知られざる歴史改変SF発見! 「地球大皇帝・豊臣秀吉」に託した明治日本の“夢物語”

文=鹿角崇彦

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    豊臣秀吉が世界を統一? 130年も前に書かれた「歴史改変SF」からみえる、時代の空気と秀吉イメージの変遷とは?

    豊臣秀吉が地球を統一!

     1月からスタートした今年のNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」。サルと呼ばれ、軽んじられ厄介者扱いされながらも常人離れしたキャラクターで天下人への道を拓いていく秀吉と、そんな秀吉をどこか恐れつつ最も近くで支える理解者となる弟・秀長の出世物語が一年をかけて描かれていくようだ。
     SNSなどを見ると放送後の反応はおおむね好評。やはり大河ドラマの大本命といえば元亀天正の時代、そしてよくも悪くも秀吉は日本人の心をひきつける稀代の人物、ということだろうか。

     そんな秀吉を扱った作品はドラマでも小説でも膨大に存在するが、なかでもとりわけ奇想天外な作品に、『仮年偉業 豊臣再興記』という物語がある。

     それは、秀吉が日本を統一したあと「唐入り」を成功させて明を平定、さらにアジア、ヨーロッパを、ついには五大陸すべてを従えて「地球大皇帝」に即位するというぶっ飛んだ設定のSF小説だ。しかもこれが世に出されたのは、明治20年。なんと今から130年も前の作品なのだ!

     SFには「歴史改変モノ」という一大ジャンルがあるが、明治20年の『豊臣再興記』は、時代的にも内容としても日本歴史改変SFのはしりといって過言でないかもしれない。秀吉はどう世界を統一するのか、そして「地球大皇帝」即位後にはどうなってしまうのか……。そのあまりにぶっ飛んだ内容を、以下ご紹介してみたい。

    『豊臣再興記』の扉絵。「地球大皇帝豊臣秀吉」の姿が描かれている!

    秀吉自ら「唐入り」をする世界線

     物語は、いわゆる「第一次朝鮮出兵」、文禄の役の軍議評定からはじまる。

    「唐を征服する」との秀吉の野望に端を発してはじめられた朝鮮半島への出陣。当初は破竹の勢いで進撃した秀吉軍だったが、やがて明国からの増援などもあり戦線は膠着。そこで秀吉は自らが海を渡って陣頭指揮をとる、といいはじめる。
     止める諸将と、いくと言い張る秀吉。軍議が揉めたところで、一人の男が進み出てこんな進言をする。

    ーー殿下はぜひ自ら出陣してアジア大陸まで押し進むべきです。大陸の国々を統一すれば、仮に裏切り者がでて留守にした日本をとられてしまっても、奪い返すのなど簡単なことですーー。

     この言葉に力を得て、秀吉は自ら大陸に渡ることを決断。国内のまつりごとは徳川家康に任せ、前田利家と蒲生氏郷に各5万、自らは15万もの大群を率い、その他総勢30万という大軍団を組織して名護屋城を出発するのだ。

     物語はここで早くも史実と分岐し、秀吉が唐入りする「イフの世界線」に突入していくわけである。

    軍議の場面。真田幸村(六文銭)や前田利家(梅鉢)らしき武将たちがみえる(筆者蔵『豊臣再興記』より。以下同)。

     この進言をした男、名前を杉山地球守蓋世(がいせい)という。もちろん架空の人物……というか、なんとこの物語の作者なのだ。

     作中に作者が登場する演出は江戸時代の戯作でもよくみられる手法なのだが、自らが軍議に加わって歴史をオルタナティブな方向に導いてしまうとは。最近は現代の知識をもったまま過去に転生する、あるいはゲームの筋書きを知ったうえで登場人物に転生するチート無双系の作品が世にあふれているが、杉山はそんなジャンルの大先輩といえるかもしれない。

     この先、杉山蓋世は正副の軍師となった真田幸村・昌幸の親子とともに秀吉の顧問として出陣につきしたがうことになる。
     一方、秀吉出陣の情報を得た大陸では、秀吉は釜山に上陸し遼東半島を経由して明国に向かうだろうと見て朝鮮半島に100万の増援を派兵する。いっぽう朝鮮水軍の名将李舜臣(りしゅんしん)は、秀吉は黄海から渤海に進んで直接北京を目指すのではないかとにらみ、そのルートに火攻めの罠をしかける。

