ミュオグラフィで大ピラミッドを透視! 未知の空間を発見した!/久野友萬

文=久野友萬

    素粒子のひとつミュー粒子=ミュオンを利用した透過撮影技術によって ピラミッド内部に未知の空洞があることがわかった。あの巨大な石の構造物の内部をレントゲン写真のように透過、撮影することに成功したのだ。

    パート1 素粒子で火山や巨大構造物のレントゲン写真を撮る!

     宇宙から地球へはさまざまな素粒子が雨のように降り注いでいる。そのサイズはあまりにも小さく、分子や原子の間をすり抜ける。あまりにも性質が違うために私たちの世界とは干渉せずに突き抜けていく。そうした素粒子をX線のように利用すれば、私たちが見ることのできない巨大構造物の中身を透視できるのではないか?

     1937年、カール・アンダーソンとセス・ネッダーマイヤーによってミュオンという素粒子が発見された。
     ミュオンは宇宙から降り注ぐ宇宙線が地球の大気とぶつかり、生まれる。
     ミュオグラフィの第一人者である、東京大学地震研究所・高エネルギー素粒子地球物理学研究センター長の田中宏幸氏によると、数百万〜1000万年も昔に超新星爆発が起きたのだそうである。その際に放出された強力な宇宙線が、地球に今この瞬間も降り注いでいる。
    「宇宙線が大気の原子核にぶつかるとパイオンとケイオンという素粒子が生まれ、それがミュオンへと変化します。人間の目には見えませんが、いつも私たちの周りではミュオンが生まれては消えているんです」
     素粒子は自分の持つエネルギーとほかの粒子との関係の中で、生成と変化、消滅を繰り返している。
    「ミュオンのような素粒子がDNAを損傷させ、それがきっかけで進化が起きてきたのかもしれませんね」
     ミュオンも素粒子なので、寿命がある。たったの100万分の2秒だ。そんな寿命の短い粒子を人間が調べて、何をしようというのか。
    「ミュオンが非常に透過性が強いことはすぐにわかりました。ミュオンがどういう性質かを調べるために鉱山の地下坑道を使って、ミュオンが地上から地下へ降り注ぐ間にどのくらい減るのかが調べられていました」

    宇宙線が大気にぶつかり、さまざまな素粒子が生まれるイメージ図。ミュオンも大気と宇宙線が衝突することで生まれる(© SimonSwordy (U. Chicago), NASA)。

    1995年の研究がミュオグラフィの原型

     100万分の2秒では、光速で移動したとしてもミュオンは660メートルしか飛べない。エネルギーが失われ、また別の素粒子に変わってしまうのだ。660メートルしか飛べないミュオンだが、なぜか山のような数キロの物体も透過する。なぜ透過できるのかといえば、相対性理論が働くからだ。光速に近づけば、時間は遅くなる。ミュオンが違う素粒子に変化する時間も延び、その間に数キロを飛ぶことができるのだ。
     医療や非破壊検査で使われているX線は透過力が弱く、1メートルほどの物体までしか透過できない。X線が人体の内側を写しだすように、空から降り注ぐミュオンと感光板の間に測定したい物体を置けば、レントゲン写真のように内部構造が可視化されるはずだ。そして透過力の高いミュオンなら、X線では調べようのなかった巨大物体や山のような自然物の内部構造がわかる。
     1955年、オーストラリアの物理学者E・P・ジョージは水力発電所の調査坑道に放射線探知機のガイガーカウンターを持ち込んだ。ガイガーカウンターを使うと電荷を持つ素粒子の数が数えられる。これで岩盤の厚さを測定しようと考えたのだ。
     ただし、宇宙線は真上からだけ地球に降り注ぐわけではない。銀河系には磁気が渦を巻いており、宇宙線は磁気に沿ってさまざまな軌道をとり、地球は全方位から浴びせられる。そのため、ミュオンも全方位から降り注ぐ(ただし、地球を通過するほどエネルギーが高くないので、地面からは飛んでこない)。
     ガイガーカウンターではどの方角からミュオンが飛んでくるのかが決められなかった。ミュオンの方向が決められないと岩盤の構造はわからないが、地上と坑道内のミュオンの数を比較すれば、岩盤の密度がわかり、どのくらいの厚さかはおおよそ見当がついた。
     これにより、E・P・ジョージの研究がミュオグラフィの原型となったのだ。

