「動物の味覚は想像以上にグルメ」最新の遺伝子研究で一番の美食家はウーパールーパーと発覚/久野友萬
動物の味覚は人間とどう違うのか? 実は人間は進化の過程で味覚を失ってきた? 最新研究によって次第に明らかになってきた味覚の真実に迫る。
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サイエンスライター・久野友萬の新著『ヤバめの科学チートマニュアル』より、編集部が“ヤバめ”のテーマを厳選! 一部を抜粋して特別公開!
SFの古典「ドクターモローの島」は獣人の物語だ。マッドサイエンティストが、孤島で動物を人間に変える実験を繰り返していたという話である。
動物を人間にするなど正気の沙汰ではないが、1920年代に人間とサルを混血させ、最強の人猿兵士を作りす実験を本気でやった科学者がいる。
ロシアの生物学者イリヤ・イワノビッチ・イワノフは、人工授精技術を確立したことで知られる立派な科学者だ。
イワノフは、パブロフの犬で有名なイワン・パブロフとの共同研究で性腺の摘出(パブロフは、条件反射ではなく消化腺の抽出でノーベル医学賞を受賞している)を行い、性ホルモンを使った人工授精技術の基礎を作った。馬の人工授精技術を完成させ、1頭のオスの精子で500頭のメスを妊娠させることに成功している。
人工授精のパイオニアとして高く評価されているイワノフだが、1990年代にソビエト当時の機密文書が公開され、とんでもないことを計画していたことが明るみになった。
スターリンがイワノフに人工授精を用いて、強い兵士、すなわち粗食に耐え、病気への抵抗力があり、痛みに鈍感な兵士を作るように指示したとの一文があったというのだ(文書の現物は公開されていない)。
スターリンのオーダーに対して、イワノフは猿と人間を掛け合わせることで、スターリンの望む兵士を作ることができると考えた。
イワノフが類人猿と人間の人工授精を考えていた時、ロシア系フランス人のセルジュ・ボロノフは富裕層向けの若返り術を広め始めていた。ボロノフは若いオス羊の精巣の切片を老いたオス羊の精巣に貼りつける実験を行い、一部で成功したと発表した。生殖機能を失っていた老羊が、手術後、子どもを作ることができたというのだ。
このニュースに世界が湧きたち、人間への手術は可能かどうか、ボロノフに新聞社が殺到する。
1920年、ボロノフは希望する男性4人に人体実験を行った。実験は成功したとされたが、その時に使われたのはチンパンジーの精巣だった。世間はボロノフに注目、ボロノフは避暑地であるコートダジュールに大規模なクリニックを構えた。
画家のピカソや童話作家のメーテルリンク、フランス元首相など世界のVIPが数百万円を支払い、チンパンジーの睾丸を自分の睾丸に貼り付けた。睾丸のためにボロノフは大量のチンパンジーを飼育しており、サルの農場と呼んでいた。またボロノフは精巣に続いて、女性の若返りにはチンパンジーの卵巣を人間の女性の卵巣に貼りつければいいと考え、実際に300人と言われる被験者の女性に、メスのチンパンジーの卵巣を移植した。
イワノフはボロノフに協力し、チンパンジーを人間の精子で受精させる実験や人間の卵巣をチンパンジー(ノーラという名前のメス)に移植する実験をしたらしいが、失敗したという。
1929年にこのエピソードはフェリシアン・シャンプソーの小説『ノーラ、猿の女』として発表された。小説ではノーラはチンパンジーではなくオランウータンと科学者の間で生まれた美しい女性の名前で、やがてダンサーとなり、生物種を越えた超人として欧米の人種差別意識を揺るがすことになる。
のちにボルノフの若返り術は公的に検証され、すべてが嘘だと判明した。その結果、ボルノフは地位も名誉もすべてを失うが、それはまた別の話である。
そんな中、イワノフが勤務していたパスツール研究所が、イワノフにフランス領ギニアのキンディア村にあるチンパンジーの飼育施設の利用許可を出した。しばらくしてソビエト金融委員会からイワノフへ1万ドルの研究予算が支給された。ソビエト科学アカデミーもイワノフの計画を承認、イワノフは息子と2人でギニアへ向かった。
ギニアにあるチンパンジーの施設は非常に劣悪で、1923年に設立されてから700頭のチンパンジーを購入していたが、ヨーロッパへ輸出する前に半数が死亡していたという。しかも地元のハンターが捕獲するチンパンジーはいずれも子どもで、イワノフがやろうとしていた猿による人間の人工授精には若すぎた。さらにチンパンジーの子どもを妊娠したいという女性の志願者も見つからなかった。イワノフは猿のオスに強姦された女性が社会からのけ者にされるというアフリカの神話が、女性の志願を思いとどまらせたと考えたが、それは違うだろう。それ以前に、イワノフはその逆、人間の精子でメスのチンパンジーに人工授精させることはやろうともしなかった。自分の精子でメス猿を妊娠させることなら、面倒な手続きも不要だっただろうが、自分の子どもをチンパンジーに産ませるということはイワノフの脳裏をよぎることもなかったらしい。
