太陽光の赤外線で視力が向上する!? 光と人体にまつわる最先端研究が凄い!

文=久野友萬

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    手のひらを太陽に! 太陽光の一部は人体を透過、細胞を活性化させることが英ロンドン大学の眼科学研究所の研究でわかった――。

    日光で目が良くなる?

     太陽光というと、夏場は紫外線の害ばかりが取り上げられる。短波長の紫外線はエネルギーが高く、表皮を通過してその下の真皮に到達、コラーゲン組織を破壊する。美容皮膚科の先生いわく、美肌は9割が遺伝、残りは日差しだそうなので日光は美肌の敵。なぜ美容液を塗るのかといえば、避けられない紫外線による劣化を少しでも抑えるため。

     面白いのが日焼けの原理で、真皮の破壊もメラニン分泌のサインだが、太陽光は目の網膜まで破壊し、それが日焼け物質であるメラニン分泌のトリガーになる。目に紫外線が入ると、それだけで体は日焼けモードに切り替わるのだ。

     ところが、太陽光に含まれる長波赤外線は、細胞を通過する際にミトコンドリアを活性化させるという。そして特に影響を受けやすいのが目の網膜らしい。目から入った太陽光は、日焼けの原因になりながらも、本当に視力を向上させるのか?

    830ナノメートルの赤外線が手を透過する様子。体の奥まで赤外線は浸透し、細胞は再びATPを作り始める。

     太陽光の赤外線は人体を透過する。太陽光に含まれる830〜860ナノメートルの赤外線は人体を透過し、その際に細胞にあるミトコンドリアにあるるシトクロムc酸化酵素に吸収される。そこでATP(=アデノシン三リン酸)の産出を手助けする。

     細胞がなぜ老化するかにはさまざまな説があり、そのひとつがミトコンドリア老化理論だ。細胞で熱を作るにはATPが必要だが、加齢とともにミトコンドリアのDNA変異が徐々に蓄積し、その結果ATPの産出量が減少する。活性酸素が除去できずに増え、酸化ストレスから細胞死が起きる。

     特に網膜は代謝が活発で、それだけミトコンドリア老化が進行しやすい。老化が始まると炎症や細胞の損失が目立ち始め、人間の場合、70歳までに網膜にある中心桿体光受容体の約30%が失われるという。

     加齢による網膜の機能低下は避けがたいと考えられてきたが、太陽光の赤外線でミトコンドリアのATP産出能力が高まれば、目の機能が回復するかもしれない。実験の結果、目の色識別能力に機能改善が見られた。面白いことに目に光が入らない状態でも、体に太陽光を浴びると視覚は改善した。体の中で作られたATPが網膜に運ばれ、機能を改善するらしい。

     紫外線の害ばかりが取り上げられるが、太陽光には実際に体を元気にし、目を良くする重要な働きがあるわけだ。

    これからの医療は「光を浴びる」?

     前述のように紫外線は目を日焼けさせ、劣化させるが、可視光の紫色の光(=バイオレットライト)には近視の進行を止める作用がある。進行が進むと失明に至る強度近視は、目が上下につぶれたように変形する、眼軸長伸長が止まらず、ピントが合わない状態が悪化して起きる。

    眼軸長伸長は近視だけではなく、網膜剥離、緑内障、視神経障害、近視性黄斑症なども併発する。画像は「慶應義塾大学病院」より引用

     これまで眼軸長伸長は止まらないと考えられていたが、慶應義塾大学の鳥居秀成助教授によると、「強度近視患者の目にバイオレットライトを照射すると眼軸長伸長が止まる」という。特に10〜18歳の若い子どもたちに関しては成果が如実に表れるそうだ。

     光線療法は昔からあり、アトピーなどの皮膚病の治療に使われてきた。転じて美容皮膚科でも皮膚に光を照射、真皮を刺激する治療も行われている。シミそばかすなども消せるのだそうだ。

     最近はレーザー光を使って聴覚神経を回復する治療も行われていたり、ガン治療に光免疫療法や光線力学療法という新しい治療法も導入されたりしている。光免疫療法は、ガン細胞と結合しやすい薬剤を投入し、ガン組織と結合した時点で光を当てて薬を作用させるもので、光線力学療法は光感受性物質をガン細胞に取り込ませ、光を照射して活性酸素を発生させてガン細胞を破壊する治療法だ。

     薬品の輸入超過が続く中、厚労省では医療機器産業を支援し、新たな輸出の柱にしようと目論んでいる。次世代医療機器連携拠点整備等事業がそれで、現在、医療機器開発に欠かせない臨床試験や安全検査を国の支援で行える、あるいは工学分野の企業と医療とをつなぐハブ機能を持つ拠点をいくつも整備している。製薬の分野では欧米に離されてしまっているため、光や超音波を使った物理療法の医療機器や、幹細胞治療など次世代の医療技術を伸ばそうというのだ。

     光の医療への応用範囲は急速に広がっている。これからの医療は薬を飲むのではなく、光を浴びる治療に代わるかもしれない。

    久野友萬(ひさのゆーまん)

    サイエンスライター。1966年生まれ。富山大学理学部卒。企業取材からコラム、科学解説まで、科学をテーマに幅広く扱う。

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