下水道に白いワニが棲む…大都市型の都市伝説が生まれた真の理由/ニューヨーク州ミステリー案内

文=宇佐和通

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    超常現象の宝庫アメリカから、各州のミステリーを紹介。案内人は都市伝説研究家の宇佐和通! 目指せ全米制覇!

    日常生活のすぐそばにある未知

     大都市であれ地方都市であれ、都市伝説的な話の拡散パターンは変わらない。舞台となる都市の地理的・文化的特徴が盛り込まれ、ご当地ならではのストーリーになる。

     今回紹介の舞台は、米ニューヨークだ。ニューヨーク州も、郊外には牧歌的風景が広がる場所もあるのだが、この話はマンハッタンとかクイーンズ、あるいはブルックリンといった大都市圏で起きた“実際の事件”として語られ続けている。大都市ニューヨークシティ“ならでは“の都市伝説は、1900年代初頭から現在にかけて多種多様なバージョンが生まれている。

    イメージ画像:「Adobe Stock」

     ニューヨークシティのステレオタイプな印象といえば、高層ビル群や人々が行きかう華やかな大通りだろうが、この話の舞台となるのは街の地下に広がる世界。そして主役は、下水道に住むアルビノ種の巨大ワニだ。日常生活のすぐそばにありながら、ほとんどの人がまったく知らない世界への恐怖や神秘性が絶妙かつ複雑に交じり合った構成になっている。

     巨大な白いワニが地下を徘徊している――とても現実とは思えないシチュエーションだ。しかし、聞き手の脳裏に「ひょっとしたらあるかもしれない」という思いを抱かせるからこそ、長い間語り継がれてきたのだ。

    大都市に生まれる伝説、その起源

     原話が語られ始めたのは20世紀初頭だ。1920年代から30年代にかけてのニューヨークでは、エキゾティックなペットを飼うのがトレンドだった。そして、この時代のニューヨーカーの旅行先といえば、夏でも冬でもフロリダが定番だった。フロリダへ家族旅行に行き、地元に生息している野生のワニの赤ちゃんを買ったり、捕まえたりして持ち帰る。

     小さいうちは水槽やバスタブで飼っているが、すぐに手に負えないほど大きくなってしまう。あるいは、そうなる前に“処分”してしまおうということになる。そこで、トイレで流すことができるぎりぎりのサイズのワニが下水道に行き着くことになる。

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     流された赤ちゃんワニは、食料が豊富で天敵がまったくいないニューヨークの下水道ですくすく育ち、中には体長数メートルまで成長する個体もいる。しかし、日光をまったく浴びることがないためアルビノ化する。アルビノ種の巨大ワニたちは群れを作り、下水道網のあちこちでひっそりと生きている。

     この話が本格的に広まり始めたのは1950年代だった。1959年に発行された『The World Beneath the City(都市の地下に広がる世界)』という本の中で、当時のニューヨーク市下水道局長テディ・メイ氏が下水道でワニを目撃したという話が紹介された。実際は、メイ氏本人が体験者あるいは目撃者だったというわけではなく、下水道局の作業員から「配管に詰まったワニを見た」との報告を受けたらしい。いずれにしても、本件を真剣に受け止めたメイ氏は徹底調査を命じた。しかし、この時の調査でワニは見つからなかった。そもそも、作業員が本当にワニを見つけていたのかも怪しいが、当時の新聞記事やラジオ、さらには映画までもが取り上げたことで、加速度的に拡散した。

    NY“らしさ”を取り込みながら拡大

     1980年代に入ると、都市探検の盛り上がりとともに(あるいは過去のインフラに対する関心の高まりとともに)白い巨大ワニの話は定番化した。すると、時を同じくして、都市部のホームレス問題が顕著化し、そんな世相を直接的に盛り込んだ次のような派生バージョンが生まれた。

     ニューヨークの下水道には、巨大なアルビノ種のワニが棲息していることが知られているが(この時点でアルビノ種のワニの存在が公然の事実となっている)、最近痛ましい事故が続いている。冬になると、寒さを避けるためにホームレスがマンホールを開けて下水道で暖を取ろうとするのだが、集まって焚火をしているところを巨大なワニに襲われるという事例が相次いで報告された。

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     もちろん、そんな事実はない。しかし、1900年代の初頭から語られている都市伝説は1980年代半ばになって現実的な要素を盛り込んで進化した。さらに、スピンオフバージョンとして下水道局の職員が仕事中に襲われて死亡したという話が事実として広まったこともあった。下水道局の仕事は危険を伴い、しかも移民してきたばかりの人たちが就くというイメージが強かった。よって、話は「アメリカに移民してきたばかりで下水道局で働き始めた〇〇人の男性」といった枕詞を付けて語られることが多くなった。移民大国アメリカを代表する大都市であるニューヨークらしさが感じられる展開だ。

    見事な構成の「ザ・都市伝説」

     しかし、この話にはもうひとつの側面がある。「地下ロア」とでも呼ぶべき現象の最初期バージョンであると思うのだ。地下ロアとは、某有名遊園地の地下に広がる巨大施設の噂をはじめとする都市伝説のこと。他の例としては、デンバー国際空港の地下トンネル網であるとか、ニューメキシコ州のダルシーという町のはずれにあるアーチュレータ・メサという丘の地下に広がっている極秘UFO基地の話などが挙げられる。

    『X-ファイル』第2シーズン「宿主(The HOST)」イメージビジュアル

     1990年代半ばには、ドラマ『X-ファイル』第2シーズンの「宿主」(1994年)というエピソードと内容がよく似ていることも話題になった。ニューヨーク州の隣、ニュージャージー州ニューアークの下水道で発見された身元不明の腐乱死体から、寄生虫が検出される。背中に巨大な噛み傷があり、それが特定の寄生虫の歯形を思わせる形状だった。しばらくして、下水道で清掃作業員が何らかの生物に襲われる。噛まれた作業員は口から大量の寄生虫を吐き出して死亡する。現場に向かったモルダーは、扁形動物と霊長類の特徴を併せ持ったヒューマノイドの存在を知ることになる。そんなストーリーだ。

     下水道にアルビノ種のワニが住んでいるというシュールな状況は、想像さえ難しいはずだ。しかしこの話が依然として多くの人々に語り続けられている理由は、前述のとおり、都市生活に潜む隠れた危険や神秘のデフォルメがあまりにも秀逸だからだろう。加えていうなら、「見事な起承転結で構成された奇妙な話」という都市伝説の絶対的フォーマットにうまくフィットしていたからにちがいない。まさしく、ザ・都市伝説と呼ぶにふさわしいのだ。

    宇佐和通

    翻訳家、作家、都市伝説研究家。海外情報に通じ、並木伸一郎氏のバディとしてロズウェルをはじめ現地取材にも参加している。

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