1978年のクウェートに空飛ぶ円盤が飛来していた!アラブ初のUFO事件が警告した中東の社会変動

文=若林啓史

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    アラブ初のUFO事件とされる出来事は、1978年のクウェートに飛来した空飛ぶ円盤だった。その超常現象はイスラーム世界でいかに受け止められたのか?

    石油ポンプが緊急停止した夜

     1978年11月9日未明、クウェイトの首都から北西約90キロメートルの油田地帯に位置するウンム・アルアイシュで、クウェート石油会社の職員が石油ポンプ1基の停止に気付いた。アメリカ人1人を含む7人の技術者は、原因を確かめるためポンプに向かった。時刻は、午前1時半頃であった。

     彼らは、ポンプから約250メートルの場所に、不思議な物体が着地しているのを発見、驚愕した。
     なんとその物体は円盤形で、上部は赤色のドームが蔽っており、大きさは通常の飛行機より大きかった。
     さらに不可解なのは、ポンプ室の扉が開き、内部の全ての機械が停止していたことだった。

     技術者たちは恐怖に囚われ、物体に近づいてみようと言う者もあったが、躊躇していた。
     そして7分ほど経過すると、物体は静かに上昇を始めた。物体の内部に人影はなく、音もなく飛翔すると視界から消えてしまったーー。

     技術者たちが事務所に戻ると、ポンプはなにごともなかったのように作動を再開していた。

     技術者のリーダーは警察に連絡した。現場にかけつけた捜査員は技術者たちから事情聴取し、物体が着陸した場所の検証を開始した。得られた証言に、不一致はなかった。

     当初は「ヘリコプターの離着陸」とする仮説も提示されたが、現場の砂が巻き上げられた痕跡は見つからない。そして物体が着陸していた時間、異状があったのはポンプだけではないことが判明した。周囲の有線・無線通信が途絶し、精密機械は故障していたのだ。だが、物体が離陸すると正常に戻っていたという。

     この顛末は、初動捜査を統括したクウェート警察庁長官ハマド准将が同年11月13日、記者団に語った事件の詳細で、クウェイトのアラビア語新聞「カバス」に掲載された。

    飛び交う円盤、飛び交う情報

     異常事態をもたらした未確認飛行物体の情報は、直ちにクウェート内外に拡散した。

     1978年11月12日付の現地アラビア語新聞「ワタン」は、一面トップで「クウェートに空飛ぶ円盤着陸:電話回線不通に…離陸後復旧」という見出しの記事を掲載した。
     そしてUPI通信は、翌日のクウェート警察庁長官会見概要を、英文で世界に配信した。それは「アラブ初のUFO、クウェートで報告」と題し、「空飛ぶ円盤は、ジャンボジェット機ほどの大きさで、円筒形の本体に巨大なドームを持ち、赤い光を点滅させて登場、クウェートの油田に7分間滞在した後、痕跡を残さず離陸した。ハマド長官は、アラブ世界初の出来事であろうと語った」と伝えた。

    「ワタン」1978年11月12日での報道。

     1978年11月17日付の現地アラビア語新聞「ライユ・アルアーム」は、再びハマド長官の発言を伝えた。長官は、クウェートには大国が備えている観測機材が存在せず、空飛ぶ円盤について真相究明できないため見解を発表しないが、政府機関がこの問題の調査を続けるだろうと述べた。

     アラブ初のUFO事件は、これで終わりではなかった。クウェートでは新たな目撃情報が相次いで寄せられたのだ。
     たとえばクウェート科学調査研究所(KISR)に勤務していたアメリカ人海洋生物学者は、1978年11月21日午前5時30分頃、イラク国境付近のサービリーヤ油田で、高さ6メートルの給水塔の上方を30分間ほど滞空していた飛行物体について報告している。

     また、他のアラブ諸国にも騒動は波及した。
     1978年11月25日付のレバノン紙「サフィール」は、クウェート内務省筋の24日付声明にもとづき、「クウェートは初めて空飛ぶ円盤の出現が事実であると認めた」と伝えた。同紙はまた、アラブ首長国連邦の11月24日付アラビア語新聞「イッティハード」を引用する形でも同じ事件を紹介している。さらにアブー・ザビー(アブダビ)の通信公社は、「空飛ぶ円盤を観測したため、衛星通信基地の職員に緊急事態警報が発出された」と報じた。

    クウェート政府、究明に乗り出す

     クウェート政府はこの問題をもはや看過できなくなり、KISRに調査を指示した。発端となった着陸事件では、クウェート石油会社職員や警察官など、信頼すべき人々が当事者であり、流言飛語と片付けることはできなかった。また、物体が出現した地域はいずれも油田地帯、特に最初の目撃事件の現場ウンム・アルアイシュには、衛星通信基地もあった。外国による新兵器のテストや、偵察活動の可能性が懸念された。そして、報道機関の関心も高かった。

     クウェートに駐在するアメリカ大使館は、未確認飛行物体の情報を収集、1979年1月29日付の国務省宛電文で、次のように報告した。
    「1978年11月9日に始まった一連の目撃情報に対応し、クウェイト政府はKISRに、専門家から成る調査委員会設置を命じた」ーーまさに国家ぐるみの調査体制である。

     1979年1月20日に提出された調査報告書は、1978年12月14日に至る8件の目撃情報を記述している。報告書提出を伝えた翌日の現地紙には、クウェート市街上空での新たな目撃情報が掲載され、あたかも特集記事のようであった。

     報告書の内容といえば、「未確認飛行物体」がスパイ活動機材である説を否定する一方、地球外から出現した可能性については曖昧な見解であった。調査委員会代表は大使館員に対し、科学者はこれらが「宇宙船」でないと断言できる知見を備えていないとし、クウェート政府が領空・領土、そして油田を防衛するためにあらゆる措置を執るよう提言しているものだった。

     地元住民には、1978年11月11日を初日とするイスラームの犠牲祭と目撃事件の符合を指摘する者がある。さらにはイランからの避難民を乗せたヘリコプターやホバークラフトではないかとの憶測もあったほどだ。

    調査報告書は何を語る?

