地球平面説を信奉するフラットアーサーズたちの熱い視線/宇佐和通

文=宇佐和通

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    地球は球体で太陽のまわりを公転している……。わけではない!? アメリカ樹陰議員選挙の候補者すら主張する「地球平面説」は、ガチなのかネタなのか。2021年におけるその本音を解説する。

    Qアノン信奉者にしてフラットアーサー

     本来ならば例年通りのきれいな形で2020年11月に決着していたはずのアメリカ大統領選挙。終わってみれば年明けどころか法的手続きの締め切りギリギリのタイミングでバイデン新大統領がホワイトハウス入りするという前代未聞の結末となった。
     史上最悪の泥仕合と形容されることが多かった大統領選挙と同時に、全米50州の上下院両院議員を決める連邦議会選挙も行われていた。アメリカ国内のメディアは主流派からインディ系まで、かつてなかったほどの集中力で連邦議会選挙の結果に注目していた。大統領選挙の開票状態、そして開票後十分にありえるシナリオのひとつである裁判の行方によっては、上院の勢力図がそのまま新大統領決定の最終的な要因になる可能性もあったからだ。

     そんな連邦議会選挙の候補に、予備選の段階からひときわ注目を集める女性がいた。デラウェア州の共和党上院議員候補ローレン・ウィツキーだ。選挙戦序盤からトランプ大統領への熱烈な支持を表明し、Qアノン信奉者であることを前面に押し出していた。 
     そして彼女には、もう一つの顔があった。フラットアーサー=地球平面説支持者であることを公言していたのだ。1988年生まれでゴリゴリのトランプ支持派、Qアノン信奉者で、しかも地球平面説支持者。かなりカラフルなプロフィールだ。最終的に民主党候補に負けて議席獲得には至らなかったが、2020年のアメリカ社会で地球平面説という考え方がいまだに根強く残っており、それを信じていることを公の場で明らかにする女性候補が上院議員選挙で善戦したことにより、時として陰謀論にカテゴライズされることもある考え方に改めてスポットライトが当たることになった。

    https://www.chicagotribune.com/election-2020/ct-lauren-witzke-delaware-qanon-flat-earth-20200917-w6xeptfn65bqrj4tzv75oygnoa-story.html

     プロフィールだけを見れば、ウィツキー候補はかなりのトンデモ寄りに感じられる。だからこそと言うのが正しいだろうか。Qアノンを含むトランプ支持層との親和性はかなり高かった。2020年ならではのこうした背景があって、ファーストステートというニックネームで呼ばれる伝統あるデラウェア州の共和党上院議員候補となることができたのだろう。

     理不尽な現職大統領にかろうじて競り勝った新大統領が就任した現代のアメリカでは、はちゃめちゃで理不尽な考え方を受け容れる土壌があり、はちゃめちゃで理不尽な自分をさらけ出すことが許され、時としてはそういう姿勢がポジティブに映るので、政治の世界では支持される資質の理由のひとつとなりえる。今ならではの時代精神をわかりやすい形で体現しているのが、この原稿で詳しく見ていく「地球平面説」なのかもしれない。

    「地球球体説」のほうが陰謀である

     地球平面説とは、文字通り地球全体が広大な平面であるとする考え方だ。この説を信じて疑わない人たちは「フラットアーサー・ソサエティ」という組織を通して“布教活動”を行っている。

     そんなきわめて特殊な思想が今になって再浮上している理由は何か。
     地球平面説の出発点は、あっけないほどシンプルだ。自分の生活圏にある地球の一部はすべて平らに見え、平らに感じられる。だから、自分たちの“皮膚感覚”に反する要素はすべて排除して考える。NASAが撮影した球形の地球の写真は偽物だ。地球が球体であるわけはないし、そこには数多くの政府機関が主導する“球形地球陰謀論”が介在しているに違いない。

     フラットアーサーのあり方、そして主張をざっくりまとめると以下のようになる。

     フラットアーサーたちは、地球が球体であることを示す科学的物証に反論するというより、一切無視する姿勢を保ちながら「地球の形状は円盤状で、北極圏が中心部に位置し、円盤の外縁部は高さ46メートルの氷の壁である南極が取り囲んでいる」という基本的な世界観にすべての事象を当てはめて考えようとする。
     NASAには南極の壁を守るために設置された専門の部署があり、何も知らない人がうっかり壁を登って外側に落ちないよう目を光らせている。地球の昼と夜のサイクルは、直径51キロの球体である太陽と月が地上4828キロ上空で円を描くように移動しながら繰り返される。星の移動線は、それより160キロ上にある。24時間のサイクルの中で太陽や月、そして星の光がさまざまな地域に届く。
     主流派科学でいう重力は錯覚に過ぎない。下に向かって落ちるものが加速することなどない。真実はまったく逆で、上に向かって加速する“ダーク・エネルギー”という力が働いている。
     円盤状である地球の地下については、今のところはっきりとはわかっていない。しかし大多数の地球平面説信者は、岩だけで満たされていると考えているようだ。
     もう一度記しておくが、主流派科学で事実となっている“地球球体説”は陰謀論にほかならない。

