黒史郎が案内する川崎の禁足地「開かずの不動」怪談/吉田悠軌・怪談連鎖
怪談師たちが収集した珠玉の怪異を、オカルト探偵・吉田が考察。今回は、神奈川県川崎市に残る「禁足地」にまつわるタブーと信仰の謎を追う!
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「食べてすぐに寝ると牛になる」に代表される、あるわけないけど散々聞かされてきた迷信、俗信の数々。郷土史には衝撃的かつ笑撃的なものが数多く潜んでいます。これらを黒史郎がただただご紹介し、ツッコむために補遺々々しました。
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餅を食べた後に水を飲む
お雑煮用に買ってあるお餅を食べ、その後、忘れずに水を飲んでください。
——これは、長野県北安曇郡の俗信。
このとおりにすると「くじに勝てる」そうなのですが……迷信です。こんな簡単なことで10億は当たりません。それよりも餅を食べる際は喉に詰まらないように気をつけて欲しいです。
〈俗信〉を辞書でひくと、「民衆の間で行われる宗教的な慣行・風習・呪術・うらない・まじない、幽霊・妖怪の観念など。」とあります。こういったものの中で社会に対して害毒を及ぼすものを区別して「迷信」といいますが、混同されて扱われることも多いです。
〈迷信〉を辞書でひくと、「迷妄と考えられる信仰」あるいは「道理にあわない言い伝えなどを頑固に信ずること」とあります。また、『俗信と迷信』(迷信調査協議会編)で日野壽一は「人生の吉凶禍福に関し、因果関係のないものをあると認める判断の錯誤を迷信という」という一文を書いています。
ただ、迷信も含め、どの俗信も無意味なものはありません。当時の人たちが様々な理由から必要に応じて生み出してきたものであって、その人たちの暮らす時代、環境、状況においては意味のあるものでした。世代を超え、教え、教わってきた庶民の信仰、ルール、考え方が正しいか間違っているかではなく、それと人々がどう向き合っていたかがとても興味深く、また重要なことのように思われます。
さて、本稿は日本各地の郷土資料の中から見つけた、ちょっと驚きの迷信や、妖怪的だったり、ゾッとしたり、面白かったり、筆者が素敵だなと感じた俗信を、とくに由来を求めず、考察も深めず、ただただご紹介しようというものになります。あしからず。
子どもにころによく親からいわれていたのが、「食べてすぐに寝ると牛になる」です。私は信じていなかったので食べてすぐ寝ることもたくさんありましたが、一度も牛にはなりませんでした。後悔をしたのは大人になってからです。食べてすぐ寝た後に起きると、ひどい胃もたれを起こしていました。胃の不調は数日続き、ようやく治ってから「親がいっていたのは、こういうことなんだな」と反省したものでした。
ネットで調べてみますと、食べてすぐに寝てしまうと逆流性食道炎や肥満になる恐れがあるそうです。やはり、よくない行為なのですね。ただ、食後にゴロンと横になる程度なら、むしろ身体には良いという話もありますから、「食べてすぐに寝る」=「絶対だめ」というわけではないようです。
「食べてすぐに寝ると牛になる」——これは、牛が食べてすぐに寝る姿から考えられた俗信だといわれていますが、牛はなにもグータラ寝ているわけではなく、身体を寝そべらせて食べたものをゆっくり消化しているのだそうです。とても大切なことだったのですね。
「食べてすぐに寝ると〜」は各地に分布する俗信ですが、「牛になる」と決まったわけではないようです。
食事をしてすぐに寝ると、額に角が生える(静岡県三島市、同県小笠郡、福井県ほか)
食べてすぐに寝ると、腹に木が生える(長野県北安曇郡)
食事をしてすぐに寝ると、腹の虫が大きくなる(徳島県)
「牛になる」があるので「角が生える」は良しとします。しかし、腹から木が生え、腹の虫が大きくなるのは見過ごせません。なにを腹で育てているのでしょうか。
とくに虫。食後に眠ったことにより消化器が働かなくなり、吸収されなかった栄養がサナダムシのような腹の虫にすべてもっていかれる、ということでしょうか。このままお腹の中でムシが育ち続けたら、どんなことになるのでしょう。ウシよりムシのほうがショッキングなので、しつけに使うならこちらを使った方が良いかもしれませんね。