    ミュオグラフィの原理。物体を透過したミュオンの検出数の濃淡を画像化することで、内部のレントゲン写真を撮ることができる。
    東京大学地震研究所附属高エネルギー素粒子地球物理学研究センター・高エネルギー素粒子地球物理学教授の田中宏幸氏。
    E・P・ジョージは地上と坑道内のミュオンの量の違いから、岩盤の密度を割り出した。

    パート2 ミュオグラフィでピラミッドを透視する!

     次にミュオンを使った内部構造の調査が行われたのは、なんとピラミッドだ。
    「1968年にルイス・アルバレスがクフ王の息子のカフラー王のピラミッドの中を調べようとしました」 

    ミュオンを利用してピラミッドの内部を調査したルイス・アルバレス。ノーベル賞物理学者。アルバレス加速器という粒子加速器を発明したり、実子のウォルター・アルバレスとともに恐竜の絶滅は小惑星が地球と衝突したことによる寒冷化が原因だというアルバレス仮説を提唱した。

     エジプトにあるギザの大ピラミッドは3つ並んでおり、スフィンクス像に番をさせている中央のピラミッドがカフラー王のピラミッドとされる。クフ王のピラミッドは複雑な坑道で玄室が結ばれているが、カフラー王のピラミッドは、なぜか玄室がひとつ見つかっただけで、クフ王のピラミッドのような複雑な内部構造は見つかっていない。
     未発見の坑道があるのではないかとアルバレスは考え、飛び込んでくるミュオンの数と方向を記録するスパークチェンバーという装置をカフラー王の玄室に設置した。残念ながら新たな玄室や坑道は発見されず、ないことが検証される結果となった。
    「私が研究を始めた90年代には、ミュオンを使った可視化技術=イメージングを研究している人はほとんどいませんでした。今でこそコンピューターが小型化して野外で高速な演算もできるようになりましたし、測定装置も小型化しましたが、昔はそういうわけにはいきませんでした。アルバレスがピラミッドに持ち込んだ機材は全部で11トンもあったそうです」

    アルバレスがカフラー王のピラミッドに持ち込んだ膨大な機材。総重量は11トンにも及んだ。 

     装置が巨大すぎて、山の内部構造を詳しく調べたいと思っても、山の頂上から麓までを細かく測定しながら計測器を下ろすことは不可能。何キロも離れた麓で調べるしかなく、そうなると測定装置としての魅力に甚だしく欠けてしまう。
    「原子核乾板検出器という素粒子物理学の黎明期に活躍した古いタイプの検出器があります。昔から使われていたのですが、当時はミュオンがぶつかったかどうかを顕微鏡で確認していました。何万というミュオンがぶつかってできる像を解析する技術がまだなく、イメージングできなかったんです。
     名古屋大学で OPERA(Oscillation Project with Emulsion-tRacking Apparatus、写真乳剤飛跡検出装置によるニュートリノ振動検証プロジェクト)がスタートし、大量の乾板を読み取る必要に迫られました」
     ニュートリノの挙動を原子核乾板検出器で撮影、イメージングするために名古屋大学では自動乾板読み取り装置を開発した。この装置を使えば、ミュオグラフィの利便性がもっと上がると考えた田中氏は浅間山のミュオグラフィ撮影を行うことにした。
    「乾板なら山頂まで持ち込めますし、電気もいらない。狙った方向から飛んでくるミュオンだけをトラッキングして撮影できる。この原子核乾板検出器を使って、浅間山の内部を撮影することに成功しました」
     この成果に世界が注目した。とっくに見限られていたミュオグラフィが、このとき、田中氏の手で息を吹き返したのだ。これを機にミュオグラフィはデジタル画像として撮影できる技術へと大きく進化を始める。
     田中氏らの尽力で現代に甦ったミュオグラフィ技術。その意味が世界に伝わるにつれ、世界中でさまざまなプロジェクトが立ち上がりはじめた。その最たるものがスキャンピラミッドプロジェクト、かつてルイス・アルバレスが挑戦したピラミッド内部の透過を最新のミュオグラフィ技術で行おうというものだ。

