人類滅亡の未来を示唆!? マウス実験「UNIVERSE25」(ユニバース25)の想像を超えた結末

文=久野友萬

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    80億人を突破した人類だが、実は長い目で見れば人口は減少していく運命にあるという。それはなぜか? 人類の未来を示唆したネズミ実験「UNIVERSE 25」の想像を超えた結末とは?

    人類は子どもが生まれずに滅んでいく

     2022年11月15日、人類は80億人を突破した。80億人と聞いてもピンとこないが、ごはん1杯のお米は3250粒なので、ごはん粒なら246万杯……余計にわかりません。とにかく多いことはわかる。1950年に約25億人だったそうなので、70年間で3倍である。

    Day of 8 billion | United Nations

     ところが人口が増えているのはインドやアフリカばかりで、少子化を嘆く日本や韓国はもとより、欧米も移民を除くと少子化は日本どころではなく、2021年の中国の出生率は日本の1.34を下回る1.16! 合計特殊出生率2.0を下回ると人口は減り始めるから、先進国を中心として繁栄している国は人口が減少していく。

     もし少子化が文明の発達に伴う普遍的な法則なら、遠からずインドもアフリカも少子化が進み、人類は人口が激減して文明が維持できなくなるのではないか。実はインドも特殊出産率は決して高くなく、2021年度は2.03(国連統計準拠)であり、いつ人口減少が始まってもおかしくないのである。

     2020年7月、米ワシントン大学は2064年に97億人をピークに世界人口は減少すると予測していた。世界の人口が減るのは、どうやら人類の宿命らしい。

     かつてない繁栄の中に私たちはいる。人類史上、これほど医療技術が進み、食料が溢れ、娯楽が絶えなかった時代などない。電気もガスもあり、穀物の品種改良と化学肥料は飢饉をこの世界から撲滅しようとしている。

     では、なぜ人口が減るのか。この世界のどこに人口が減る理由があるというのか。

     1968年~1972年にかけてアメリカの動物行動学者ジョン B. カルフーンは『UNIVERSE 25』というネズミを使った実験を行った。都市計画のシミュレーションとして、繁殖に必要な十分なスペースと無限の食糧を与えられたら、ネズミはどのような社会を作り出すのか?

    ネズミを使って行われたユートピア実験の結末は……!?
    Yoichi R Okamoto, White House photographer (public domain, via Wikimedia Commons).

     このとてもシンプルな実験に選ばれたのは、4組のネズミである。2.7x 2.7メートルのスペースに256個の巣箱が用意され、垂直に伸びた16本のトンネルと4本の水平のトンネルで自由に出入りできるように設計された。水も食料もふんだんに切れ目なく与えられ、ネズミにとって必要なものはすべて用意されたユートピアが作られたのだ。

     それぞれの巣箱には最大15匹が生活できるため、全体では3840匹のネズミが生活できた。カルフーンは最大個数までネズミが増えたらどうなるのかを興味深く観察し始めた。

     そして実験は衝撃的な結末を迎えることになる。

    地獄と化したユートピア

     ネズミの繁殖による都市生活のシミュレーション実験『UNIVERSE 25』は、8匹のネズミから始まった。

     実はカルフーンは『UNIVERSE 25』に至るまで、UNIVERSE 1~24の実験を行っている。それまでの実験ではネズミの数が200を超えることはなかった。ネズミは12匹ごとの集団を作り、その中で増減しながら、全体の個体数はほぼ横ばいになる傾向を見せた。

     施設の都合上、繁殖スペースが大きくとることができず、それが個体数を抑制したと考えたカルフールは、これまでよりもはるかに大きく立体的で複雑な巣を作り、『UNIVERSE 25』と名付けた。この『UNIVERSE 25』ならスペースの制限がほぼないため、理論値近くまでネズミは繁殖するとカルフールは考えたのだ。

     実験施設に入れたネズミは、新しい環境に慣れて縄張りを作り、巣作りを始め、104日後から出産を開始した。ここまでの期間をフェーズAと呼ぶ。

     個体数は順調に増え続けた。315日目、個体数が620匹まで増えた。この期間をフェーズBとする。

     そしてフェーズCが始まった。

     すると、それまで自由に巣箱やえさ場を選んでいたネズミたちは、なぜか一か所に集まり始め、決まった巣箱で固まって生活するようになった。そして15匹しか入らない巣箱に、なぜか111匹がぎゅうぎゅうに詰まって暮らすという不自然なことが起き始めた。餌場も何カ所もあるのに、なぜか同じ時刻に、同じ餌場で、奪い合うように一斉にエサを食べるようになった。

     ネズミにはテリトリーがあり、このような密集状態を避け、コミュニケーションをとりながら規律ある行動をするのが普通だ。だが、ネズミたちが2つに分かれた。集団として行動する3分の1のネズミと、テリトリーを持たず、他のネズミとコミュニケーションをとらずに繁殖もせず無気力に過ごす3分の2のネズミである。