     KISRによる調査報告書は1979年1月21日、クウェイトの閣議で了承され、調査委員会の活動継続が決定された。報告書そのものは公表されていないが、KISRは1月23日、記者会見を開いて内容を説明、未確認飛行物体のイラストを公開した。

     未公表ながら、報告書の内容は各種記事から再現可能である。1978年の8件に及ぶ目撃情報の記載に続き、KISRが行った試料調査と結果から、未確認飛行物体着陸地点の土壌は、他の地点のサンプルと違いはなく、放射線検査の結果にも異状はなかったこともわかっている。

     未確認飛行物体に関する調査委員会の結論は、現地英字紙「クウェート・タイムズ」が7項目に要約している。

    ①いくつかの事例では、天然ガス燃焼による光が、自然条件により反射したと判断される。
    ②物体が外国から飛来した証拠はないが、委員会が把握しない高度技術の完全否定はできない。
    ③他の惑星から未確認飛行物体がクウェイトに来たとの証明はできないものの、目撃者の説明は映画などの「空飛ぶ円盤」に合致する。
    ④飛翔する昆虫が放散した光との説には無理がある。
    ⑤ある新聞が掲載した心霊現象とする説は、科学的に議論することはできない。
    ⑥流星その他、天体現象との説は可能性があり、さらなる調査が必要。
    ⑦大気中における未知の発光現象とする説にも可能性はある。

     報告書に対する現地新聞の見解は分かれ、「調査研究所報告書、クウェートでの不審物体着陸を確認」、あるいは「空飛ぶ円盤…虚構だ!」と相反する見出しが一面トップを飾った。

    「クウェート・タイムズ」1979年1月22日の報道。

    クウェートで未確認飛行物体への関心が再燃

     未確認飛行物体などの超自然現象が、イスラームの世界観においていかに受け止められたか。それは、挑戦的な課題である。

     この分野の数少ない文献に、デターマンが2021年に著した英文書籍『イスラームと空想科学、地球外生命:イスラーム世界における宇宙生物学の文化』があるが、そもそも中東は空想科学小説発祥の地である。サモサタのルキアノスは西暦2世紀・ローマ帝国時代のシリアの人だが、『実話』と題して月旅行や、太陽の王と月の王の戦争の物語を書いた。2007年、シリア文化省後援で、ルキアノスを慕うシンポジウムが開催され、「アラブ空想科学作家協会」が設立されているし、アラブ世界の人々は、我々が想像するほど頭が固くない。
     デターマンの書物の第4章「イスラームのUFO信仰」は、1978年のクウェートでの目撃事件に触れている。そもそも中東全域を視野に入れれば、1958年のトルコのアダナにおける目撃事件など、UFO出現は稀ではなかったとし、イスラームの聖典『クルアーン』は、神と人の中間に、天使や「ジン」という存在を記しており、UFOは「ジン」であるとの説もあることを指摘するほどだ。

    ジン(1802年、画像=Wikipedia)。

     そして1979年を頂点として、中東は大変動の時期を迎えていた。1979年2月、イランでイスラーム革命が成功した。また3月、エジプトとイスラエルは平和条約を締結、アラブの団結は崩壊した。さらに12月、ソ連軍がアフガニスタンに侵攻した。ペルシア湾岸アラブ諸国では、いずれも深刻な危機と受け止められ、現地住民は大いなる不安に苛まれていた。
     そんな変動の前夜で発生した1978年11月以降の未確認飛行物体・続発の情報は、人々の未来への恐怖が投影されたのかも知れない。結果的には「空飛ぶ円盤」報道が連日一面トップを占め、イラン動乱などの現実を、しばし忘れさせる効果もあっただろう。

    2024年11月のアメリカ下院公聴会にて、クウェート上空の飛行物体の事例が報告された。https://www.instagram.com/p/DCiwfAKI56U/ より。

     2024年11月13日、米下院監視・説明責任委員会において、クウェートに現れた新たな未確認飛行物体に関し、専門家が証言した。公開された資料には、クウェート沖20マイルの海上でヘリコプターから撮影されたという、日時不明ながら13分に及ぶ高解像度の動画も含まれる。
     クウェートでは、この情報を契機に、未確認飛行物体について再び関心が高まっている。
     2025年9月3日夜、サウジアラビアの首都リヤード上空に未確認飛行物体が出現、動画に収められた。半世紀後に帰ってきた未確認飛行物体は、いかなる中東の大乱を予告するのだろうか。

    若林啓史

    早稲田大学社会科学総合学術院 非常勤講師、京都大学博士。

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