「今度は落とさないでね」の転生怪奇譚をさかのぼると…/朝里樹の都市伝説タイムトリップ

文=朝里樹 絵=本多翔

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    都市伝説には元ネタがあった。お母さん。なあに? 振り返るとそこには……。

    同じ夫婦のもとに転生した子ども

     人は死ぬと生まれ変わる。仏教をはじめ、世界各地に見られる思想だが、現代の都市伝説にもこの転生を扱った話がある。それが「今度は落とさないでね」と呼ばれる話だ。その概要を以下に示そう。

     あるところに美男美女のカップルがいた。ふたりは周囲がうらやむほどに仲がよく、やがて結婚して子どもができた。幸せの絶頂にあるかに思えた夫婦だったが、その幸福は生まれた子どもによって崩壊する。その子どもは男の子だったが、ふたりのどちらにも似ても似つかない顔をしていたのだ。
     周囲の目を気にしたふたりは、子どもをいっさい外に出さず、家の中に閉じ込めて育てた。やがて夫は、これは本当に自分の子どもなのかと妻の不貞を疑い、喧嘩が絶えなくなった。精神的に耐えきれなくなった妻は、子どもが5歳の誕生日に彼を遊園地に連れていった。
     息子は初めて見る景色に大はしゃぎだったが、やがて「おしっこがしたい」といいだした。すると、母親はトイレが混んでいるからと子どもを連れて立ち入り禁止の柵の向こう側に向かった。その先には、海を見下ろす崖があった。母親は子どもにその崖からおしっこをするようにといいつけ、子どもがそれに従って海のほうを向いたとき、その背中を押し、がけ下へと突き落とした。
     子どもの死体が発見されたというニュースはなく、数年が過ぎた。やがて夫婦仲も回復し、ふたりは再び子をもうけたが、その子はふたりに似てとても可愛らしく、前の子とは違い、大切に育てられた。
     そして子どもが5歳になったとき、妻はまたあの遊園地に子どもを連れて遊びにいった。前回とは異なり、子どもを普通に遊ばせて、妻も楽しんでいたが、やがて子どもがおしっこに行きたいといいだした。妻はトイレに向かったが、混んでいてしばらく入れそうにない。仕方なく、子を抱いてまたあの立ち入り禁止の柵の向こう側に向かった。
     そこで子どもが落ちないよう、後ろから支えながら用を足させようとしたが、崖から海を見下ろした子どもがふといった。
    「お母さん」
     それに「なあに?」と聞き返すと、子どもは彼女のほうを振り返った。その顔は、いつか彼女がこの場所で殺したあの子のものに変わっていた。その顔で子どもはにやりと笑い、いった。
    「今度は落とさないでね」

     子どもを殺す場所はフェリーの上であったり、湖に浮かぶ船であったりするが、子は水中に落とされて殺されることが多い。また子どもは男の子ではなく女の子の場合もある。いずれにせよ、殺された子どもは生まれ変わり、かつての子殺しの罪を親に突きつける。

     そして、子に転生することで罪を告発する被害者の話は、現代にのみあるわけではない。この類の話は近世以降、「こんな晩」「六部殺し」などと呼ばれ、数多く伝わっている。そのあらすじは次のようなものだ。

     ある家で旅の六部(座頭)を泊めたが、その六部が金を持っていることに気づいた家の者が欲にかられて六部を殺し、金を奪う。そして六部の金を使って家は栄えるが、その家で生まれた子は言葉を話すことができなかった。しかしある晩、突然「しっこ」というため、父親は驚いたものの、慌てて外に連れ出して小便をさせていると、子どもが突然振り向く。その顔はあの時殺した六部のものになっており、父親を睨みつけていった。
    「お前が俺を殺したのも、こんな晩だったなあ」

    元ネタは中国の古典怪談にあった

     話はここで終わることが多いが、この後家が没落した、父親が頓死した、自分の子が殺した六部だと気づいた父親が子をもう一度殺した、などと続く場合もある。

     この類の怪談は近世の文献に残っているが、さらにその元になっているのは中国の「討債鬼故事」と呼ばれる怪談の一種なのだという。福田素子著『討債転生―討債鬼故事に見る中国の親と子―』によれば、討債鬼故事とは金を奪われたり、借金を踏み倒されたりした者が、加害者の子どもに転生し、親の金を蕩尽させることで奪われた分の金を使わせる、という話で、目的の金額を使わせた後はすぐに死んでしまう。これが日本で語られた最も古い例は平安初期の仏教説話集『日本霊異記』にあるが、近世に入ってから本格的に受容され、「人を殺し金品を奪った者が被害者の生まれ変わりである無気味な子どもに責め苛まれる怖い話」として語られるようになったのだという。

    『日本霊異記』にあるのは「行基大徳、子を携ふる女人の過去の怨を視て、淵に投げしめ、異しき表を示しし縁」というもので、行基が母親を苦しめる子どもの正体を見抜き、その子を淵に投げるように母親に告げる。そして淵に投げ込まれた子どもは水面に浮かび上がり最期に「残念だ。もう3年間、お前から取り立て、食ってやろうと思っていたのに」と語るが、行基はその正体は母親が前世で物を借りて返さなかったため、この世で貸主が子の姿となり、その負債を取り立てていた貸主だったのだと教える、という話だ。

     そして近世に入ると、殺されて金を奪われた者が加害者の子になって生まれ変わるという話が多くなるが、奪われた金を取り立てるという部分は必ずしも語られなくなり、最後に殺人の罪を告発する話が増える。それが「こんな晩」の名前の由来であり、殺されるのは外部から富を運んでくる旅の六部や座頭といった異人となった。

     そして現代、金を奪うという要素もなくなり、自分の子を殺すという罪だけが残った。それが「今度は落とさないでね」という都市伝説だ。国や時代が変わっても討債鬼故事は様々に形を変えながら語り継がれ、転生しつづけているのだ。

    近鉄奈良駅前に立つ行基像。奈良の大仏の建立にもかかわった。

    (月刊ムー 2024年4月号掲載)

    朝里樹

    1990年北海道生まれ。公務員として働くかたわら、在野で都市伝説の収集・研究を行う。

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