     数々の謎に満ちたギザのピラミッド、その中でも複雑な構造を持つクフ王の大ピラミッドは作られて4500年以上たった今も謎に満ちている。
     エジプト考古学の権威である吉村作治氏は、90年代にピラミッドの内部と地下の構造を調べるため、民間企業と電磁波利用の地中レーダー機を開発、電磁波、磁気、重力を使ってクフ王の大ピラミッドとスフィンクス像の調査を行った。その結果、95年にギザの大ピラミッド周辺にあるとされていた第2の太陽の船(エジプトの死生観であの世への旅に2隻の船を用意したとされる)が埋まっている竪坑を発見、またピラミッド内部に部屋らしき空洞があることを発見した。
     ピラミッドに使われている石材は電磁波を通しやすく、地中レーダーでもある程度まで内部構造を調べることができたが、不十分なものだった。
     ミュオグラフィなら電磁波よりも鮮明に内部構造をイメージング可能である。
     2015年10月25日、カイロ大学工学部、ケベック大学、フランス原子力・代替エネルギー庁、日本からは名古屋大学と高エネルギー加速器研究機構が中心となって、エジプト、フランス、カナダ、日本の国際プロジェクト『ScanPyramids(スキャンピラミッド)』がスタートした。ミュオグラフィ、赤外線サーモグラフィー、写真測量、スキャナーなど、現在ある最新のイメージング技術を駆使して、大ピラミッドを丸裸にしてしまおうというのだ。

    アルバレスらがイメージしたピラミッドの撮影方法。平面で撮影した(左)ミュオンの分布を球面に補正し、立体に直した(右)。
    アルバレスらが撮影したカフラー王のピラミッドには地下通路しかなく、部屋も通路も見つかっていない。

     調査対象となるピラミッドはギザの3つのピラミッドのうち、大ピラミッドと呼ばれるクフ王のピラミッドと息子のカフラー王のピラミッド、ダハシュール遺跡群にあるベントとレッドと名づけられたピラミッドだ。
     中でも大ピラミッドには、吉村氏が発見しかけていた(明確な証拠が出なかった)隠し部屋があるとされ、もし見つかればピラミッドの謎の解明につながるかもしれない。いまだにピラミッドが王の墓なのか、王の復活のための場所(吉村氏の説である)なのか、天体観測所なのか、もっと別の目的があるのか、それさえもわからないのだ。

    火山内部の撮影は、火山を横方向から通過してきたミュオンの方向と数を測定する(©2014 田中宏幸)。
    スキャンピラミッドプロジェクトの概念図。火山の撮影と同じく、ピラミッド外部からミュオンを捉える場合はこの図のようになる(© CEA)。
    ミュオグラフィによるクフ王の大ピラミッドの外部からの撮影風景(© CEA)。

