太陽フレアで世界は滅亡しない! 生物に脳レベルで変化をもたらす「日の恵み」にこそ注目!/久野友萬

文=久野友萬

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    強力な太陽フレアで人類の文明が崩壊するのではないかという言説がある。しかし、科学的にはもっと人類が気にするべき深刻な影響があるようだ――!

    太陽フレアは現実的問題

     2021年10月28日、情報通信研究機構(NICT)がXクラスフレアの発生を警告した。

     太陽フレアは太陽表面で起きる電磁的な爆発で、強力な電磁波が地球まで影響することがある。明るさによって5段階(A、B、C、M、X)に分類され、1段階ごとに10倍の輝度になる。Xクラスが最も強いフレアで、人工衛星はもとより通信や電力網などにも影響が出る。その名の通り、電磁波とは電力と磁力がセットになっていて、強力な磁力が強力な電流を生み出す。太陽フレアの磁力を浴びた電線や電子機器の中に強力すぎる電流が流れ(過電流)、機器を壊してしまうのだ。

     そのため、2009年から「宇宙天気予報の推進方針」に基づき、フレアの状態を告知する宇宙天気予報が始まった。太陽フレアと聞くとSFのイメージだが、非常に現実的な問題なのだ。

    人工衛星SDOで観測された太陽画像(左: 可視光、右: 紫外線)/情報通信研究機構の発表から引用 https://www.nict.go.jp/info/topics/2021/10/29-2.html
    人工衛星GOESによって観測されたX線強度/情報通信研究機構の発表から引用 https://www.nict.go.jp/info/topics/2021/10/29-2.html

     2022年でも、スペースX社のスターリンク衛星が太陽嵐の影響を受け、多大な損害に至った。
     人工衛星の役割が重要な現代、こうした事故は社会に大きな影響を及ぼす。

    スペースX社の40基もの人工衛星が被害を受けた。https://www.space.com/spacex-starlink-satellites-lost-geomagnetic-storm
    イメージ画像:「Adobe Stock」

    太陽フレアで人類文明の危機が?

     Xクラスの太陽フレアによって人類の文明が滅びるといった説がよく話題になる。実際にそうしたことは起こり得るのか?

     太陽は11年周期で黒点が増減している。観測が始まって以来、11年を1周期として、現在は2019年12月から25周期の増加期に突入している。黒点が増える=太陽の活動が活発になるということで、太陽フレアも増加する。前述のスターリンク衛星は、黒点増大の影響をもろに受けたわけだ。

     今後、2030年に25周期が終わるまで、太陽フレアによってこうした事故が増えるだろう。ひどい場合は、かつてカナダで起きた太陽フレアによる大規模停電のようなことが起こる。

     1989年、太陽フレアにより磁束密度480ナノテスラ/分の磁気嵐が発生し、カナダのオンタリオ州とケベック州の電力網が過電流となりシステムがダウン、およそ600万人が9時間の停電被害に遭った。電力が遮断されたことで上下水道のポンプが止まり、飲料水の汚染が起きたり、交通網が止まったことで物流が損害を受けるなど被害は広範囲に及び、70~100億ドルの被害が出たとされている。

     そんな太陽フレアが、人類の想定を超える強力な規模で起きたらどうなるか?

     その前に、電磁波を悪用した兵器にEMP(電磁パルス)兵器を知っておくべきだ。規模はさまざまだが、強力な電磁波で電子機器を麻痺もしくは破壊する。
     2010年にアメリカのヘリテージ財団が提出したレポート「EMP Attacks? What the U.S. Must Do Now」によれば、仮に高高度EMP(成層圏で核兵器を使用し、発生する電磁波で国サイズの広範囲な領域を電磁的に破壊する)が使われた場合、自動車、鉄道、飛行機すべてのアメリカの物流網は停止、即座に食糧難が発生する。スーパーマーケットの備蓄は一般的に3日分しかないそうだ。さらに通信網も停止、復旧作業は難航する。

     アメリカの国土安全保障調査会が提出したレポートでは、10キロトンの核爆弾をEMP兵器としてニューヨーク上空135キロメートルで爆発させた場合、数百万人が死亡、数兆ドルの経済被害が出て、復旧には数年を要するという。

     さて、このようなEMP兵器クラスの影響をもたらし、文明を滅亡に導くような太陽フレアは起こり得るのか?

     答えはノーだ。

     地球に届く太陽フレアの規模は、こうしたEMP兵器に比べればはるかに小さい。太陽フレアはXクラスでも磁束密度はナノテスラ単位だ。それに対して、EMP兵器の磁束密度は数キロテスラとなり、文字通りのケタ違いだ。太陽フレアで人類滅亡は、さすがに針小棒大のファンタジーでしかない。

    1962年にアメリカが実施した高高度核爆発実験「スターフィッシュプライム」。爆発点から約 1450km離れたハワイでも電気的損傷を引き起こした。太陽フレアよりも現存兵器のほうがはるかにリアルな危機である。画像=Wikipedia

