天狗が“卵責め”する謎の儀式! 栃木・鷲宮神社の「強卵式」を目撃/奇祭巡り

文・写真=影市マオ

関連キーワード:
地域:

    鶏肉、卵の食用禁止!全国でもまれな禁忌を伝える栃木県の“奇祭”を体験。その背景には、失われつつある伝統を後世に残すべく取り組んだ、神社の努力とアイディアがあった。

    鶏肉・卵の禁忌が伝わる下野国のお酉様

    「掟(さだめ) 当神社はお酉様につき境内で鶏肉・卵を食すべからず」

     鳥居の前にある妙な看板に、しばらく目を奪われた――。単に「飲食禁止」ではなく、特定の食品を禁じるとは珍しい。

     ここは栃木県南部、栃木市の都賀町家中地区に鎮座する鷲宮(わしのみや)神社。平安時代の大同3年(808)創建と伝わる古社で、主祭神はアメノヒワシ(天日鷲命)。

     日本神話では、アマテラス(天照大神)が天岩戸に隠れた際、アメノウズメ(天鈿女命)の踊りに合わせて、アメノヒワシが弦楽器を奏でたとされる。すると、その弦の先に鷲が止まったため、それを見た神々は、世の中を明るくする吉祥を表す鳥として歓喜。

     そして、演奏する神の名に「鷲」の字を加え、「天日鷲命」と呼ぶようになったという。

     つまり「お酉様」とは、鳥の神たるアメノヒワシのこと。
     同時に、商売繁盛などを司るこの神が祀られる各神社や、その祭礼にして年末の風物詩となっている「酉の市」の通称である。

     家中地区においては、総鎮守の鷲宮神社が下野国の「お酉様」と親しまれ、古くから「咳止めの神様」として信仰を集めてきた。

     社伝によればその昔、鎌倉幕府2代将軍・源頼家が幼少時に百日咳を患った際、心配した母親・二位尼君(北条政子)が鶏肉と卵を断って当社に祈願したところ、たちまち頼家が回復したとされているのだ。
     その快癒の御礼として、正月の初酉の日に使者・佐々木四郎高綱が代参し、神馬と舞を神前に奉納したという。これが由来となり、百日咳を「とりせき」と呼ぶ方言も生まれたといわれる。

     こうした故事に加え、アメノヒワシの神使が鶏とされることから、普段から境内で鶏肉と卵を食べる行為はご法度。もしもこの「禁食の掟」を破ったら、罰が当たるとされているのである。
     そのため、歴代の宮司は鶏肉・卵を一切食べずに暮らしたそうで、現宮司も着任した数年前から精進し続けているとのこと。また、参拝者も正式な祈願方法は、鶏肉・卵を断って行うのが習わしなのだとか。

     1日だけならまだしも、日常的に鶏肉や卵を食べられないのは……想像するだけでとても辛い。

     さて、そんな鷲宮神社だが、実は筆者が参拝したのは初めてではない。数年前に一度、「強卵(ごうらん)式」を観に訪れているのだ。「強卵式」とは、毎年11月23日に例大祭「酉の市」で、無病息災を願って執り行われる神事。

     その内容は、天狗が拝殿に現れ、山盛りの生卵を残さず食べるよう氏子らに強いるが、それを全員が耐えて断固拒否するというもの。こう改めて説明してみると、やはりユーモラスかつ不可解な印象の儀式である。

     そもそも禁食のはずなのに、卵の完食を無理強いされるのは何故なのか? 理由の1つとしては、頼家の快癒伝承とともに、「禁食の掟」を氏子に周知したいという思いがあるようだ。

     それは境内に、鶏と卵にまつわる要素が散見されることからも伺える。
     手水舎で水を吐き出す鶏像。拝殿前の鶏の絵馬とおみくじ。撫でると夢が叶うとされる卵像「夢たまご」。そして、咳止めの加護があるとされ、酉の市の日だけ授与される米粉の供物(団子)「たまご」などだ。