    ピラミッドの謎解きに日本の技術が立ち向かう

     クフ王のピラミッドにはいくつかの部屋と通路が見つかっている。中央上部にある王の間と下部にある女王の間、さらにピラミッドの地下に作られた地下の間、入り口から王の間につながるグランドギャラリー=大回廊といくつかの通路である。
     ピラミッドが墓所ではなく、別の目的で作られたのではないかと考えられているのは、王の間からも女王の間からもどこからも、棺や財宝など何も見つかっていないからだ。王の間には作る途中にしか見えない、中途半端な石棺が残されているが、ほかには何もない。大ピラミッドが墓所だとするなら、ほかに比べてきわめて装飾性が低い。
     しかも作られた当時、ピラミッドの表面は白い大理石で覆われ、頂上には金色の飾り岩が置かれていたという。大ピラミッドは高さ139メートルもある。50階建てのビルに等しい高さの純白の四角錐! そんな外観の巨大建造物の内部に装飾が見当たらないのはどういうことなのか。今、見つかっている通路や部屋は盗掘を防ぐためのダミーで、本当の玄室は別にある? あるいは一部でいわれる、ナイル川を行き来する船舶のための灯台(そのために大理石で表面を覆い、陽光を反射させたと推測される)というのがピラミッドの本当の姿なのか?
     ピラミッドという巨大な用途不明の建造物を透視したミュオグラフィは名古屋大学の森島邦博氏らが行った。
     ピラミッドに持ち込んだのは原子核乾板を使ったポータブルなミュオグラフィである。原子核乾板は厚さ約0・3ミリメートル(300マイクロメートル)のごく薄いフィルム状をしており、プラスチックの表裏に乳化剤が塗られている。大判の写真フィルムのようなものだ。乳化剤には臭化銀結晶が混ぜられており、昔ながらの銀板写真である。
     ミュオンが原子核乾板にぶつかると、臭化銀の結晶に潜像という銀原子が集まった状態を作るため、現像すると1マイクロメートル程度の大きさの銀粒子が写しだされる。顕微鏡で見なければ見えない小さな点だが、乳化剤上にこの銀粒子の点が立体的に並ぶので、ミュオンの入射角や経路がわかる。
     これを測定したい対象に向けて置いておくだけで、ミュオンに感光し、ミュオンの量の濃淡や方角がわかる。電源もいらない。昔の何トンもある装置は不要で、現場には原子核乾板を持っていくだけでいいわけだ。
     しかし田中氏がいうように、撮影しても、写しだされるミュオンの軌跡の数は膨大で、とても人間が数えられるものではない。スキャンピラミッドでは大ピラミッドの中央部にある女王の間に原子核乾板をセッティングしたが、測定されたミュオンの数は1100万本だという。とても人間が処理できる量ではない。
     この膨大なミュオンの読み取りを高速で行えるのが、名古屋大学の中村光廣氏らが開発した高速読み取り顕微鏡装置(Track Selector)だ。これを使えば、従来の100倍高速でデジタルデータ化できる。

    大ピラミッドの断面図。原子核乾板は女王の間に設置された。薄いグレーの部分が観測範囲。

    大回廊の上部に巨大な空間を発見!

     2017年10月13日、スキャンピラミッドチームはピラミッドの北側にあるグランドギャラリーの上部10〜15メートル上に最低40メートルに及ぶ大きな空間=大ボイドがあることをプレスリリースした。
     ピラミッド内部に何もない空間があれば、その部分はほかのブロックに覆われた部分よりも通過するミュオン量が多くなる。女王の間でのミュオグラフィではミュオン量が明らかに多いエリアがあり、シミュレーションの結果、測定ミスでそのようなことが起きる確率は1000万分の1以下となった。グランドギャラリーの直上に未知の巨大な空洞が確かにあるのだ。

    スキャンピラミッドプロジェクトで内部調査が行われた大ピラミッド北壁(©Scan Pyramid mission)
    原子核乾板の高速読み取り顕微鏡装置。
    原子核乾板の原理。乳化剤を塗ったプラスチック板をミュオンが通過すると軌跡が残る。