     彼らはネズミの社会ルールである決まった巣箱を持たず、床で寝るという奇妙な行動をした。ニートネズミの誕生である。

     ニートネズミはメスに相手にされず、集団行動をするオスに攻撃された。集団行動をするオスはエサを独占、エサを食べにくるニートネズミやメスを攻撃した。

     カルフールは攻撃的になったオスたちをアルファオスと名付けた。彼らは凶暴で貪欲、見境なく他のネズミを犯そうとした。

     メスたちは出産してもオスが守ってくれないため、自分たちも攻撃的になっていく。そして子どもを守るどころか、子どもを攻撃して早期に巣から追い出し始めた。巣を追い出された子どものネズミは、アルファオスの攻撃から身を守るため、ニートネズミになるしかなかった。

     そしてフェーズDは、この育児放棄されたネズミたちが親になった世界だ。社会性を学ばなかったネズミたちは、テリトリーも交配も子育ても行わず、ただ食べて毛づくろいをするだけの生活に入った。

    History of population of mice in a closed Utopian universe. via Wikimedia Commons.

     発情しても、オスがメスに求愛し、メスが巣箱に招き入れるという求愛ルールがわからず、オスはメスの後をストーカーのようについて回り、未成熟のメスやオス同士で番おうとし始めた。乳児死亡率は急上昇し、90%に達する。

     すべてのネズミがニートネズミになった時、カルフールは彼らを『美しい人たち』と呼んだ。暴力も争いもセックスもなく、ただ静かに彼らは生きていた。

     560日後、出産が停止する。最大2200匹まで増えたネズミたちは猛スピードで減り始め、920日後、最後のオスが死んで『UNIVERSE 25』のネズミたちは全滅した。

    人類は『UNIVERSE 25』を乗り越えられるのか?

     もし、この『UNIVERSE 25』が人間にも当てはまるのなら、現在の人口減少は生物としての必然ということになる。

     どれほどの空きスペースがあり、どれほどのエサがあっても、個体数があるラインを越えたネズミたちは、わざわざ過密する場所を選び、集団行動を好んだ。その結果、エサを独占する強者とはじき出された弱者が生まれ、階級化が進んだ。弱者は社会性を失い、強者はより暴力的になって子どもさえも殺すようになった。

     他にエサがあっても、弱者は強者の独占するエサを欲しがり、他に巣箱があっても強者と一緒にいようとしたのだ。

     生き残った子どもネズミたちは成長しても社会性がまったくなく、ただ食べて寝て死んだ……。ネズミたちと同じことが、世界中で起きているような気がするのは思い違いだろうか?

     衣食住が満たされると生物は退廃し、生きる気力を失う。草食系男子をネタにしているうちはまだ良かったが、彼らが親の世代になった今、本当の崩壊が近づいているのではないか。

    ユートピアを超えたユートピアへ

    『UNIVERSE 25』を超えるにはどうすればいいのか? 方法は2つあるだろう。

     ひとつは都市を捨てることだ。

     ネズミが一か所に集まるように、人は都市に集まる。

    『UNIVERSE 25』は都市計画のシミュレーションでもあったため、ビルのような立体構造でネズミを飼育した。ネズミたちのように、人間もタワマンに集まる。そんな狭い塔に住む必要はないのに、ぎゅうぎゅうと上へ上と積み重なっている。そこに住むことが強者の証、アルファオスの証拠だからだ。

     私たちの頭の出来は、ネズミと大して変わらないらしい。

     そこで高層ビルの建設を制限し、都市機能を分散する。強制的に集団を分割するのだ。タワマンを倒壊させ、ビジネスビルをへし折り、平らな大地に広がり暮らす。

     もうひとつは出産を人類から取り上げることだ。出産と育児を人間が行えないのなら、人工的に行うしかない。人工子宮を使って、赤ん坊を育てる? たぶんそうはならない。もっと安上がりで安全な方法がある。

     移民に子どもを産んでもらうのだ。欲しいのは労働力であり、無限に供給されるエサと水を生み出す誰かがいればいいのだ。そしてもっとシンプルに人口それ自体を増やそうとするなら……代理母という方法もある。人工授精した卵子を移民の女性の子宮に定着させるというわけだ。

     悪夢のように見えるが、これは欧米で実際に行なわれている。代理出産は、今や珍しいことではない。

     私たちはユートピアではなくディストピアに片足を突っ込んでいる。9.11で倒壊した世界貿易センタービルは、今にして思えば、そんな未来の始まりを暗示していたのかもしれない。

    久野友萬(ひさのゆーまん)

    サイエンスライター。1966年生まれ。富山大学理学部卒。企業取材からコラム、科学解説まで、科学をテーマに幅広く扱う。

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