睡眠で時間を超え、集合的無意識に触れる…「夢の中で意識は多元宇宙を旅する」研究論文発表!

文=仲田しんじ

    我々は人生の3分の1を眠って過ごすが、ひょっとすると就寝中の夢の中ではもう一つの人生を送っているのかもしれない。この睡眠中のオルタナティブな人生の舞台は、時空を超えていることが最新の研究で示唆されている。

    夢はパラレルワールドの世界なのか?

     箱の中にいる猫は生きているのか、死んでいるのか? それは箱を開けてみて“観測”することで初めて決定するというのが、有名な量子論の思考実験「シュレーディンガーの猫」である。蓋が閉じた箱の中にいる猫は、生きてもいれば死んでもいるという2つの状態が共存する、量子論的「重ね合わせ」の状態にあり、それを観測することで新たな現実が出現するのだ。

     とすれば、猫に限らず次から次へと気になるものを観測していけば、新たな現実がその都度出現することになる。このようにして無数に分岐していく現実を説明したのが、1957年にヒュー・エヴェレットが提唱した「多世界解釈」だ。これは「多元宇宙論」とも呼ばれている。

     世界が絶えず分岐していくということは、当然ながらそこにいる自分も無数に枝分かれしていくことになる。分岐した別バージョンの自分は、今自分がいる世界とはちょっと違ったパラレルワールドで暮らしているのだ。

     分岐は永遠の別れであり、別バージョンの自分とはこの先一生関わることはできないのだが、最新の研究によると、眠って夢を見ているとき、意識が空間と時間の境界を越える可能性があり、別バージョンの自分と意識や体験を共有している可能性があるという。

    Amore SeymourによるPixabayからの画像

     昨年11月、イギリス領タークス・カイコス諸島にあるカリスマ大学の名誉教授デイビッド・レオン氏らは、「夢は別の世界への入り口として機能し、パラレルワールドの別バージョンの自分と関わることがある」との研究成果を学術誌「Qeios」で発表した。

     エヴェレットの「多世界解釈」にインスパイアされたレオン氏は、量子イベントには複数の可能性や結果があり、たとえばサッカーの試合をした場合、この世界では勝っていても、別の世界では負けた可能性があると説明する。

     睡眠中、人間の意識は論理的思考、現実、および物理的感覚と解離しており、“パラレルワールド”の人々に影響を及ぼすこともできる可能性があるという。

    「これにより意識は、多元宇宙をナビゲートする可能性のある、より広範で相互接続された実体として再概念化されます」(レオン氏)

    画像は「Wikipedia」より

    睡眠は意識が時空を越える自由を与える

     レオン氏は心理学者、カール・ユング(1875~1961)が1900年代初頭に提唱した概念である「集合的無意識」を引用して、世代から世代へと受け継がれる本能、記憶、アイデアを含むすべての情報が夢を通じて共有されている可能性を指摘している。

    「夢とは、精神がこの集合的無意識に触れ、個人的な範囲を超えた共通の人間物語を探求・体験する手段かもしれません」(レオン氏)

     すべての夢が当人を多元宇宙に連れて行くわけではないが、レオン氏は強い感情と記憶を伴う鮮明な夢が、おそらく人々をパラレルワールドに連れて行くことができると考えている。

     個人的経験に結びついた夢は、断片的で時間軸も混乱しているように感じることがあるが、その一方で繰り返し見る夢、特に鮮明で一貫したシナリオの夢は、パラレルワールドとのより深いつながりを示唆している可能性があるとレオン氏は説明する。夢を見るというよりも、夢の世界を訪れているように感じる場合、そして序章~本編~終章のある物語になっている場合、おそらくパラレルワールドを訪れているというのだ。

     たとえば、高校生時代の悩みやフラストレーションを感じる夢を繰り返し見ているとすれば、それは停滞感や個人的な成長に対する不安など、解決されていない心理的テーマを反映している可能性があるという。そして、もうひとつの可能性としては、自分がまだ高校生であるパラレルワールドで、今の自分が乗り越えたものと同じ課題に取り組んでいるかもしれないということだ。

    画像は「Popular Mechanics」の記事より

     レオン氏の仮説は魅力的かもしれないが、残念ながらそれを裏付ける経験的証拠はない。主流の神経科学と認知科学から見れば、この仮説は今のところはまったく非科学的である。

     それでもレオン氏は、睡眠とは肉体的感覚と理性的思考の影響を弱め、意識が時空を越える自由を与えるものであると推測している。科学的研究は現在この考えを支持していないが、レオン氏の見解では夢はパラレルワールドへの入り口なのだ。

    「マクロレベルでは、物体は位置や速度などの固定された特性を持っていると想定されています。しかし、量子実験はこの仮定に疑問を投げかけています」とレオン氏は説明し、観察者効果は、現実が見た目よりもはるかに流動的であることを示していると指摘する。

     はたして、夢で我々はオルタナティブな人生を生きているのだろうか。そして、そこで別バージョンの自分と関わっているのか。科学的アプローチは今のところは難しそうだが、きわめて興味深い夢の研究であることは間違いない。

    【参考】
    https://interestingengineering.com/science/alternate-reality-in-dreams

    仲田しんじ

    場末の酒場の片隅を好む都会の孤独な思索者でフリーライター。興味本位で考察と執筆の範囲を拡大中。
    ツイッター https://twitter.com/nakata66shinji

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