次の「食べて●●すると〜」も、なかなかショッキングな内容です。
食後に寝ると、飯が骨のあいだに入る(長野県下伊那郡大鹿村)
食事中に背伸びをすると、飯があばら骨のあいだに入る(兵庫県揖保郡)
食後に転がって伸びをすると、飯が皮と肉のあいだに入る(長野県北安曇郡)
人体の構造上、そんなところに食べたものが入り込むことはないと思いたいのですが、もし入ってしまったのなら身体にはとても悪そうです。皆さんも経験があると思いますが、食べたものが器官に入ってしまうと激しく咳き込んで苦しむことがあります。若いうちはこの咳で排出されますが、排出されずに残ったままになりますと誤嚥性肺炎を起こすことがあり、高齢の方ならば命の危険に及ぶ場合もあります。上記の俗信は、「食べたものが変なところに入った」という、あの苦しい感覚から想像されたものかもしれませんね。
スーパーへ行くと野菜の価格が上がっていて哀しい昨今。節約と健康への関心が高まる中、庭やベランダで野菜・果物・ハーブなどを育てる自家栽培が注目されています。ならばいっそ、美味しい果実を実らせる木を育ててはいかがでしょう。
でも、庭に植える木はよく考えてから決めてください。あなたの選んだその木は、大切な家族を不幸に陥れるかもしれません。こんな俗信が語られていたのですから——。
枇杷が良くなる年は、水不足になる(鳥取県米子市)
枇杷の木で打たれると、骨が砕ける(栃木県足利地方)
枇杷を屋敷に植えると大きくなって、棺の担い棒になりたいといって泣く(高知県高岡郡)
枇杷は呻き声を好むため、屋敷に植えれば病人が絶えない(山口県)
枇杷の木を伐ると、病人が絶えない(滋賀県高島郡)
私たち人類は枇杷になにかをしたんでしょうか。枇杷の木だけは、庭に植えてはいけないようです。病人の呻き声が好きだとか、性格が悪すぎます。棺桶を担ぐ棒になりたいから泣くなんて……どれだけ人の不幸に積極的な木なのでしょう。一度植えてしまったら伐ってもダメみたいですし、大変厄介です。
あのみずみずしい枇杷の実が食べられないのは残念ですが、ご安心ください。甘くておいしい果実をみのらせる木はまだあります。そう、柿です。
柿の種を炉にくべると目が潰れる(兵庫県佐用郡)
赤い柿の落ちた夢を見ると、年寄りが死ぬ
青い柿の落ちた夢を見ると若い者が死ぬ(滋賀県高島市)
柿の木から落ちると死ぬ(山口県大島郡周防大島)
柿の木に実がたくさんなりすぎると、誰かが死ぬ (鹿児島県川辺郡知覧町)
だめでしたね。柿も枇杷のお仲間でした。
しかも、「年寄りが死ぬ」「若者が死ぬ」「落ちると死ぬ」「誰かが死ぬ」。
死ぬ、死ぬ、死ぬ。もはや、皆殺しにするつもりだとしか思えません。
柿といえば、妖怪補遺々々では《自分の肛門を刺した棒を人間に舐めさせる【柿のおばけ】》を紹介していますが、まだかわいく見えますね。
他にも、こんな木の迷信がありました。
ザクロを庭に植えると、血を見るようなことにであう(長野県下伊那郡大河原)
どんぐりを食べると、血を吐いて死ぬ(大分県大野郡)
銀杏に向かって放尿すれば死す(和歌山県御坊市)
「血を見るようなことにであう」という脅迫的な言い回しが大変恐ろしいザクロの木ですが、おそらく果肉の見た目からのイメージなのでしょう。それにしても、あまりに物騒な俗信です。「どんぐりを食べると〜」のほうも、牧歌的な前半部を一瞬で殺すような後半部がすさまじいですし、「放尿すれば死す」なんて、どんなハードボイルドなセリフでしょうか。
これはもう、庭に木を植える植えないの問題ではなく、木に近づかない方がいいということですね。あと、放尿はトイレでしてください。
庭木の禁忌の俗信について、由来はネットでもいくつか見つけることができますが、「庭の木が育つと日陰になって家族が不健康になるから」という説は、なかなか説得力があると感じました。
「庭の木が屋根より高く育つと、その家は不幸になる」という俗信もあり、家の運気を吸い取って育っているから……という解釈もされますが、実際のところはそういうファンタジーではなく、庭の日当たりが悪くなることで家人の健康への懸念が高まるという発想なのではないかと考えています。