     また日本各地には、人々が飲食を強いられる形の習俗が点在する。なかでも代表的といえるのが、栃木県の日光山輪王寺で行われる「強飯(ごうはん)式」である。

    「強飯式」は、日光修験の流れを汲むもので、山伏らが氏子に高盛飯(山盛りのご飯)を食べるよう責め立てる儀式。「日光責め」とも呼ばれ、行者達が山中の本尊に供えた供物を持ち帰り、里の人々に分かち与えたのが始まりだという。

     日光周辺には、この儀式から派生したと思われる、他の強飯行事も数例見られる。
     一方「強卵式」は、いわばその「強飯式」の卵バージョンに思える。ただし、日光修験とは直接関わりが無いらしく、祭りの流儀もだいぶ異なるのだ。

     ところで、異なるといえば、境内の様子が以前とだいぶ違い、活気に満ちていることに驚いた。神楽と祭囃子の奉納がなされる中、参道に屋台(鶏肉・卵は禁止)や山車が複数建ち並び、大勢の参拝者で賑わっている。

     前回の訪問時はコロナ禍で、例大祭は神事のみ行う縮小開催であった。従って、屋台の出店は一切無く、「掟」の看板も設置されていなかったのだ。
     また、山車はあるにはあったが、頂上に鷲が止まる山車の1台限り。人出も関係者を中心とした少人数で、全体的に落ち着いた雰囲気だった。

     2025年に「強飯式」へ再訪したのは、このような祭り本来の姿を確かめたかったことが大きい。だが何よりの理由は、筆者が天狗の“卵責め”に魅了されてしまったからである。

    氏子が一気飲みで穢れを祓う「御神酒の儀」

     午後1時半、「強卵式」の参加者達が列を成して参道に登場。境外から鳥居を潜り、拝殿に向かってゾロゾロと歩いてきた。

     彼ら総勢約20人の中で特に目を引くのが、祭りの主役にして責め役のサルタヒコ(猿田彦)――すなわち、天狗である。

     白髭が生えた鼻高面と、華やかな神楽衣装に身を包み、片手に鉾を持っている。その威風堂々とした姿は、まさに地主神といった感じであるが、当地では神使としての性格が強いようだ。

     鷲宮神社の菱沼拓己宮司は「神使に天狗を充てているのは、見た目がかっこいいからだと先代宮司がおっしゃっておりました。猿田彦の面と同じですが、性格を分けるため、神楽舞では白髪のかつらを、強卵式では冠をつけております」と教えてくれた。

     余談だが、鷲の一種である狗鷲(いぬわし)は、一説に天狗のモデルともいわれるので、アメノヒワシの使いが天狗という解釈は興味深い。

     天狗の後ろには、神職や巫女らに続き、別の異形の姿も見える。「赤の神」と「青の神」だ。それぞれ長い白髪頭で、白髭が生えた赤と青の面に、暗めの色の神楽衣装を身に着け、片手に錫杖(しゃくじょう)を持っている。

     この2神は「鬼」とも呼ばれ、殿内手前の両隅に立って神事を見守り、参加者に段取りなどを促す。

     そんな神々に付き従うのは、裃姿の老若男女10人。彼らは卵責めの受け役の「頂戴人」だ。基本は氏子で構成されるが、特に厳格な決まりは無く、外国人が加わる時もあるようだ。頂戴人達は、殿内で左右5人ずつに分かれ、向かい合って赤い敷物の上に正座する。

     さて、こうして全員が定位置に着くと、いよいよ「強卵式」が始まった。

     まずは、宮司による浄めの祓いの後、「御神酒の儀」が行われる。頂戴人達が各自、目の前に置かれた一升瓶の日本酒(5合)を飲み干すのである。これもまたお清めであり、本行事における見せ場の1つだ。

     青の神の指示により、頂戴人達は瓶を開栓して待つ。

     すると、呼び太鼓が打ち鳴らされ、天狗が「うおー!」と大声を上げつつ、奥の方から拝殿中央に登場。そして鉾を振るい、神社の由来と自己紹介を述べた上で、「その御神酒を一滴残らず全て飲み干し、各々方の穢れを全て祓うのじゃ!」と叫んだのだった。

