海から空から襲来する「怪獣」妖怪の大破壊記録を集めてみた/妖怪補遺々々

文・絵=黒史郎

    『ウルトラマン』の記念日にちなみ、古文献から黒史郎が補遺々々したのは、まるで怪獣のような記録の数々ーー ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」だ!

    ヒーローの敵

     みなさん、「怪獣」はお好きでしょうか。
     この語を『広辞苑』で引きますと、次のように書かれています。

    【怪獣】かい−じゅう(クワイジウ)
     あやしい獣。不思議な獣。

     あやしくて、不思議な獣——「怪獣」。たいへん魅力的な言葉です。私はこの言葉に「大きい」というイメージも持っています。子どものころに触れた「怪獣」と呼ばれるもののほとんどが、ビルよりも大きく、町を破壊し、人々を恐怖させる存在だったからです。

     さて、7月は七夕や海開きといったイベントの他、13日の「オカルトの日」、26日の「幽霊の日」といった素敵な記念日もございますが、忘れてはならないのが、7月10日。
     そう、「ウルトラマン」の日です。
     円谷プロダクションの公式ホームページによりますと、『ウルトラマン』第1話の放送は7月17日ですが、「前夜祭」として番組PRイベントの公開放送をしたのが同月10日。初めてお茶の間にウルトラマンが登場した日なのです。
     その日を祝しまして、今回は「怪獣」をテーマにいたしました。

    海より来たる大怪獣「ニシヲカムイ」

     天明5年より北海道の調査をした探検家・最上徳内。彼のアイヌ知識の集大成とされる『渡島筆記』には、次のような興味深い話があります。

     夏の夕暮れ時でした。
     松前の喜右衛門という人物が海上を見ていますと、7、8町先の沖合(1町109メートル)に、なにやら小さな黒い物体があるのに気づきました。それは風もないのに矢のような速さで陸に向かっていきます。
     潮を分け、陸上に這い上がったそれは、砂丘をふたつに分け、左右の草木を振動させながら、たちまち山のほうへと去ってしまいました。
     その怪物は不思議なことに、海にいたときは黒ずんだものに見えていましたが、陸に上がると「風」のようになって、その形がまったく認められませんでした。
     その後、水汲みを頼んだふたりの子どもが戻ってきたので、怪物に遭わなかったかと問いますと、なんと目撃していました。怪物はふたりの間を駆け抜けていき、それ以外は特になにもしなかった、とふたりは答えました。
     また、これを目撃していた女の子たちがおりました。彼女たちはみんな戸口に出て、鎌を手にし、怪物に向かって撃つ(打つ?)真似をして、ヤアヤアと掛け声をあげたといいます。女の子たちが怪我をしたという記録もないので、どうも人には無害なものだったようです。この怪物は【ニシヲカムイ】というものだろうか、と資料に書かれています。

     海から上陸し、周囲の木々を震わしながら移動する様は特撮映画に登場する、海より来たる大怪獣のようですね。

    強風とともに現れる「青いしっぽのもの」

     さて、次の舞台は、香川県綾歌郡綾上町。ここでは、もっと派手なことをするものが現れました。

     その日は、大風が吹いておりました。
     風の強さで、家は倒れそうなほど激しく軋む音を立てました。
     その人は、家にいるのがどうにも恐ろしく、外へ出て山の縁へ行き、頭から布団をかぶって風が止むのを待っていました。倒壊した家の下敷きになることを恐れたのでしょう。それほど強烈な風でした。
     風は止むどころか、ますます激しくなっていき、山の木がぼんぼんと倒れていきます。
     ふと、布団をかぶったまま風の吹いてくるほうを見ますと、大風の後を【青いしっぽのもの】が飛んでいったということです。 

    怪獣だった森「ガーナームイ」

     沖縄県那覇市鏡原町には、市の文化財に指定されている【ガーナームイ】という場所があります。「ムイ」は「森」のことで、その森のある辺りは昔、2000平方メートルほどの小さな島だったそうです。
     この森は昔、怪獣だったといいます。
    『沖繩の怪談』(改訂版)には、次のような話があります。

