隣のじいさんは鳥を呑んで屁を奏でるーー「鳥呑み爺」のお話/妖怪補遺々々

文・絵=黒史郎

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    ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」! 今回は昔話でおなじみのバイプレイヤー「隣の爺」の悲しき顛末から補遺々々します。

    昔話の悪役

     関敬吾『日本昔話集成』の目次を見ると、「隣の爺」という章があります。
     昔話における「隣の爺」とは、主人公の家の隣に住む爺さんのことです。昔話によく登場するキャラクターで、とくに主人公が正直者で優しくて無欲な爺さんですと、隣に住んでいるのは強欲で残酷な性悪爺さんであることが多いです。これは爺さんに限らず、婆さんのこともありますし、夫婦そろっての場合もあります。
     性格の悪さもいろいろで、金にいじきたない程度ならまだいいのですが、よそ様が大事にしている飼い犬まで殺してしまう危険な爺さんもいます。
     昔話の主人公は大抵、ありえないくらい良い人柄なので、そんな爺さんとも大きな隣人トラブルになりません。

     さて、現実にいたら大変困る「隣の爺」ですが、昔話にはとても大切な存在。物語をより面白くしてくれる、欠かせないキャラです。良い爺さんが良いことをして幸福に暮らすというエンディングも素敵ではありますが、そこに性悪キャラが加わることで物語に良い刺激を与えてくれますし、記憶に残る印象的なラストにもなります。
     だいたいは正直爺さんが何かをすると良いことがあり、それにあやかろうと真似をしたら失敗し、痛い目に遭う……という役回りですが、それだけでは終わらない爺さんもいるのです。

     今回はそんな「隣の爺」をご紹介します。

    鳥を呑んで屁を奏でる

    「隣の爺」が登場する昔話はいくつもありますが、今回は「鳥呑み爺」と呼ばれるお話。
     有名な昔話なので簡単に説明いたしますと――。

     お爺さんがうっかり鳥を飲み込んでしまい、腹の中から鳥の鳴き声がするようになってしまいます。その声がとてもきれいで面白く、殿様に聞かせるとこれがたいそう喜ばれ、たくさんの褒美をもらいます。
     それを知った隣の爺さん、自分も真似をしようと、さっそく鳥を呑んで殿様のところへ向かいます。ところが、きれいで面白い鳥の声は鳴らず、ひどい音が鳴って、殿様を怒らせてしまいます。そして、哀れ隣の爺は処罰を受けてしまう――というお話です。

     各地に類話があり、鳥を呑むことになるきっかけ、鳥が鳴き声を発する場所、鳥の鳴き声などもさまざまです。

     呑み込んだ鳥の声が、爺さんの尻から「屁」となって聞こえるという話もあります。
     良い爺さんの尻からは「ちんちろりん」「あやちゅう、あやちゅう、錦の御宝」「ぴぴんぴよどり御世のお宝みなもってまいれ」など、とても楽しい音色の屁が出るので、これを殿様に披露し、大変喜ばれ、褒美をたっぷりもらいます。
     しかし、「隣の爺」がこれを真似すると、尻から出るのは楽しい音色ではなく、「バカ野郎、はやく死ね、欲張りのバカ殿、けちんぼ殿様、はやく死ね」といった悪口や、「ふっくらきんたま」といった小馬鹿にしているとしか思えぬ聞こえ方の屁が出ます。

     あるいは、屁を出すつもりが先行して実の方が出てしまい、結果、激怒した殿様に槍で尻を突かれたり斬られたりして散々な目にあいます。
     そのころ、「隣の婆」は――。爺さんが褒美をたくさんもらってくると思ってテンションが上がっているのでしょうか。なぜか便所の屋根に上がって爺さんの帰りを待っています。
     するとそこへ、真っ赤な姿の爺さんが帰ってきたので、「殿様から褒美に赤いべべをいただいたのだ」と喜びますが、それが血みどろで瀕死の爺さんだと知ると、ショックで屋根から転落、糞壺の中に落ちるという、なんともひどい結末になります。

    「欲を出すといけませんよ」という教訓なのでしょうが、少しやり過ぎの気もいたします。
     見方を変えれば、ただ、欲望にまっすぐなだけの爺さんです。それが、「隣に住んでしまった」がために、こんな地獄のような目に遭わされるとは――。

     いかがでしょう。
     そろそろ「隣の爺」が可哀そうになり、少し応援したい気持ちになってらっしゃるのではありませんか?

     次の話では、ただでは終わらない「隣の爺」による、衝撃の結末が待っています。

    隣の爺の復讐

     昔々あるところに、とても働き者の良い爺さんがおりました。

     家の畑を耕しているときです。爺さんが桑の木に鼻汁をひっつけますと、そこに雀がきて鼻汁を舐めだしました。爺さんは腰を下ろし、自分の鼻汁を舐める雀を眺めながら煙草を吸っていましたが、ふいに雀が口の中に飛び込んできたので、爺さんはそのまま飲み込んでしまいました。
     すると雀の尾が、爺さんの臍から飛び出てきましたので、これをクイッと引っ張ります。
    《アヤヤチュウチューウ 小金ザクザクチャチャラポンポン》
     腹の中の鳥が、とても良い声で歌いました。
     これは面白いことになったぞと喜んだ爺さんは、殿様のところへ行き、この歌声を披露しました。
    《アヤヤチュウチューウ 小金ザクザクチャチャラポンポン》
     これには殿様も大喜び、爺さんにたくさん褒美を与えました。

     さて、このことを知った隣の爺さん、羨ましくてたまりません。
     自分も同じことをしようと畑を耕しに行きますが、いくら待っても雀が来ません。
     ならば雀の力を借りず、自分の力でなんとかしようと考えます。
     自分の力――そう、屁です。
     良い音の屁を鳴らし、殿様からたんまり褒美をいただこうと考えたのです。
     そこで婆さんに頼んで小豆粥を煮てもらい、それを食べてから殿様のところへ行きました。
     そして、屁をひろうとするのですが――なんてことでしょう。屁は出ず、「くさい小豆グソ」が出てしまいます。これに怒った殿様は、爺さんを殺してしまいました。
     それを知った隣の婆さんは、大事な夫を殺されたことに激怒し、殿様のところへ乗り込みますが、哀れ、婆さんも殺されてしまいます。
     ああ、なんて可哀そうな老夫婦。

    ――しかし、これで終わったわけではありません。

     その後、殿様の寝床に、殺された爺さんと婆さんの「ゆうれん(幽霊)」が現れるようになったのです。そのため、殿様は気がふれて死んでしまい、殿様の家も絶えてしまったということです。
     
    「続 丹生川昔話集」に収録されている「鳥啼きの爺」という話でした。


    参考資料
    澤田四郎『うつしばな』
    関敬吾『日本昔話集成』

    (2020年8月26日記事を再編集)

    黒史郎

    作家、怪異蒐集家。1974年、神奈川県生まれ。2007年「夜は一緒に散歩 しよ」で第1回「幽」怪談文学賞長編部門大賞を受賞してデビュー。実話怪談、怪奇文学などの著書多数。

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