     それを受けて頂戴人達は、皆一様に瓶を持ち上げ、ラッパ飲みで酒をゴクゴクと頂戴していく。

     彼らの必死な姿には、周囲の観客も思わず笑い、「がんばれー!」などと声援を飛ばす。この時、天狗は頂戴人達の前を巡回し、飲むペースが遅い者がいると、「ほれ、ぐっといけ!」「まだ残っているぞ」「もっと飲めるだろう」などと責め立てる。

     さらには、「手伝ってやろう」と片膝立ちになり、瓶を持つ頂戴人の手を指先で押し上げ、飲酒を後押し(強要)するのである。もはや生殺与奪の権は、天狗がガッチリ握っているのだ。とりわけ、観客に一番近い下座の頂戴人はいじられ役で、天狗から執拗に責められる。

     筆者はちょうど、いじられ役男性の間近で見物していたため、その迫力を存分に堪能することができた。
     しかしながら、この絵面はまるで恐怖の飲み会である。「強卵式」というより「拷問式」だ……などと思い始めていると、そうした人心を読んだかのように、天狗が「いっておくが、これはパワハラではないぞ!」と叫んだ。

     確かに、彼にもコンプライアンス意識はあるようで、どうしても御神酒が飲み切れない場合は、頂戴人のギブアップを許す。
     そして救済措置として、観客に向かって「誰か飲めないか?」と呼びかけ、名乗り出た者に一升瓶を手渡し、一気飲みを代行させるのだ。これにより、観客が盛り上がるのはいうまでもない。

     このように天狗は、怒鳴り声で威圧的に振舞いながらも、アドリブが多いとぼけた調子で笑いを誘い、人々を儀式の渦中に巻き込んでいくのである。

    天狗が山盛り卵の完食を強いる「強卵の儀」

     さて、空になった一升瓶が全て回収されると、巫女達が本日のメインディッシュである山盛りの卵を運んできた。赤い大皿に盛られ、神前の祭壇に供えられていたもので、各頂戴人の前に1皿ずつ置かれていく。まるで大食い大会が始まりそうだが、ここからは「強卵の儀」となる。

     程なくして天狗は、鉾を振いながら次のように叫んだ。

    「さてさて、各々方の前にあるその卵は、強卵式の卵である。その卵は、天日鷲命からの授かりの卵である。
     そのありがたき卵を1個残さず全て食べるがよい。さあ、食べよ、食べるのじゃ!さあ!」

     卵、卵と連呼して、ついに卵食を強要し始めたのだ。

     ところが、「御神酒の儀」とは打って変わり、頂戴人達は一向に卵を頂戴しない。全員頭を深く下げ、大皿に両手を添えたまま動かないのだ。

     そこで天狗は、先程と同様に1人1人の目の前に迫り、卵を食べるよう命じていく。

    「卵は健康に良いぞ!」「卵は肌に良いぞ!」「物価高だから貴重だぞ!」などと似合わないことをいいながら、 卵をゴリ押しするのである。しかしそれでも、頂戴人達は頑なに卵に手を伸ばさない。

     これには、強面の表情こそ変わりないが、さすがの天狗も戸惑い気味だ。そして業を煮やした彼は、とうとう実力行使に出る。いじられ役男性に再び迫ったかと思うと、大皿の卵を1個摘み上げ、男性の顔に近付けたのである。「食べるのじゃあああ!」と天狗。

     男性は必死に顔を背けて抵抗するが、強引な天狗はその手を止めない。卵は男性の頬を撫でるように移動し、とうとう口元へ到達。たまらず男性は、「無理です…!」と悲痛の声を漏らす。

     が、その所為で開いた彼の口に、卵の一部が入りかけてしまう。今にも一口かじりそうなギリギリの状態だ。
     なんてエッグい……いや、えぐい卵責めであろうか。筆者ならば我慢出来ず、つい食べてしまうかもしれない。けれども、男性は見事この責めに耐え抜き、卵を拒否することに成功。