     現在、おおざっぱなサイズと位置はわかったものの、それが小さな空間が集まったものなのか、ひと続きになった巨大な空間なのかはわかっていない。
     ピラミッドの北面にある入り口は中心線(ピラミッドの頂点から底辺に下ろした二分線)に対して東に約7・2メートルずれている。内部構造も東寄りで、西側が故意に空けられている。
     そのため、考古学者の中には、西側にまだ知られていない玄室があると考える人もいる。大ピラミッドがクフ王の墓所であるなら、棺の納められた部屋がなくてはならないが、いまだに見つかっていないからだ。そうであるなら今回の発見は、大ボイドの正体が未発見の玄室である可能性が出てくる。
     もしかしたら大ボイドはもうひとつのグランドギャラリーであり(高さも全長もかなり近い)、その先に未発見のクフ王の棺が眠っているかもしれない。
     しかし、そうではない可能性もある。グランドギャラリーが二重構造で、大ボイドはすでに見つかっている王の間につながる通路(作業用と考えられる)かもしれない。
     ピラミッドがどのように作られたのか、いまだに確定していないが、ピラミッド内部にグランドギャラリーや玄室のような構造を作る場合、加工したブロックを組み上げつつも、状況に応じて加工が必要だったのではないか。またブロックとブロックの隙間を埋めるモルタルのような充填剤が大量に必要だ。そう考えると作業通路に充填剤などをまとめて置いておき、作業が終わった後、大きな空間がそこにそのまま残った可能性もある(すでにそうした通路も見つかっている)。
     また、もっと夢のない話ではあるが、設計ミスで余分な通路ができてしまったという考古学者もいて、この空洞の正体についてはいまだに考古学学界は喧々諤々けんけんがくがくなのである。

    女王の間に設置されたシンチレーター(宇宙線検出器)(© Scan Pyramid mission)。

    玄室か、ただの隙間か? ピラミッドの透視は続く

     2018年、東日本国際大学の学長を務める吉村作治氏は日本版スキャンピラミッドプロジェクト、『大ピラミッド探査プロジェクト』をスタートさせた。スキャンプロジェクトの成果を別角度から検証するものだ。
     実は、エジプト政府は発見された大ボイドについて否定的なのだ。スキャンピラミッドプロジェクトチームでは発見した大ボイドを隠し部屋か回廊なのではないかと考えているが、エジプト側はブロックとブロックの隙間が重なって、大きな空洞に見えているだけではないかと主張、真っ向から対立している。ミュオグラフィでの結果をすぐに学会誌に発表したこともエジプト側の反感を生んだ。

    クフ王のピラミッドで見つかった巨大空間(グランドギャラリーの上部の黒っぽい部分)。

     そこで第三者でエジプト考古学の権威であり、かつ過去に地中レーダー等でのピラミッドのスキャニングを行った吉村氏に、エジプトから再調査依頼が来たのだという。吉村氏のライフワークである第2の太陽の船の発掘から復元を行うプロジェクトと大エジプト博物館への太陽の船の移送などが重なり、さらにコロナによってエジプトへの入出国ができなくなったこともあって、プロジェクトは大ボイドの正体を見極めるところまでは進んでいない。
     吉村氏はクフ王の墓がピラミッドの外にあると考えており、そちらの調査も難航しているようだ。なお、大ピラミッド探査プロジェクトでのミュオグラフィ探査は、九州大学の金政浩准教授が中心となって進めている。田中氏によれば、ピラミッドの正体を暴くには、まだデータが足りないのだそうだ。
    「これまで女王の間と呼ばれる部屋の中の2か所しかミュオグラフィで調べていないんです。王の間に続くグランドギャラリーの上に見つかった大ボイドは、構造が低密度であって玄室があるかどうかはわからないんです」
     ピラミッドを作るブロックが壊れて隙間ができていれば、同様の結果になる。
    「メキシコのピラミッドがそうなんです。メキシコのテオティワカンを測定した結果、南側の斜面に旅客機ほどもある低密度エリアが見つかっています。分析した結果、南側なので日光に長年さらされていたため、ほかの部分よりブロックがボロボロになっていて、中が崩れているようなのです」
     大ピラミッドに見つかった大ボイドも、外からは見えていない内部崩壊の可能性があるわけだ。
    「AIのディープラーニングを使って、観測された原子核乾板の画像を大量に読み込ませ、空洞の状況を再構築できる技術ができています。今後、この技術を使ってグランドギャラリーの下から3か所ほどでミュオグラフィでの観測を行えば、この場所に80パーセントの確率で空洞があるといった精緻なイメージングが可能になります」
     そこが玄室か、ただ崩れただけの隙間なのかは、実際に観察しないと確認できない。世界遺産になっているピラミッドに大きな穴を開けることはできないが、正確な内部地図ができれば、ピンポイントで数センチの小さな穴を開けて、ファイバースコープで内部を観察することもやりやすくなる。
     スキャンピラミッドで行われたピラミッドの透過イメージングは、ピラミッド調査のまだ始まりにしか過ぎない。

