んだのかもしれない。

    久野友萬(ひさのゆーまん)

    サイエンスライター。1966年生まれ。富山大学理学部卒。企業取材からコラム、科学解説まで、科学をテーマに幅広く扱う。

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