     天狗は仕方なく身を引き、数分間に渡る独壇場の末、「何故じゃ、何故卵を食べぬのじゃ……?」と疑問を呈した。

     すると、上座にいる頂戴人筆頭の栃木市市長が、次のように答えたのである。

    「お気持ちだけ頂戴いたします。鷲宮神社のいわれに従い、口には決していたしません。
     栃木市の発展と栃木市民の末永き安寧を願い、この卵はご神前へとお供え申し上げます」

     これを聞いた天狗は、拝殿正面で観客に向かって、このように返答した。

    「なるほど!良き心がけじゃ。この鷲宮神社は、鳥を祀る神社である。決してこの境内では鳥・卵を食してはならぬ!」

     そして彼は人差し指を立て、「このことはSNSで発信するのじゃ!」と拡散を希望。
     最後に「いやー、満足じゃ、満足じゃ、ははは!」といいつつ、拝殿の奥へ立ち去ったのである。

     その後、頂戴人達による神前への卵の返上、巫女達による「浦安の舞」の奉納をもって、拝殿内の儀式は終了。しかし祭り自体はまだ続き、しばらく経ってから福撒きが行われた。神楽殿に上がった頂戴人達が、卵を模した白いゴムボールを景気良くばら撒き、それを人々が必死に取り合うのだ。

     このボールを拝殿横の役員に持っていくと、本物の卵(神前で清められたゆで卵)と交換してもらえる。そう、卵食禁忌とは裏腹に、むしろ神社側が卵を配布するのである。

     もちろん、「決して境内で食べないように」と警告されるのだが、これにより人々もまた、卵の禁食を実践することになる訳だ。

     拝殿での儀式の見物だけでなく、行動を促すことで観客を参加者に変え、実体験を通して「禁食の掟」を教示したいのだろう。ちなみに、筆者もその参加者の証たる卵を大事に持ち帰り、天狗の迫力を思い出しながら美味しく頂戴したのであった。

    日本各地に伝わる鶏肉・卵の禁忌

    「食のタブー」は世界の様々な文化圏に存在し、一部の宗教では鶏肉・卵の摂食が、「生命の尊重」や「生命の源」を理由に忌避されている。

     日本国内に絞った場合、“鶏や卵を避ける習俗”は局地的ながら、鷲宮神社の他にも各地で類例が見られる。例えば、滋賀県甲賀市の田村神社、兵庫県神戸市の長田神社、福井県敦賀市の白城神社周辺などだ。

     そもそも鶏は、神社において神使とされる場合が多く、伊勢神宮や石上神宮などでは「神鶏(しんけい)」として大切に飼われている。これは、アマテラス(天照大神)が天岩戸に隠れた際、神々が常世長鳴鳥(とこよのながなきどり)=鶏を鳴かせたという神話に由来しており、この鳥が止まった木が「鳥居」の語源ともいわれる(諸説あり)。

     こうした鶏の神聖視により、特定の神社周辺では、鶏肉や卵を食すことが禁忌とされているのだ。

     また、禁忌の理由は不吉視の場合もある。例えば、島根県松江市の美保関町にある美保神社。
     この神社には、鶏が誤って早く時を告げた所為で、祭神のコトシロヌシ(事代主神、別名・恵比須)が災難に遭ったという神話が伝わることから、鶏と卵を忌む伝統がある。そのため、神社周辺の氏子は昭和の中頃まで、長らく鶏を飼うことや卵を食べることを避けていたという。

     現在も、毎年春の例大祭「青柴垣(あおふしがき)神事」に参加する氏子「当屋(とうや)」は、神事までの1年間、鶏肉や卵を断つ厳しいしきたりを守っているそうだ(氏子の長はさらに長い期間断つとも)。

    日光で行なわれる強飯式(ごうはんしき)を描いた一枚。器に山盛りの飯がすすめられる。飯を強いるから強飯式なのだ。(国立国会図書館デジタルコレクション)

