船乗りたちを襲う怪現象「ミルキー・シー」の謎、ついに解明へ! データベース構築で発生予測が可能に

文=仲田しんじ

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    夜の海を進む船乗りたちは、時にまるで銀河のように眩くきらめく海に囲まれるという。絶海の大海原で発生するこの神秘的な現象のメカニズムとは――。

    水面が美しく発光する“ミルキー・シー”とは?

     海水面が美しくも奇妙に輝くミルキー・シー(乳白色の海)現象に遭遇したという体験は、過去何世紀にもわたり船乗りたちによって報告されてきた。もちろん現在でもたびたび発生しているが、それが起きるメカニズムについては依然としてよくわかっていない。

     1967年1月、オランダの貨物船「SSイクシオン号」が日没後のアラビア海を航行中、まるでSFの世界に紛れ込んだかのような奇妙な現象に包まれた。見渡す限りの周囲の海が、不気味な乳白色の輝きを放っていたのだ。

    「水平線から水平線まで、海は四方八方に燐光を放っていた」と、同船の二等航海士、J・ブランスキルはこの驚くべき現象を航海日誌に詳細に記している。

     ブランスキルの報告によれば、この不気味な現象はしばらく続いたが、その後、発光は弱まりはじめて海はいつもの夜の様相に戻ったという。

     その9年後の1976年にも同様の目撃がアラビア海の同じ海域で報告されている。イギリスの冷蔵貨物船「MVウェストモーランド」のP・W・プライス船長と三等航海士 N・D・グラハムは当時、海全体と水平線近くの空が「鮮やかな緑色に輝いていた」と報告している。

     偶然にも遭遇した船員らによって“ミルキー・シー”と名付けられたこれらの現象は、海中のバクテリアなどによる生物発光だと考えられているが、岸から離れた海洋で稀に発生する特性上、実のところ調査研究がきわめて困難である。

    2014年に米海軍“艦から撮影された“天の川の海” 画像は「Wikimedia Commons」より

    発生を予測できるのか

     しかし、最近になってこの謎めいた生物発光現象がいつどこで発生するか予測する方法が確立されつつある。

     米コロラド州立大学大気科学部の博士課程学生、ジャスティン・ハドソン氏とS・D・ミラー氏が今年4月9日に学術誌『Earth and Space Science』で発表した論文では、ブランスキルやプライスの報告を含む400件以上のミルキー・シーの目撃情報をまとめ、新たなデータベースが作成されている。このデータベースによって将来、科学者が調査船を派遣して現象を観測するのに役立つことが期待されている。

    画像は「CNN」の記事より

    「このデータベースによって、もっと多くの人がミルキー・シー現象を研究し、何世紀にもわたって不可解であったこの謎を解き明かせるようになることを願っています」とハドソン氏は述べた。

     ハドソン氏らは「エルニーニョ」やインド洋での「ダイポールモード現象」などの大規模な気候パターンとの相関も探り、ミルキー・シーがいつどこで形成されるかを予測できる条件について新たな洞察を提供している。

     研究チームよると、ミルキー・シーは海洋生物発光の稀有な形態であり、一般的に点滅のない白っぽい光を発することで知られており、時には10万平方キロメートルにも及ぶ広大な海域を照らし、場合によっては数か月間も続くことがあるということだ。

    「目撃者たちはミルキー・シーを航行する体験を、夜の雪原、“トワイライトゾーン”、さらには聖書の黙示録にさえ例えています。その形成、持続時間、そして大きさに及ぶ物理的および生物地球化学的プロセスについてはほとんど知られていません」(研究論文より)

     ミルキー・シーは、海岸などで見られる植物プランクトンによって引き起こされる一般的な海洋生物発光現象とは異なるものであるという。一般的な生物発光現象では、魚が泳いだり波が岸に打ち寄せたりするなど刺激を受けた際にプランクトンが青い光を発するものだが、ミルキー・シー現象では明滅することなく一定の光を発する。

     植物プランクトンは防御反応として光を発しているのだが、研究者たちはミルキー・シーのバクテリアが発光するのは魚をおびき寄せるためだと理論づけている。そしてこの時、バクテリアは魚の腸内で繁殖するために、あえて魚に食べられているのだとミラー氏は説明している。

    画像は「American Geophysical Union」より

    発生現場で調査できる可能性が高まる

     過去のミルキー・シーに関する研究が繰り返し直面してきた問題の一つは、この現象に関する質の高い科学的データの不足である。さらに、この現象の報告が寄せられる地域が遠隔地であること、そして発生時期が予測不可能であることから、研究計画の立案が困難になっているのだ。

     これらの問題に対処するため、ハドソン氏とミラー氏は数世紀分に及ぶ異常な海洋現象の目撃報告を収集し、それを現代の衛星低光量画像化技術で検証した。

    「ミルキー・シーのデータベースを提示するとともに、エルニーニョ・南方振動やインド洋ダイポールモード現象など、大気海洋結合現象とミルキー・シーとの統計的比較を初めて提示し、地球相互作用システム内での予測可能性を明らかにしました」(研究論文より)

    Shawn SuttleによるPixabayからの画像

     これまでにもミルキー・シーに関する情報のデータベース化は試みられてきたが、いずれも時の流れとともに失われてしまっている。この新しいデータベースは、「この現象が時系列的に世界のどこで発生しているかについて、知識と認識の基準をリセットしてくれる」とミラー氏は胸を張る。

     謎はまだ数多く残っているが、発生の予測精度が上がれば、実際に現場で調査できる可能性も高まる。ミステリアスで魅惑的なミルキー・シーの謎の解明が進むことを期待したい。

    ※参考動画 YouTubeチャンネル「Everyday Philosophy」より

    【参考】
    https://thedebrief.org/sailors-have-encountered-this-bizarre-twilight-zone-phenomenon-for-centuries-now-scientists-hope-to-solve-the-mystery-of-milky-seas/
    https://edition.cnn.com/2025/04/12/science/milky-sea-ocean-glow-mystery-database/index.html

    仲田しんじ

    場末の酒場の片隅を好む都会の孤独な思索者でフリーライター。興味本位で考察と執筆の範囲を拡大中。
    ツイッター https://twitter.com/nakata66shinji

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