郷土資料の俗信の頁に並ぶ、前後を切り取られたような唐突でストーリーのない短い一文。そこには少なからず、理不尽で残酷、グロテスクな内容のものもあります。その背景に垣間見えるものを想像すると不安の雲が胸に湧き、ゾッとさせられます。そんなちょっと怖くなる俗信を集めてみました。
指にさかむけができると、伯母に憎まれている(滋賀県高島市)
子が親に灸をすると、すえ殺す(大分県大野郡)
山で太鼓の音を聴けば、すぐ帰れ(和歌山県)
「さかむけ」は「ささくれ」ともいう爪周辺の皮がめくれる状態のこと。友人や家族ではなく、伯母という微妙な距離感の存在に憎まれているのがなんだか生々しいです。親不孝をするとささくれができるという迷信がありますが、そこから派生した俗信でしょうか。
よくわからないのが「すえ殺す」という言葉です。「据え殺す」でしょうか。「灸を据える」は痛い目に遭わせる意味でもありますが、普通に読めばお灸を据えて治療をすること。子が親に灸を据えてあげるという大変親孝行な行為が、なぜ殺すことに繋がるのでしょう。加減を知らない子どもにやらせては危ないということなのでしょうか。
そして、「いったいなにが起きているの?」という不安が膨らむ3つ目の俗信。山で聞こえる太鼓の音は「怖いこと」の起こる前触れです。同様の音の怪異は狸の腹鼓や天狗の仕業として語られるものもありますが、このように正体不明にされると、その怖さはさらに増しますね。「すぐ帰れ」が危機感を煽ります。
子どもが土を舐めると早死にする(東京都八王子市)
寝て念仏を唱えると臓腑が腐る(徳島県)
釜を焚きながら歌を歌うと発狂する(和歌山県伊都郡)
「●●をすると、こうなる」という俗信の中には、「やったことに見合わない結果」を伴うものも多々見られます。上記した3つは、ちょっと厳しすぎる気もいたしますね。
「土を舐めると早死に」は子どもの衛生面について厳しく戒めているのかもしれませんが、いきなり「死」を持ってくるとは……。現代のように「こんなことをしたら、こうなるぞ」と実証するソースを出すことが難しかった時代ですから、「死」のような強めのワードを入れることで戒めとしても強めているのかもしれません。
「寝て念仏〜」は、神仏に向けて唱えるものを寝ながらやるとは何事か! というお叱りの俗信なのでしょうか。臓腑を腐らせてしまったら反省しようがありませんので、どうか腹痛ぐらいにしていただきたい。それから、調理中に鼻歌を歌うくらいは許してほしいものです。
生きていくうえで欠くことのできぬ行為——排泄。それを行う場には、実に様々ないい伝えがあります。トイレ、便所、厠、雪隠と呼ばれているこの空間は神のおわす場であり、あやかしの棲む場でもあるので、俗信も大変多いという印象です。
雪隠に唾を吐くと目をわずらう(各地)
裸で厠に入ると、厠神が怒って尻を引っ掻く(東京都八王子)
裸で雪隠へいくと、腋臭になる(和歌山県)
神様のおわす場ですから、唾を吐く行為や全裸訪問は怒られて当然です。尻ぐらい引っかかれましょう。
各地の郷土資料を見ていますと「裸で厠に入ると〇〇になってしまう」という俗信をよく見ます。いかに裸で入る人が多かったかがわかりますね。
字を書いた紙で尻を拭くと痔になる(兵庫県揖保郡)
小便壺に落ちると三年以内に死ぬ
免れたければ「オショウサン」「ショウコ」といった名をつけるといい(徳島県)
「字」と「痔」の駄洒落かと思ったのですが、「痔」になるのではなく、「手が上がらなくなる」という俗信もありました。文字の書かれたものには人の知が込められています。尻を拭く紙にするなどとんでもない! ということなのかもしれませんね。
小便壺とは、おしっこをするため地中に埋めておく壺のことです。そこに落ちてしまうだけでも大変不幸な事なのに、死んでしまうとは、これまた厳しい。
でも安心してください。自分に「オショウサン」「ショウコ」という名をつければいいのです。しかし、どちらの名前もオシッコに近い響きなのが気になります……。
外出する朝、雪隠に入って、「戻るまでまっていてくだされ」といって石を一個、雪隠の踏み板にのせてからいくと、家に帰るまで大便をもよおさない(滋賀県高島郡)