     ところで、松江といえば、名作『怪談』などの著者・小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が暮らした地として知られる。
     最近では、朝ドラ『ばけばけ』に登場するレフカダ・ヘブンのモデルとなった彼だが、1日に何個も食べる程の卵好きだったらしく、「美保神社の神様は鶏嫌い」という伝承にも強い関心を寄せたようだ。

     八雲の著書『知られぬ日本の面影』によると、「船で美保関へ渡る時は災いを避けるため、卵は元より、鶏の羽1本持ち込んではならない」「もし朝食に卵を食べたならば、翌日まで美保関を訪れてはならない」などとさえいわれていたとか。

     また、かつてこんなことがあったそうだ。

     ある時、美保関へ向かう蒸気船が悪天候に見舞われたため、神様の機嫌を損ねた可能性を疑う水夫が船内を調べた。
     すると、ある男性乗客が持つ煙管(きせる)に雄鶏の彫刻を発見。
     その煙管を船外に投げ捨てたところ、それまでの荒波が収まり、無事に美保関へ入港出来たという。

     なお、明治24年(1891)には、八雲が蒸気船に乗って美保関に訪問。彼が何食わぬ顔で、宿泊した旅館の女中に鶏卵があるか尋ねると、「アヒルの卵ならございます」と返答されたのだとか。神聖であるにせよ、不吉であるにせよ――氏神や神使に対する“畏敬の念”が、神域の掟や氏子の食生活に影響を及ぼすのである。

    「強卵式」は21世紀発の現代民俗だった

     そろそろ話を鷲宮神社に戻そう。

     前述の通り、同社やその禁食伝承は非常に由緒あるものだが、「強卵式」に関しては、実は2001年に出来た新しい儀式らしい。奈良時代に起源を持つ「強飯式」と同様、幾星霜の歴史を刻む伝統行事かと思いきや、意外にも21世紀生まれなのだ。

     もっとも、かつて日本における卵は薬扱いの貴重な高級品で、江戸時代頃まで庶民が食べる習慣は殆ど無かったそうだ。戦後の経済成長や技術革新により低価格化が進み、栄養満点の食品として一般家庭の食卓に定着したといわれる。 従って、そんな卵を多用する「強卵式」が、比較的最近の創設というのも頷ける。

     また、もともとこの儀式が創設されたのは、先代宮司が父親(先々代宮司)の他界に際し、「父の供養に祭りを賑やかにやりたい」と思ったことがきっかけだという。加えて、当時は鶏肉・卵の禁食が廃れていて、憂慮される状況だったことも関係がある。というのも、いつしか例大祭では、境内で焼き鳥や唐揚げの屋台が出るようになっていたのだ。

     そこで、先代宮司は氏子らと相談し、県内で有名な「強飯式」を下敷きとした「強卵式」を企画。地域住民が楽しみながら「禁食の掟」を理解出来るよう、様々な試行錯誤を重ね、現在の式次第に至ったとのことである。

     そういえば、拝殿の横にドラえもんの山車が設置されていたが、これも「子供が興味を持てるように」という配慮によるものらしい。筆者にはこの山車が何だか神々しく、少し不思議な現代民俗を象徴するモニュメントのようにも思え、一応大人なのに興味津々であった。

     数年前からは、先代の遺志を継ぐ菱沼拓己宮司が中心となり、鶏肉・卵の禁食を守り伝えているようだ。
    「強卵式」が近い時期などには、鷲宮神社の公式X(旧ツイッター)で「掟」の看板の写真が投稿され、その度に大きな反響を呼んでいる。

     新旧の要素が混ざり合い、逆説的な痛飲大食で「禁食」を知らしめる「強卵式」――。儀式の根底には、「生き物(鳥)の命の尊さを伝えたい」という願いも込められているのだろう。平成時代からの伝統行事として、末永く続いていくことを祈りたい。

    影市マオ

    B級冒険オカルトサイト「超魔界帝国の逆襲」管理人。別名・大魔王。超常現象や心霊・珍スポット、奇祭などを現場リサーチしている。

    関連記事

    おすすめ記事