     大昔、怪獣の「ガーナームイ」は暴れ回っていました。いつも「小禄を食おうか、豊見城を食おうか、壺川を食おうか」と吠えていたと言います。
     ある時、怪獣は真玉橋(マダンバシ 国場川に架かる橋)に目をつけ、端から食ってやろうと考えました。村人はなんとか橋を守ろうと、鍬や鎌を持って集まりました。
     この様子を見ていた神様は、人々が「ガーナームイ」に苦しめられている姿を哀れんで、もしこの怪獣が橋を本当に食おうとしたなら、その瞬間に動けないようにしてやろうと考えていました。
     怪獣、村人、神様——三者、それぞれの思惑があるなか、それは始まりました。
     橋を喰らおうと「ガーナームイ」が動きだしたのです。
     すると、すかさず神様はふたつの大きな岩石を、「ガーナームイ」の引きずっていた尾に投げつけました。
     あっけないものです。これにより、「ガーナームイ」はまったく動けなくなって死んでしまったのです。
     村人たちは大喜びし、神に感謝の祈りをささげ、石で作ったシーサーを森のほうに向けて安置しました。このシーサーは神への感謝の気持ちでもあり、森から来る魔風を押し返すためのものでもありました。シーサーは戦前まで残っていたそうで、毎月、1日、15日に饅頭を3個供える習わしがあったそうです。
     ちなみに「ガーナ—」とは「たんこぶ」を意味する語であるとか、鴨や鷺などの水鳥が集まってガーガー鳴いていたから、「ガーナ—(ガチョウ)」と呼ばれていた、などといわれています。

    巨大カエル怪獣「ガイラーゴ」

    『西郊民俗』に見られる山形県南陽市和田の【ガイラーゴ】は、名前も怪獣っぽいです。
     これはカエルの姿をしており、10メートルはある巨大なガマの怪物だともいわれています。ひどく凶暴な性格をしており、「ゲェッゲェッ」と鳴き声を発して坂を転がり下り、人を見ると飛びついて襲いかかります。ただ、別に噛みつかれたとか、人が殺されたという記録もないので、「そうひどいものではなかった」と資料にはあるのですが、これが現れると民家を潰して回ったというので、十分、ひどいと思います。

    【ガイラゴ】はカエルを指す方言で、山形県置賜地方では妖怪を指すのだといいます。先の「ガイラーゴ」が暴れたらしい南陽市和田では、「ガイラゴ」は1メートルほどもあるナメクジのような形をしたもので、人のあまり通らない淵のあたりをのろのろと歩き回り、人に出会うと、さっと物陰に隠れて様子を見ています。そして人が通り過ぎるとゆっくり出てきて、また歩きだすのです。このようにひどく臆病な性格なので、人に害は与えず、また、これを目撃した人は少ないといいます。
     同市の下荻に出る【ゲーラゴ】もカエルのような形ですが、こちらは20センチ足らずと小サイズ。木の上にいて、人が通ると落ちてきて驚かすものですが、首筋にへばりついて血を吸うというヒルのような行動をするとも言われています。鳴き声は「キーキー」。尺取虫のように移動し、目はないけれど耳が鋭く、物音に敏感。口は極めて小さく、牙があり、現在(平成元年当時)も目撃されているそうです。
     同記事の執筆者・高橋敏弘は、以前にご紹介した【鳩人間】について書いた人物です。これは全長50メートルまで巨大化する、鳩の脳髄を持つ人間の化した怪物であり、村を破壊し、その羽ばたきは一瞬で木造住宅を吹き飛ばすほどの威力があります。また口から吐く怪光線は当たれば爆発するかドロドロに溶かされてしまうといい、完全な怪獣なのですが、これが暴れたという他の記録がまったく見つからないのが謎なのです。

    【参考文献】
    深瀬春一「松前怪談十種」『旅と伝説』第三巻十月号絵馬号 通巻34号(1930)
    綾歌郡綾上町教育委員会『綾上町民俗誌』(1982)
    西原松生編著『沖繩の怪談』月刊沖縄社(1985年改訂版)
    佐久田繁編『カラー沖繩の怪談』月刊沖縄社(1973)
    高橋敏弘「怪異雑考(四)——新・妖異変I——」『西郊民俗』第127号(1989)
    高橋敏弘「鳩人間と言う怪物」『山形民俗』第8号(1994)

    黒史郎

    作家、怪異蒐集家。1974年、神奈川県生まれ。2007年「夜は一緒に散歩 しよ」で第1回「幽」怪談文学賞長編部門大賞を受賞してデビュー。実話怪談、怪奇文学などの著書多数。

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