昆虫食で育てた家畜や魚に奇跡の変化! 革命的長寿薬の発見につながる可能性

文=久野友萬

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    一時期はニュースもネットも大騒ぎだったコオロギも、今年になって食用コオロギベンチャーが倒産するなど、すっかり勢いがなくなった。昆虫食ブームが去り、残ったのは昆虫養殖技術だけ、とはならない。ちゃんと活用の道があるのだ。昆虫食の次は、昆虫で育てた魚や豚を食べるのだ。

    コオロギを食べるべきは人間ではなく…

     昆虫はそこら中にいて、安いというイメージがある。実際、貧乏生活を紹介する番組が昆虫食愛好家を「貧乏だから虫を食べる人」として紹介しようとし、断られたと聞いた。

     昆虫は高い。ペットショップに行けばわかるが、コオロギは1匹20~50円ぐらいする。人間が食べる量を考えたら、1食1000円でも安い方だ。じゃあ自然の昆虫を採ればいい? セミは公園で採れるが、それは夏場だけ。他の昆虫は山か川で採るしかなく、量を集めるのは大変だ。

    タイの「チンリートート(フライドコオロギ)」 画像は「Wikipedia」より引用

     養殖なら? 昆虫を人間が食べようとすると、衛生管理に手間がかかり、どうしても高くなる。多くの昆虫食愛好家は、自宅で増やして食べている。そうしないと高すぎるからだ。昆虫は嗜好品であり、高級食材なのである。

     それでいて、肉や魚ほどおいしいかといえば、微妙。何より虫かごのあの独特の匂いがある。海外でも、山間部や寒冷地のタンパク質が不足する地域で食べられるもので、例外は製糸工場から出る蚕のサナギぐらいだろうか。

     そういう現実がようやくわかり始めたのか、最近はマスコミもネットも騒ぎ立てなくなった。コオロギのことは食糧危機になってから考えればいいし、何よりも食糧危機を回避する方法を考えるのが先だ。

    昆虫は家畜のエサにすべし

     では昆虫養殖は無駄かと言えば、決してそんなことはない。人間相手に食料にしようと考えるから、会社だって倒産する。コオロギを人間が食べるのではなく、コオロギを食べた動物を人間が食べればいいのだ。家畜や養殖魚の飼料として、昆虫を利用するわけだ。

     現在、世界中で養殖魚の飼料に使う魚粉価格が高騰している。2000年ごろまで1トン当たり500ドル前後で推移してきた飼料用魚粉の価格は、以降急激に上昇し、現在は1800ドル前後。円安も加味すれば、20年でおよそ4倍と考えていい。

    魚粉価格の推移(1980~2024年) 画像は「世界経済のネタ帳」より引用

     高騰の原因は魚粉需要の拡大だ。中国やベトナムで養殖産業がさかんになり、魚粉の国際価格を吊り上げているのだ。また2023年はペルーで魚粉の材料となるカタクチイワシが不漁で、価格が高騰した。

     日本の魚粉はおよそ9割が輸入であり、国際情勢に大きく左右される。そのため魚粉以外のタンパク質として大豆かすや牛骨粉などの利用が始まっているが、魚粉ほどタンパク質が豊富ではなかったり、消化率を低下させたり、内臓に障害を起こす成分が含まれていたりと問題がある。

     そこで昆虫だ。種類によって栄養価は異なり、コオロギは魚粉に比べてタンパク質含有量は70パーセント前後でほぼ互角、イエバエやミルワームは50~60パーセントとやや劣るが、必須アミノ酸を満たしており、脂質の高さが目立つ。ビタミン類の組成も異なるため、魚粉と完全に入れ替えることが可能かは研究が必要だが、半分を昆虫粉にするといったことは可能だ。(※1)

     昆虫のメリットは何よりも成長速度と低コストにある。イエバエの場合、産卵から成虫まで10~14日あまり。産卵数も500~1000個と非常に多い。餌は生ごみや動物の排泄物などでいい。昆虫の種類によって成長期間やエサは変わるが、国内で生産可能で生産量もコントロールが可能、人間用でなければ餌に廃棄物が使える。サナギの時に粉末になりに加工しておけば、保存期間も長い。

    ※1「昆虫の飼料利用に関する研究動向と今後の課題」(川﨑淨教 日本畜産学会報92 (3), 265-278, 2021)

    飼料も肥料も昆虫で高品質化

     国内でいち早くイエバエの飼料化に取り組んでいる株式会社ムスカでは、家畜と畑の完全循環を考えている。家畜の糞尿を有機肥料にするには最低でも数カ月が必要で、不十分な発酵のものを肥料として使うと、分解されなかった重金属などの有害物質が野菜や消費者に悪影響を及ぼす。イエバエの幼虫のすごいところは、わずか1週間ほどで排泄物を完全に分解し、肥料に変えてしまうことだ。

     家畜の排せつ物をハエの幼虫に食べさせて肥料に変え、ハエの幼虫は家畜のエサになり、ハエ飼料を食べた家畜の排泄物がハエの幼虫を育てて、というこれは永久機関? そう単純ではないが、食べて、出して、成長して、というサイクルの一部分はそうなる。