資金が少ない中、短期で結果を出そうと考えたイワノフは、飼育施設に見切りをつけ、チンパンジーの成獣から精子を採取、それを無断で人間の女性に人工授精させようと地元の病院に相談を持ちかける。イワノフの計画はすぐさまフランス植民地政府に知られることになり、計画は中止された。
当時から人種差別は根強くあったが、それでもイワノフが無断でサルの精子を人間の女性に受精させようとしたことは常識を超えていた。ソ連科学アカデミーからの支援は停止された。今後、ソ連の科学者がアフリカで実験を行う際に現地の協力を得られなくなるというのが理由だった。イワノフの価値観は社会とズレていたのだ。
イワノフはソ連に帰国後も実験を続けようとしたが、資金難やチンパンジーの調達が難しく実行できなかったという。
その後、イワノフの実験は意外な都市伝説を生む。エイズが流行った理由にイワノフの実験が挙げられたのだ。
1999年1月31日、アラバマ大学のベアトリス・ハーンらは、エイズウイルスのキャリアとなっていたチンパンジーを発見した。おそらく人間がチンパンジーを食用にしたことで、人間へウイルスが感染し、広がったというのが現在の定説だ。
しかし都市伝説では、チンパンジーを人間が食べたためではなく、イワノフの人工授精でエイズウイルスが人間の女性に感染し、広がったという。
いかにもそれっぽいが、実際にはアフリカでイワノフはほぼ人工授精が行えず(3例の実験は行ったらしい)、エイズの流行が始まったのが90年代以降であることから関係はないと断言できるが、そうした噂を生むほどイワノフのやったことは不道徳だったのだ。
1970年代にチンパンジーを使って、鏡に映る自分の姿を動物は自分と認識できるかどうかを調べたミラーテストの発案者、心理学者のゴードン・ギャラップは2000年代に入ってから妙なことを言い始めた。
1920年代、フロリダ州オレンジ公園にあった霊長類研究センターで、メスのチンパンジーに人間の精子で人工授精を行い、人間とチンパンジーのハイブリット種が生まれたと言うのだ。
実験に使うチンパンジーを調達する過程で、研究所の元大学教授から、メスのチンパンジーは妊娠、出産したが、生まれたハイブリット種は道徳的見地から安楽死させられたとの話を聞いたのだという。
ただし記事が出たのがあおり記事ばかりの「The Sun」というタブロイド紙で、記事の信ぴょう性はない。
ギャラップはチンパンジーと人間のハイブリットを「ヒューマンジー」と呼んだ。人間の男が父でメスのチンパンジーが母だからヒューマン+チンパンジーでヒューマンジー、イワノフが計画していたチンパンジーのオスが父親で人間の女が母親ならチューマンだ。父がライオン+母がタイガーでライガーと同じである。なおヒューマンジーという呼び名は、今も使われている。
1920年代のイワノフやボロノフの騒動から30年後、舞台は中国へと移る。
1981年、瀋陽市の病院院長・季永祥が、1960年代に中国でヒューマンジーを作る計画があったと言い出した。1967年にメスのチンパンジーに人間の精子で人工授精を行い、ヒューマンジーを作る計画があり、季永祥も参加したのだという。チンパンジーは妊娠しだが、直後に起きた文化大革命により実験は中止され、妊娠中のチンパンジーは死亡した。
中国では宇宙飛行士や坑道の作業員など人間ができない危険な作業をヒューマンジーにやらせる計画だったらしい。また臓器移植にも使われる予定だったという。
今さらだが、チンパンジーと人間が赤ん坊をつくることは可能なのだろうか。もちろんその可能性があるからヒューマンジーは噂になるのだろうが、科学的にそれは可能なのか?
人間とチンパンジーが種として分岐したのは600万年前だと言われている。それまで、人間とチンパンジーは同じ種類のサルだったわけだ。ところが、2006年にハーバード大学医学部のデビッド・ライヒらは、人間とチンパンジーが完全に分岐したのは300万年前だと発表した。その誤差の300万年間、何があったのかと言えば、人間の祖先とチンパンジーは雑種、つまりセックスして子どもを作っていた。チンパンジーは人間と近縁種どころか血縁、ちょっと離れた親戚ぐらいの距離感であり、ヒューマンジーかチューマンかはともかくとして、混血は不可能ではなさそうなのだ。現代の技術なら人工授精も成功するのではないか。
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久野友萬(ひさのゆーまん)
サイエンスライター。1966年生まれ。富山大学理学部卒。企業取材からコラム、科学解説まで、科学をテーマに幅広く扱う。
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