化けて出たのが悪いのか? 福島県の「化け猫・カシャ猫」悲話/妖怪補遺々々

文・絵=黒史郎

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    今年も2月22日、猫の日がやってきます! それにちなんで、今年も猫にまつわる怪異譚が補遺々々されました! ちょっと腑に落ちない、可哀想な化け猫のお話です。ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」だ!

    こわい? かわいい? かわいそう?

     今年もやってきました——2月22日。「にゃんにゃんにゃん」で「猫の日」です。
     妖怪補遺々々では、これまで猫にまつわる怪しい俗信をいくつもご紹介してきました。
     長く生きて化け物になった猫、葬式に現れて死体を奪い去る猫、死体を飛び越えて即席ゾンビを生み出す猫——猫に関連する無気味な俗信は世界中にあります。
     また、7代祟るとか、9つの命があるとか、執念深い魔性の生き物というイメージもあります。猫は可愛いだけではなく、怖い一面も多く語られている生き物なのです。
     ですが、今回は怖い猫の話ではなく、なんだかちょっと切なくなってしまう、「可哀想な化け猫」をご紹介します。

    ある温泉地の化け猫譚

     福島県喜多方市熱塩加納町。
     ここには皮膚の病に効くという日中温泉があります。昔、日中の村は毎年、流木を伐り出すことを生業としていました。あらかじめ山の下に留木を打っておき、山の上から伐り落とした木をこれで抑え、ある程度の量が溜まったら留木を抜いて一斉に谷川に落とす、という方法です。

     ある年、太郎という村の若者がこの作業中、不幸な事故に見舞われました。
     留木を抜いた際に逃げ遅れ、崩れ落ちる木々の下敷きになって全身が粉々になって死んでしまったのです。
     すでに妻を亡くし、息子の太郎とふたりで暮らしていた父親は、たいそう嘆き悲しみました。
     野辺送りを終え、初七日も過ぎ、それまで家に寝泊まりしていた親族も帰り——。
     いよいよ、静かな夜をひとりで過ごすこととなります。
     眠れぬ日々が続いていた、ある日の夜半のことでした。
     布団の中で覚醒したまま時間を費やしていると、家の戸を押し開ける音がしました。
     そして、こんな声が聞こえてきたのです。
    「この木を焚いてください」
     それは、亡き息子・太郎の声でした。
     すると今度はガラガラと木を下ろす音が聞こえてきます。
     訝しく思った父親は起き上がろうとしますが、やめました。
     ——このところずっと眠れていなかったので、心身の疲れが限界に来ているのかもしれない。きっと、気づかずに眠っていて、夢でも見たのだろう。
     父親は、布団にもぐって目を閉じました。
     翌朝、見てみると戸も開いていませんし、木も置かれていません。
     やはり夢だったのです。

     ところが、その日の晩もまた、太郎が来ました。
     死んだ息子の声と木を下ろす音が聞こえたのです。
     これは夢ではない。父親はそう確信します。
     ——まさか、太郎の幽霊……。
     いや、これはおそらく、狐狸の類に違いない。
     ならば、わざわざ起きるのは無駄だと、声を無視して寝てしまいました。
     その翌日の夜。
     また、太郎の声と木を下ろすガラガラという音が聞こえてきました。
     父親は思いました。
     これで3度目だ。今夜はきっと、自分が寝ている所まで来るに違いない、と。
     父親の予想どおり、太郎の声を出す何者かは、家の中に歩いて入ってきます。
     そして、寝床に掛かっている暖簾の隙間から、父親を覗いてきました。
     父親は頭を上げ、正体を見てやろうと目を向けました。
     それは、死んだ息子、太郎でした。
     髪を振り乱した、青ざめた顔。白い帷子を着て、額に三角の紙をあてています。
     その眼光の鋭さに、わが子ながら、父親は身の毛がよだちました。
     ——いや、違う。
     そこにいるのは太郎の姿をしていますが、これは息子などではない。
     その正体に心当たりのあった父親は、言葉を和らげて、こう声をかけました。
    「次郎、帰ったのか。お前が家を出た後、太郎が死んでしまって、俺はひとりになってしまって、語り合う者もいない。お前だけでもいてくれたらと恋しく思っていたところだ。犬にも襲われず、よく無事に帰ってきてくれたな」
     そういって、布団の懐を開けて招きます。
    「さあ、早くここに入って寝ろ」
     すると太郎の姿をしたものは、たちまち大きな猫の姿になりました。
     ニアー、ニアーと優しい声で鳴きながら、父親の布団に入ってきます。
    「太郎もいなくなって、俺とお前だけになってしまった。もうよそへは行かず、この家のネズミを捕れよ」
     そういいながら撫でてやると、大きな猫は心地よさげに喉をゴロゴロと鳴らし、脚を伸ばして眠ってしまいました。
     父親はすかさず、自分のつけている「木綿のふんどし」をはずし、それで猫の脚を括って、その端を枕元の柱に結びます。
     そして、マサカリを持ってくると、大声でいいました。
    「飼われた恩も忘れ、太郎に化けて俺を化かそうとしやがって! 打ち殺してやる!」
     猫は暴れて父親に襲い掛かろうとしますが、脚を括り付けられて動くことができず、父親によって木っ端微塵になるほどマサカリで打たれ、殺されてしまいました。