     李舜臣の読み通り、秀吉たちは黄海ルートを選択していた。危うし秀吉軍!
     ところがここで突然の暴風雨がおこり、李舜臣が仕掛けた火攻めの罠は壊滅。秀吉たちは辛くも天津口に到達し、あっという間に渤海関(山海関)と天津を落としてしまう。

     まるで日清・日露戦争を彷彿とさせるような軍略にも思えるが、この小説がかかれたのは明治20年。日清戦争の7年前、日露戦争からは17年も前のことだ。ともすれば現実を先取りしてしまうような内容も、SF小説的「あるある」といったところだろうか。

    「征明」「征韓」の先鋒をつとめる諸将。

    秀吉軍vs明軍の北京攻城戦

     物語はここから北京陥落戦に突入し、難攻不落の北京城に籠城する明国の将軍鄭芝龍(ていしりゅう)と、天才軍師真田幸村の軍略合戦が描かれる。

     鄭芝龍が秀吉軍陣地の地下に地雷火を埋めて爆破させようとすれば、幸村はそれを見破って逆に明軍を撃破。鄭芝龍が籠城戦に持ち込めば幸村は鳥の足に火薬を結びつけて城内の火薬庫に落下させる「空爆」を決行するなど、一進一退の攻防が続く。
     さらにここに、万里の長城の北から様子見していた韃靼(だったん)の奴児哈、すなわち史実では清朝の始祖となる女真族のヌルハチまでが、明軍vs秀吉軍の漁夫の利を狙って参戦してくる。
     さすがの秀吉も顔色を変えるなか、幸村は「攻めに行く手間がはぶけた」と余裕の表情。韃靼軍と、加藤清正、宇喜多秀家らの猛将率いる15万が大合戦を繰り広げた結果韃靼軍は敗れ、ヌルハチは盛京(奉天、瀋陽)まで敗走していく。

    北京城を攻める真田幸村。鳥の足に火攻めの奇策が。

     その頃、日本からは黒田如水や最上善光らが率いる20万の軍勢が、なんと揚子江に上陸し、南方から北京に向かおうとする明の増援部隊を足止め。こうして明vs日本総力戦の様相を呈した戦は最終局面をむかえ、強固な北京城もついに陥落となる。
     船での脱出を図った明の万暦帝も真田の知略によって発見され、ついに大明国もここに終焉を迎えるのである。

     戦後処理として、秀吉は加藤清正を高麗王に、小西行長を新羅王に、黒田如水は江蘇王に、前田利家には広東省を……と戦果を挙げた武将たちを各地の王に封じていく。そして秀吉自身は北京を居城とし、山東、陝西、河南など7つの省を直轄すると宣言する。

     その一方で、服従した朝鮮の王は百済王に、明の万暦帝は浙江省福建省をおさめる呉越王に、と、処刑することなく「寛大な降格処分」にとどめる。現代的な視点からすれば思うことも多いが、このあたり作者の求める歴史観、あるいは秀吉観が見え隠れするところだろうか。

     明国平定が本作のひとつのクライマックスで、作者はここまでで全体の半分以上のボリュームを割いているのだが、物語はまだまだ続く。

     明国平定の翌年、秀吉は日本軍80万、旧明軍170万、朝鮮軍20万、琉球軍1万、さらに安南(ベトナム)から駆けつけた援軍30万を従えて韃靼との決戦に出陣する。
     ここでも幸村の軍略が炸裂し、決戦ののちついに韃靼王ヌルハチも降伏。敗軍の将を丁重にもてなす幸村に感服し、ふしぎなリスペクトさえ生まれるというなんとも不思議な「ハッピーエンド」的終戦となる。

    万暦帝と対面する真田昌幸。

    突然の攻守逆転! 秀吉を取り囲む中華レジェンド武将

     さて、明国を平定し紫禁城を自らの城とした秀吉は、たまった疲れに勝てずうとうとと眠りに落ちるのだが、周囲の騒がしさに目を覚ます。気がつけば、紫禁城がとんでもない大軍勢に取り囲まれていたのだ。見えるのは悪鬼羅刹のような漢たちばかりで、「明朝の衰亡に乗じて我が国を併呑しようとは憎らしい限りだ」と口々に秀吉に悪態をついている。
     そこにいたのは「我が国侮るべからず」と押し寄せた、中国古今の武将たちだったのだ! 秦の始皇帝を筆頭に、項羽に劉邦、劉備、孫権、曹操……と居並ぶ将兵その数1000万。さすがに秀吉もこれにはなす術がない。
     攻める側から一転籠城側になった秀吉軍はさまざまな策を繰り出しどうにか持ち堪えようとするが、なにしろ相手には太公望もいるし諸葛孔明もありという状況で、どんな戦法も簡単に見抜かれてしまう。
     始皇帝、樊噲、呂布、関羽、張飛、趙雲、馬超に岳飛……と超レジェンド級の武将たちが一斉に紫禁城に雪崩れ込み、もはや秀吉絶対絶命!