    巨大空間の3Dモデリング(©ScanPyramidmission)。

    パート3 宇宙にまで広がるミュオグラフィの応用

     現在、田中氏らはアクアラインのトンネルにミュオグラフィを設置し、東京湾のイメージングを行おうとしている。
    「アクアラインのトンネルを丸ごとミュオグラフィのセンサーにして、東京湾を透視する。これで何がわかるか? 海の中は見えるようでまったく見えていません。GPSのような電波も水中では使えません。現在は音の反響でしか海中の様子がわからないのです」
     潜水艦が音響センサーを使って海中を探る、アレだ。音しか使えないのに、海中の水は音を反射しない。だから海流や潮汐のような海水の動きが海の中でどうなっているのか、わかっているようでわかっていないのだ。

     ミュオグラフィを使うことで、こうした海の中の情報を視覚化することができる。
    「もうひとつは東京湾の海底に巨大な天然ガス田があるといわれています。千葉県に南関東ガス田があり、約1000億立方メートル、現在の日本の使用量で600年分の埋蔵量があります。地上にも田んぼからガスが噴出していたりするので、地上部分の調査は進んでいます」

    関東地方南部に分布するガス田(天然ガス鉱業会の資料をもとに作図)。千葉県の沖合から東京湾に広がる南関東ガス田はいまだ手つかずの国産エネルギー資源だ。

     問題は東京湾の海底だ。東京湾は世界屈指の交通量を誇る海で、膨大な数の船舶が行き来している。その中で大規模な海底調査をするのは大変難しい。
    「ディズニーランドの沖でガスが出ている部分があり、考えられていたよりも浅い場所(=掘削しやすい場所)にガスが溜まっているんじゃないかと予想されているんです」
     天然ガスに含まれるメタンは二酸化炭素の25倍も温暖化を引き起こすが、それが東京湾から大気中に排出されている。メタンの挙動を調べれば、温暖化対策やガス田の利用に目算が立つ。

    2021年、田中氏ら東京大学国際ミュオグラフィ連携研究機構はアクアラインが東京湾の海面下に入る部分に約45メートルにわたってミュオグラフィを設置した(© 2021 Hiroyuki Tanaka/Muographix)。
    アクアラインには100を超えるミュオグラフィセンサーモジュールが設置され、データ収集センター(右の箱型装置)に集約され、その後に可視化される(©2021Hiroyuki Tanaka/Muographix)。

    ミュオグラフィで火星を丸裸に!