     化け猫の次郎は、なぜ死んだ息子の姿になって現れたのでしょう。
     恐ろしい計画があったのかもしれませんが、息子を失って消沈している父親を慰めようとしていた……そんなふうにも見てとれるのは私だけでしょうか。
     家を離れて化け猫になった次郎は、かつての飼い主に優しい言葉をかけられ、つい変身を解いてしまい、以前のように甘えながら布団に入ってゴロゴロと喉を鳴らして気持ちよさそうに眠ってしまいます。
     きっと次郎も孤独だったのです。化け物になったからといって、何も殺すことはなかったのでは……
     なんともいえない気持ちにさせられるお話です。

    なぜカシャになったのか

     福島県大沼郡昭和村小野川大岐。
     この地に住んでいた、あるお爺さんとお婆さんのお話です。
     ふたりには子がいなかったので、1匹の猫を飼っていました。
     この猫、かなり歳を経ておりましたがとても元気で、時々、山へ行ってはウサギや山鳥をくわえて帰ってきます。この手土産に老夫婦は、とても喜んでいました。
     ある年のお盆の時期のことです。
     小野川本村で芝居があるというので、大岐の人たちはみんな観に行きました。
     猫を飼っていた家のお爺さんも、早朝から泊まりがけで観に行きました。でも、お婆さんは体が弱いので行くことができず、留守番をしていました。
     夕食を早くに済ませて床に入りますが、なかなか寝つけません。だから、飼い猫の頭を撫でながら、話しかけるように独り言をいっていました。
    「じいさんは、どんな芝居を観たんだろな。オラも観たいのになあ……」
     これを聞いて、猫はむくりと起き、隣の部屋に行ってしまいます。
     すると突然、隣の部屋が明るくなりました。
     そして、三番叟(さんばそう…歌舞伎の舞踏のひとつ)が始まり、「葛の葉子別れ」をはじめとした色々な芝居を明け方まで見せてくれました。
     すべての芝居が終わってから、猫はこういいました。
    「婆さんがあまり寂しそうだから芝居をしたが、爺さんにはいわないように」

     次の日の夜。
     お爺さんは帰宅すると、小野川で観た芝居のことをお婆さんに話しました。
     その流れで、お婆さんは口止めされていたのにもかかわらず、つい昨夜のことを話してしまいます。
     お爺さんはたいそう驚き、そんな猫を飼っておくと、この先、何が起こるかわからない、末恐ろしいことだといって、翌日、猫をカゴに入れ、自宅近くの川に流してしまいました。
     しかし不思議なことに、猫の入ったカゴは川下へ流れていかず、ニャーゴニャーゴと鳴き声を漏らしながら、川上へ上っていきます。
     そして、猫は切り立った岩山に登って、下中津川の東北にある志津倉山に棲むようになります。ここは三島町間方、柳津町琵琶首の三町村にまたがる標高1209メートルの山で、通称・間方オーべエ。猫が登った岩山は【猫なき岩】と呼ばれました。
     猫はその後、この山で【カシャ猫】になったといいます。これは、1000年を生きた猫が化ける怪獣で、天候が変わる時に無気味な声で吠えるとか、人を食らうとか、いわれています。また、葬式の時に死人を攫うとされているため、葬式は【カシャ猫】に知られぬように夜中にやり、鐘や太鼓は使わないようにしていたそうです。

     猫が何か悪いことをしたでしょうか。いいえ、まったくしていません
     置いてきぼりにされて寂しいお婆さんを、ただ楽しませようとしただけです……。
     そりゃ、ぐれて【カシャ猫】にもなりますよ。
     

    黒史郎

    作家、怪異蒐集家。1974年、神奈川県生まれ。2007年「夜は一緒に散歩 しよ」で第1回「幽」怪談文学賞長編部門大賞を受賞してデビュー。実話怪談、怪奇文学などの著書多数。

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