これは素晴らしい。私事で恐縮ですが、外出するとお腹が痛くなることが多く、近くにトイレがない場所へ行くととても不安な気持ちになります。そんな自分には大変ありがたい俗信なのですが、これは厠の神様が人間の便意を操作できるという解釈で良いのでしょうか。だとすれば、ぜったいに怒らせてはいけない神様です。全裸で訪問なんてもってのほかですね。
——トイレの話題からはずれてしまいますが、「馬糞」にまつわる俗信を見つけましたので、おすそ分けいたします。
馬糞を踏むと、背が高くなる
牛糞を踏むと、背が低くなる(滋賀県高島市)
死んだばかりの蛇の死骸に馬糞と小便とをかけると、蘇生する(宮崎県南那珂郡福島村)
「不浄」とは、けがれていることであり、大小便や便所そのものを指すこともあります。
しかし、不浄とされながらも、古来糞尿は農作物を育てる肥料になっていました。馬糞を使って作られた「馬糞堆肥」は土壌改善効果があるとして、家庭菜園などでも愛用されています。そんな「育てる力」を持つ馬糞ですから、踏めば育ちますし、かければ死んでいるものも蘇るわけです。だからといって、むやみにかけたりしないでくださいね。捕まります。
小さい子への戒めのため、たくさんの「お化け」が生み出されました。「寝ないと●●が来るぞ」「泣き止まないと●●に連れていかれるぞ」などは昔から聞く典型例で、●●には、よく知るおばけの名前が入ることもあれば、正体不明の名前、「おばけ」「幽霊」といった「怖いものの総称」が入ることもあります。これら、戒めるために生み出された架空の存在は、ちょっとした「無作法」「ルール違反」によって俗信の中から顔をもたげ、子どもを脅かしてきます。
升の底を叩くと天狗が来る(和歌山県伊都郡)
茶碗を叩くと餓鬼が来る(和歌山県伊都郡など各地)
椀を叩けば鬼が出る(長野県北安曇郡ほか)
一晩で二度湯に入ると三途河の婆さんに皮をむかれる(新潟県)
升の底を叩くと天狗が現れるというのは、神隠しにあった子を探す時に桝の底を叩くというところからの発想でしょう。天狗はこの音を嫌うため、隠した子どもを落とすというのです。
「三途河の婆さん」は三途の川のほとりにいる、亡者の着物をはぎとる婆さんです。ここでは着物ではなく人の皮を剥ぎ取っています。入浴中は全裸ですし、剥ぎとるものもないから仕方なく皮を剥くのでしょうか。温泉などは一晩に何度も入りたいものですが、調べてみますと、あまり何度も長湯で入ると皮脂が剥がれ、肌質が悪くなったりすることもあるらしいです。婆さんはいなくても、湯に剥ぎ取られてしまうのですね。
真夜中に家を三回まわると魔が出る(宮崎県南那珂郡福島村)
夜に歩く時、二人で手を組み合って歩くと、魔にあう。組んだ手が網のようになって魔がかかるから(鹿児島県大島郡天城町)
手足の毛を剃ると親の幽霊を見る(静岡県三島市)
鼠が死人の上を横切れば、死人が起き上がる(和歌山県)
怖いものを「魔」の一文字で表現されるのは、想像がふくらんで怖みが増しますね。
なにかの周りをぐるぐると3周することは呪術の作法などでも見られる行為で、この呪法によって自身が「魔」に変わり果てる、という言い伝えもあります。3周するのは家屋に限らず、豚小屋、特定の樹木や石仏という例もありました。
最後は、日本各地に分布する「猫が飛び越えると死体が起き上がる」という俗信の亜種といえるものです。もし、葬儀場でトムとジェリーが追いかけっこを始めたら、大変なことになりそうですね。
【参考資料】
『北安曇郡郷土羽誌稿』第四号 俗信俚諺篇〈1932〉
『必ず治る民間療法千種』主婦之友三月号附録〈1938〉
『俗信と迷信』(迷信調査協議会編) 〈1955〉
『生活習慣と迷信と迷信』(迷信調査協議会編)〈1955〉
『旅と伝説』三元社
『民間伝承』民間伝承の会
その他、各地の郷土史
黒史郎
作家、怪異蒐集家。1974年、神奈川県生まれ。2007年「夜は一緒に散歩 しよ」で第1回「幽」怪談文学賞長編部門大賞を受賞してデビュー。実話怪談、怪奇文学などの著書多数。
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