    電磁波は脳を揺らす

     では宇宙天気予報で伝えられている以上に太陽フレアを恐れる必要はないのかといえば、それは別の話だ。

     太陽フレアは高高度の航空機や宇宙船のパイロットを除けば、人間に直接の影響はないとされている。だが、トランスが爆発し(太陽フレアの影響で電柱のトランスが過電流により発火、爆発した例があるそうだ)、電子機器が軒並みダウンするほどの電磁波が、本当に人体に影響を及ぼさないのか。非常に広範囲にわたる周波数の電磁波が襲ってくるという現象に未知の作用はないのか。

     電磁波を大雑把に高周波(通信や放送に使われる周波数。数キロヘルツから携帯電話などに使われる数ギガヘルツ)と低周波(周波数が数百Hz以下。家電やケーブルから漏れる電磁波など)に分けた場合、低周波には健康被害があると考えられている。低周波に長時間さらされると、頭痛や吐き気、めまいなどの不定愁訴を訴える人がいるのだそうだ。これは高周波では見られない。

     電磁波過敏症が精神病の一種なのか実際にある肉体的な病気なのか議論はあるが、高周波の携帯電話の影響はなく、冷蔵庫などから漏れる低周波の電磁波で体調不良を起こす人はいるわけだ。

    経頭蓋磁気刺激法 画像=Wikipedia

     そしてこの低周波は、脳に影響するのではないかという研究がある。

     経頭蓋磁気刺激(TMS)という頭部に電磁コイルを近づけて脳に過電流を流す、理屈的には太陽フレアと同じ現象を利用した脳の治療法がある。主にうつ病の治療に使われているが、TMSを使うことで脳内の任意の場所に電流を発生させる=特定の部位だけを過活動させることができる。結果、脳と電磁気に関する知見が少しずつ蓄積されてきた。

     これは心/脳統合の電磁場 (EMF) 理論と呼ばれ、電磁波を使って心の正体を解き明かそうという、大げさに言えば心と脳の大統一理論である。

     EMF理論では、脳波=脳から発生する電磁波を解析することで意識の正体がわかるとし、電磁波のパターンや密度で意識を定量化できる、つまり科学の俎上に載せることが可能だと考える。

     マウスやラットでは、ペアとなった2匹の間で脳波の同期や脳のカルシウム量(脳神経の活性度を示す)の増減が同期することがわかり、脳間相関と呼ばれ、研究が進んでいる。動物が言語や身体ではなく、生体の出す電磁波を同期させることで、集団行動を可能にしているのだ。こうした脳間相関は細胞レベル(細胞に脳はないが)でも見られ、隣り合った枯草菌でも活動電位が同期することがわかっている。

    太陽が生物を進化させた?

     外部からの電磁波の影響は? というと、脳には1~3Hzの超低周波の電磁波や非常に弱い磁力が実際に影響を及ぼすらしい。

     0.8ミリテスラの磁場がカタツムリのニューロンの活動電位パターンを変化させる研究や、1~15ミリテスラのパルス磁場が軟体動物脳神経節のニューロンの同期発火を誘発する研究がある。つまり、ごく弱い磁場が神経を強制的にバーストさせ、行動に影響を与えるらしいのだ。低周波による頭痛などの体調不良も、低周波によって脳神経が不自然に活性化したためかもしれない。

     そんな磁気をキャッチするセンサーが、動物には備わっている。タンパク質のクリプトクロムで、脊椎動物の場合は網膜に分布する。極めて敏感に磁気に反応し、地磁気レベルの50マイクロテスラでも反応する。クリプトクロムは植物から昆虫までほぼすべての生物が備えていると考えられており、あらゆる生物は地磁気の変化をキャッチしているらしい。

    イメージ画像:「Adobe Stock」

     このように、太陽フレアの磁気嵐が生物に何らかの影響を及ぼす可能性は高い。クリプトクロムを通じて脳に影響し、生物の集団の行動を変化させるかもしれない。

     とにかく生命と電磁波の関係は、まだわからないことの方が多いのだ。

     もしかしたら、太陽フレアは生物の進化に関わっているかもしれない。

     進化論で不思議なのは、適者生存はわかるとしても、突然変異が起きた生物が新しい種として交配していくことだ。1000頭の群れの中で首の長いキリンが1匹生まれたところで、そのキリンの生存確率は上がるが、次の世代に遺伝するかどうかは賭けだ。出産時に、長い首のせいで死ぬかもしれない。

     遠く離れた場所の首の長いキリン同士が呼び合うような仕組みがあれば、交配は可能だ。もしかしたら太陽フレアにより集団行動が変化し、似た脳のタイプの動物が集団をつくるなら? 確率だけでは納得しがたい突然変異の種としての固定化も、似た種が呼び合うならあり得る。個々の生物の電磁場は弱く、有効な範囲は最大でも数メートルだろう。しかし太陽フレアなら、地域全体にまとめて信号を送ることができる。

     集まれ、と太陽からメッセージが届く。首の長いキリンだけがその声を聞き、集まり、集団をつくる。そして新しい種が始まる。

     太陽フレア、電磁波と生命の関係を考えていくと、そんな夢想も、ひょっとしたら? と思うのだ。

    【参考】
    https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2405844021004680
    https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0092867419305501

    久野友萬(ひさのゆーまん)

    サイエンスライター。1966年生まれ。富山大学理学部卒。企業取材からコラム、科学解説まで、科学をテーマに幅広く扱う。

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