    株式会社ムスカの構想では、家畜の糞尿を1週間で肥料に変え、サナギは家畜のエサとなり、その糞尿が…… というサイクルができ上る 画像は「株式会社ムスカ」より引用

     この肥料の出来が素晴らしく良い。匂いもなく、施肥すると化学肥料なんかバカバカしいだろうという成長の良さ。ダイコン、キュウリ、パイナップルなどの作物で実験した結果、イエバエの作った肥料にはほとんどの菌に対して抗菌効果が見られたという。有害な土壌菌が肥料により激減するらしい。そのためなのか、実験的に施肥を行っている農家からは、作物の出来が良くなり、中には収穫量が2倍になった作物もあるそうだ。

    右がイエバエの作った肥料、左が普通の有機肥料で育ったキュウリの根。この差はすごい。画像は「株式会社ムスカ」より引用

     イエバエを魚粉の代わりに利用する実験も進んでいる。イエバエのサナギを粉末にし、魚粉の代わりに加える実験では、50パーセントまで魚粉の代用にしても栄養価は守られることが分かった。そしてここからがすごいのだが、イエバエ飼料には免疫活性化物質(共同研究を行っている愛媛大学によると高分子の酸性多糖)が含まれ、免疫細胞に働きかけて免疫を賦活させる。つまり、病気にならないのだ。だからなのか、魚の食いつきも良く、食べ残しも少なく、魚体が4割も大きくなるという良いこと尽くめなのだ。

    タイ
    イエバエ飼料を加えたエサで、なんと鯛の魚体が4割も大きくなった! これはすごいだろう。
    画像は「株式会社ムスカ」より引用

     この免疫活性物質は蚕など他の昆虫にも見つかっているので、同様の効果が期待される。意外と知られていないが、養殖される魚は飼料に抗生物質を入れている。生け簀の密集飼いでは、1匹が病気になればあっという間に病気が広がるため、普段から抗生物質をエサに混ぜているわけだ。この費用がバカにならない。魚にも良くない。成長が悪くなるし、体色も濁る。おそらく味にも影響しているだろう。

     昆虫飼料はこのエサ問題を一気に解決してしまう。抗生物質が不要とまではいかなくても、削減はできるし、何より魚が健康になる。健康な食べ物はおいしいのだ。

    昆虫を飼料にした日本人が秘めている望みとは?

     イエバエ飼料を地元・宮崎のブランド鳥「みやざき地頭鶏」の養鶏場で使ったところ、なんとニワトリのつつき合いがなくなったという。一般に養鶏場では、ニワトリのつつき合いを防ぐためにくちばしを切る。動物愛護団体は養鶏場がいかにひどい環境にあるか、このくちばし切断の例を挙げるが、イエバエ飼料を食べるニワトリはつつき合いがなくなるため、くちばしを切らずに済むのだ。さらに、ニワトリの性格が穏やかになることで、肉質も上がったという。

     株式会社ムスカはイエバエ専門だが、他にも蚕やミルワーム、ミズアブなどの昆虫が同様の飼料として研究されている。

     また魚、ニワトリ以外に豚に飼料としてミルワームの粉末を与える実験も行われている(※2)。ミルワーム飼料を食べた母豚の母乳を飲んだ子豚では、脾臓由来の免疫細胞が活性化していることもわかった。昆虫食は病気に強い体を作るらしいのだ。養豚でも抗生物質を減らせるかもしれない。

     お茶やイチゴなどでも昆虫肥料の実験は始まっている。また、ミルワームをエサにした養殖マダイの出荷も始まった。愛媛大学が宇和島市の水産会社と取り組んでいたもので、クラウドファンディングによる通販が行われている。

     昆虫にこうした免疫賦活作用があることは、飼料化する研究で、ほぼ初めて判明した。発見された高分子の多糖類には、まだ名前すらない。これはもしかしたら革命的な長寿薬になるかもしれない。もし土壌環境を変えるように腸内環境を変え、最適化する物質だとしたら、全身の免疫細胞を活性化させるのなら、不老長寿につながる薬が生まれるかもしれない。

     豚の乳に免疫賦活成分が含まれるということは、牛に虫を食べさせたら、牛乳にも含まれるだろう。「不老長乳」とか名前を付けたら、高く売れるかもしれない。

     古来、中国では仙薬として冬虫夏草や昆虫が珍重されてきたが、それには理由があったのだ。私たちが見逃していた効果効能が昆虫にはある。

     世界的に先進国の少子化が進んでいるが、もはや少子化が止まることはないだろう。ローマ帝国も爛熟を極め、少子化が進み、退廃ののちにゲルマン人の侵入を許した。今の文明が生き残る道は、大人の若さをいくらかでも引き延ばし、老人に引退させないことだけだ。人口減少を自国民の労働力で補いつつ、新しいサイクルに文明が入るまで持ちこたえるしかない。

    不死の妙薬を求めて航海に出る徐福(歌川国芳画) 画像は「Wikipedia」より引用

     世界最速で超高齢化社会に突入する日本で、昆虫の新しい働きが見つかったことは偶然ではないだろう。かつて、秦の始皇帝に使わされた徐福は、日本で不老不死の仙薬を探した。日本にはそういう宿命にある土地なのだ。

     世界の崩壊を食い止めるのは、この辺境にある島国の研究者たちと小さな虫かもしれない。

    ※2「養豚飼料に昆虫は利用可能か?ー魚粉と昆虫の代替が母豚や哺乳仔豚に及ぼす影響解析ー」(科研費助成事業 香川大学)

    久野友萬(ひさのゆーまん)

    サイエンスライター。1966年生まれ。富山大学理学部卒。企業取材からコラム、科学解説まで、科学をテーマに幅広く扱う。

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