     ……と、ここで突如、南東の空から紫禁城目掛けて一筋の雲が飛び込んでくる。そこからみっつの人影が舞い降りたかと思うと、彼らはレジェンド武将たちの間に分け入り縦横無尽に撃破しはじめるではないか。

     秀吉の顧問・杉山蓋世が口をひらく。

    「私が作者に依頼していた援軍が、ようやく到着いたしました」

     絶体絶命の秀吉軍の加勢に訪れたのは、レジェンド武将を超える超レジェンドヒーロー、斉天大聖・孫悟空だったのだ!

     悟空曰く、猿に生まれた俺は今やその身を脱して半猿半人の体だが、秀吉という男は猿顔に人の体だという。この世に半猿半人なんて俺と秀吉のふたりのみ、無二の兄弟のようなものだから助けないわけにいかない。沙悟浄、猪八戒を引き連れて筋斗雲にのって駆けつけたのだ。

    秀吉の加勢に駆けつけたのは、おなじ「半猿」仲間の孫悟空だった!

     秀吉は喜びのあまりたまらずに大声をあげてしまうのだが、その瞬間、自分の声に驚きはっと目を覚ます。……なんと、中華オールスターズとの戦いは、すべて秀吉がうたた寝の間にみた夢だったのだ。

     さっきまで歴史改変SFだったのに、唐突に挟まれるおとぎ話のような展開。杉山蓋世が作者に(つまり自分で自分に)援軍を依頼していたというメタネタや、秀吉=サルつながりで孫悟空登場という落語のような連想、しかも夢オチ。この物語、どう読めばいいんだろう……とこちらの度量が試されるような場面をはさみつつ、物語はまだ続いていく。

    秀吉、とうとう「地球大皇帝」に即位

     何事もなかったように夢編を終え、秀吉は朝鮮、明国を平定して琉球、安南、さらに満州、蒙古、韃靼までを配下に加えると、ヒマラヤ山脈を乗り越えて印度を征服。一気に斯波(ペルシア)、土耳古(トルコ)も落とし、いよいよアジア統一軍を組織してヨーロッパに軍を進める。

     アジア統一軍の総勢は1000万人。これを三軍にわけてひとつはコーカサスをこえてロシアから北欧諸国へ、ひとつは黒海からオーストリアに上陸し欧州を縦断してイギリスまで進軍、のこり一軍はトルコから南欧を席巻するという壮大な作戦が描かれる。
     黒海の戦闘では、李舜臣が用意していた改良亀甲船の威力で難なくヨーロッパ連合軍の防御を突破。その他の地域でも終始アジア連合軍が圧倒し、あっという間に欧州全土が秀吉に降伏する。
     さらにここからアフリカに上陸した秀吉は、エジプトで戦場を見渡せるピラミッドの上に本陣をおき、たった一戦で北アフリカ軍に勝利する。そしてピラミッドの壮大さに感銘をうけた秀吉は、300万人の人夫と3年の歳月をかけ、ピラミッドをはるかに凌駕する全高100丈≒300メートルという超巨大秀吉銅像を建立するのである。

     アジア、アフリカ、ヨーロッパを望むコンスタンチノープルに建てられた300メートルの秀吉像は黄金の冠をかぶり、白銀の目で三大陸に睨みをきかせることになる。

     その後加藤清正がオーストラリアに出征してこれを下し、南北アメリカは宗主国が陥落したので自動的に属領に。ここについに、秀吉は全世界を平定する「地球大皇帝」に即位したのである。

    全高300メートルの巨大秀吉像。足元の人が豆粒のよう。

    世界統一後も続く戦。秀吉の次の目標は……?

     もういいでしょう、さすがにこれで完結……とならないのがこの物語のすごいところかもしれない。

     地上を制覇した秀吉は、さらに地下世界まで統一しようと地獄に進軍していくのだ。どうやって? すでに領地となったインドに出向き、霊鷲山南の尸陀林(インドの有名な死体埋葬所)に巨大な穴を掘って地獄に突撃するのだ!