     田中氏の当面の目標のひとつに、宇宙探査でのミュオグラフィの利用がある。たとえば火星探査用のローバーにミュオグラフィを積めば、火星の山の内部が透過できる。火星に火山があるのかないのかが判別できるわけだ。

    ローバーを使った火星でのミュオグラフィ探査のイメージ図(© S. Kedar et al.2013)。
    検出器をローバーに搭載し、実地テストも行われた(出典=東京大学大学院工学系研究科)。

    「火星に活火山があるかないかを調べたい。そのために火星探査衛星にミュオグラフィ機器を積んでもらおうと申し込んではいるんですが、なかなか採用されない。ミュオグラフィ装置は宇宙に行ったことがないので、信用性が問題だというんです」
     原子核乾板を載せるわけにはいかないため、田中氏らは宇宙専用の超小型ミュオグラフィ装置を開発している。サイズ的な問題はないが、地球環境とは大きく違う、薄い大気と極低温、放射線の世界でミュオグラフィ装置のような精密機器が動くのかに不安はある。
     ところが、2026年に打ち上げ予定の火星探査計画では、搭載する貨物の規定が宇宙での運用実績がない実験装置でも貨物として積んでいいという方向に変わってきているという。そうなれば、ミュオグラフィで火星の内部構造をイメージングすることも夢ではない。
    「月という話もあるんですが、月には大気がないのでミュオンが発生しない。岩盤に宇宙線がぶつかるとメソンが発生し、周囲の物質と反応してミュオンへ、ニュートリノへと変化し消滅します。この時間がものすごく短く、地球上で測定する場合の4000分の1のエネルギーのミュオンが透過する距離しか飛びません。そのため地球ではキロ単位のものを透過できますが、月では数十メートルしか見られないので見たいものがない。月ではミュオグラフィを使う意味がないんです」

     月はミュオグラフィに向かないが、同じ大気のない対象物でも小惑星なら別だ。
    「数十メートルしか透過できなくても、小惑星ならサイズが数十〜数百メートルのものが多いので、調べられます。小惑星はさまざまなレアメタルを含んでいると考えられています。核が金属かどうかがポイントで、核が水や氷のものもある。それを判別する」
     東京湾のガス田のみならず、宇宙の資源探査でもミュオグラフィが活躍するのだ。ワクワクするではないか。

    ローバーへの搭載のために作られた、組み立て前の超小型ミュオン検出器。光電子増倍管とシンチレーターからなる(出典=東京大学大学院工学系研究科)

    原子炉内部の透視もミッションに

     ほかにもミュオグラフィの応用範囲は広い。今、海外が注目しているのが核廃棄物だ。
    「イギリスなど、戦後すぐから原発を利用してきた国では過去、放射性廃棄物の扱いが雑だった時期があります。放射性物質の危険性がまだ浸透していなかったんですね。放射性廃棄物がドラム缶に詰められて水の中に貯蔵されているのですが、それが安全かどうかまったくわかっていないのが現状なのだそうです」
     近づくこともできないので、ミュオグラフィで状態を調べようというわけだ。国内では福島第一原発の原子炉内部の様子を調査したり、溶鉱炉内部のスキャニングが行われている。原発はほかに手段がないから当然として、溶鉱炉も稼働中に内部の耐熱レンガの消耗状態を調査できるメリットがある。
     福島第一原発の原子炉の場合、内部のウラン燃料の位置を確定することが目下のミッションだが、建屋にはさまざまな部材が落下しており、ウランだけのデータを取りだすのが難しい。どのようにして原発周囲に縦孔を掘り、落下したウランより低い位置にミュオグラフィを設置するかが課題である。
     ピラミッドから宇宙探査、核廃棄物問題まで、今まで見えなかったものがミュオグラフィによって可視化されていく。田中氏らは写真家をフォトグラファーと呼ぶように、ミュオグラフィの研究者をミュオグラファーと名づけ、国際会議『ミュオグラファーズ』を開催、世界の研究者たちと交流しながら、新たな技術開発に取り組んでいる。
     日本発の技術が世界の見え方を変えていく。

    久野友萬(ひさのゆーまん)

    サイエンスライター。1966年生まれ。富山大学理学部卒。企業取材からコラム、科学解説まで、科学をテーマに幅広く扱う。

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