     地獄ではもとの主人である織田信長らとの感動の対面も果たしながら、閻魔大王率いる地獄軍との全面戦争がはじまる。どうやって地獄の鬼たちと戦うのかといえば、簡単な話。地獄には、すでに亡者となった歴戦の猛者たちが山のようにいるからだ。

     秀吉はいにしえの名将たちに武器を与えて亡者軍を組織する。亡者軍を率いる大将には、坂上田村麻呂(軍勢83万亡者)、源頼光と四天王(57万)、源頼政ほか源氏一族(43万)、源義経(54万)らが着任。さらに平清盛を筆頭に平家一門が勢揃いして、83万の亡者水軍を統率する。

     この世から引き連れた世界統一軍団に、あの世のレジェンド武将大軍団が加わり、いざ閻魔軍との最終決戦に突入。もはやハルマゲドン、ラグナロク級のスケール感。

     閻魔王家に仕える重臣級の鬼たちも弁慶との力比べに負けて頭を叩き割られるありさまで、閻魔王本人も矢傷を負い城を落ち延びる。閻魔一族が剣の山に逃げ込めば、日本中の鋳物師の亡者たちが剣を鋳溶かして対応。とうとう閻魔王は秀吉の前に召し出されてしまう。

     地球大皇帝はついに地獄界まで軍門に下し、まさに全世界王者の座に王手をかけるのだ。

    地獄の鬼たちと亡者軍団の攻防。弁慶は鬼より強い。

     ……と、まさにそのとき、釈迦如来、阿弥陀如来の使いである観音菩薩らが天空から降臨。秀吉よ、そなたの命日はちょうど今日この日であったのだ、これも因縁と知るべし、と語りかけると、続けざまに「南無阿弥陀仏」の名号を唱える。

     すると秀吉はそのまま、なんの抵抗もなく、あっという間に、眠るように死んでしまうのだ。

     究極の皇帝位を目の前に、読者の心も追いつかないスピードでまさかまさかの突然死。そんな突然の秀吉の死に、文字通り地獄の底まで付き従ってきた数千万の大軍勢は一斉に泣き叫ぶ。

     そのあまりの声量に驚いて、ひとりの男がハッと目を覚ます。それは、この物語の作者・杉山蓋世だった。ああ、全ては私の夢だったのだなあーーと、これで物語は締めくくられている。

     朝鮮、明国からはじまり、世界を股にかけた壮大な秀吉地球平定物語は、まさかの夢オチで終了するのである。明治の小説、あまりに自由すぎる……!

    時代の空気を反映する、歴史改変SFの世界

     130年前の歴史改変モノ。講談や黄表紙の空気もたっぷりと含みながら、そこには明治20年日本という時代の、明るくて大風呂敷な空気感が充満しているようにも感じられる。また日清戦争の7年前の段階でその後の大日本帝国の進路を暗示するかのような作品が生まれていた事実には、奇妙な感情を覚えさせられはしないだろうか。倒した敵がすぐ仲間になる展開には少年マンガを読むようなワクワクもあるが、やはり現代の価値観からは保留なく「おもしろい」とばかりいえない面もあるだろう。

     また、当然ながら明治時代は江戸幕府の終焉とともにはじまっている。
     江戸幕府の終焉は、徳川家康神格化の終焉でもある。それまで神君として崇められ、全国の東照宮に祀られていた家康の特権性は失われ、その家康と入れ替わるように脚光を浴びるようになったのが秀吉だった。『豊臣再興記』は、そんな明治という時代を象徴するような物語なのだとも感じられる。

     いっぽうで、秀吉という人物への視線については、現在との大きな違いも感じざるをえない。1996年に放映された大河ドラマ「秀吉」の時代には、秀吉は主演の竹中直人のキャラクターともあいまって、底抜けに明るい成功者というイメージがあった。しかし近年の大河ドラマに登場する秀吉は、冷酷、残忍、二重人格、サイコパスというネガティブなキャラクター造形に描かれることがほとんど。

     学術的な研究成果の反映があるのかもしれないが、そこにはやはり、秀吉という人物に向けられる世の中のイメージの変化が大きいのだろう。今太閤という言葉も聞かなくなって久しい昨今、「地球大皇帝豊臣秀吉」は令和時代の読者の目にどのように映るだろうか。

    秀吉のイメージは今後どう変遷していくのだろう?(画像=国立国会図書館デジタルコレクション)

    鹿角崇彦

    古文献リサーチ系ライター。天皇陵からローカルな皇族伝説、天皇が登場するマンガ作品まで天皇にまつわることを全方位的に探求する「ミサンザイ」代表。

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