    地球平面説を”信じる”熱意

     2017年には、こんな出来事もあった。

     アメリカのB.o.Bというラッパーが衛星を打ち上げる資金調達のためクラウドファンディングを立ち上げた。衛星を打ち上げて何をするのか。B.o.Bは地球平面説の熱烈な信奉者で、宇宙から見た地球が球体ではないことを証明したかったのだ。人々に誤った事実ばかり押し付けるNASAの衛星などとても信じられない。自分の手で打ち上げる衛星が送ってくる何のバイアスもかかっていない画像こそが真実だということだったのだろう。
    「ゴーファンドミー」というクラウドファンディングのサイトには、最終的に100万ドルが集まった。この金額にも、現代の地球平面説に対する支持率が表れていると言えないだろうか。

    https://www.bbc.com/news/blogs-trending-41399164

     この一件は主流派科学界でも大きな話題となった。
     ただ主流派の科学者たちは、今になって地球平面説が勢いを増している真の理由がわからず、困惑しているというのが事実のようだ。そして困惑と同時に、脅威を感じる人も少なくない。B.o.Bのクラウドファンディングをきっかけに、地球平面説に対して真面目に反論を行ったほうがよいと考える人の数も増えてきているのが事実だ。ここ数年で地球平面説のアピール力が高まり、レスポンスが良くなり続けていることは明らかだからだ。

     地球平面説のアピールを支えているのは、いわゆる陰謀論を信じる人々にほかならない。
     ボストン大学の哲学科教授で科学否定現象を専門的に研究しているリー・マッキンタイヤ氏、そしてテキサステック大学の心理学者アシュリー・ランドラム教授は、2018年にコロラド州デンバーで行われた国際地球平面説会議に参加した。そこでの、言いようのない熱気に包まれた会場で二人が強く感じたのは、参加者たちの“本気度”だったという。直接話を聞いた90人に共通していたのは、揺るぎない信念だ。家族や友人に対しても臆することなく「地球は平面である」と宣言し、NASAの捏造をはじめとする宇宙に関する嘘の数々、そして聖書にも記されている「地球が平面である証拠」について熱っぽく語っていたという。
     主流派科学としても地球平面説の増殖をただ見ているわけにはいかない。誤った事実が広がることを止めるのも、自分たちが担う重要な役割の一つであるからだ。

     主流派科学から地球平面説を俯瞰すると、こんな感じになるだろうか。

    皮膚感覚の違いを議論で埋められるのか?

     すべては(意図的な)誤解から始まっているので、確信犯的に地球平面説を信奉する人たちの論点は、客観的にすぐ反駁することができる。物理学の知識がまったくないとしても、ほとんどの人は地球が球体であることの証拠はコモンセンスとして持ち合わせているはずだ。
     おそらく、主流派科学の立場も「そんなバカな」という皮膚感覚で表現できるものだろう。

     これまでは真正面から批判することさえ時間の無駄に感じられたかもしれないが、地球平面説がここまで勢力を伸ばしてきた背景には、人々の意識に何らかの誤作動的要因が生まれているに違いない。主流派科学としては、まずそうした要因が生まれたメカニズムを明らかにしていくことが重要だ。

     ただし批判する当事者としても、このプロセスに取りかかる前の段階で戸惑いめいた感情がぬぐい切れていないのではないだろうか。子どもでも笑い出すようなことを本気で信じている人たちとどのように議論を重ねていけばよいのか? 今の主流派科学と地球平面説信奉者の関係は、まだ対決機軸にもなっていない。
     こう言おう。それぞれがごく当たり前の皮膚感覚をスタート地点としているので、交わりどころがまったくない状態なのだ。

     地球平面説の歴史は古い。古代ギリシャの哲学者アリストテレスも地球は平面だと信じていたが、エジプトを訪れた時、夜空の星座の配置がギリシャとは全く異なっていることを目の当たりにして考えを改めたと伝えられている。その後エラトステネスが地球の外周距離を史上初めて計算し、その知識を受け継いだイスラム教系の知識層がさらにエビデンスを積み重ね、やがて大航海時代の到来と共に、実践的な航海術を礎として地球が球体であることがコンセンサスとなった。
     地球平面説陣営にとっては、反駁の歴史が長く続いたわけだ。
     現代の地球平面説は、1800年代に再浮上した考え方を礎としている。時代を席巻していた科学至上主義に対する勢力として生まれた聖書根本主義の一部というニュアンスが始まりだった。もっとも有名なビリーバーはサミュエル・ロボサムという人物で、前述した円盤状の地球という概念も彼が広めたものだ。

    画像1
    オーランド・ファーガソンによる地球平面説に基づいた地図(1893年)。

     前で少し触れた国際地球平面研究協会は、サミュエル・シェントンというイギリス人男性によって1956年に設立された。変わり者が作った変わり者の集まり。最初の受け取られ方は、その程度だったはずだ。それほど影響力がある組織とも思えなかった。しかし2000年代に入って誰もがインターネットに触れることができる時代が来ると、状況が一変する。少なくともアメリカでは、地球平面説がポップカルチャーにおいて一大トレンド化した。フォーラムがいくつもできて、その勢いのまま2009年10月に地球平面会議の年次会の第1回目が開催されている。ちなみに日本でも、2020年の秋にメジャーなイベントが行われた。

    https://www.tfes.org/

     ただ、地球平面説の枠組みに絶対的なコンセンサスが存在するかといえば、決してそうではない。
     地球の外縁部は氷の壁で囲まれているという説があれば、巨大なドームに覆われているような状態なので、大気も海水もすべてドームに内包されているという説もある。前述の通り、太陽や月をはじめとする他の天体との距離や位置関係に関する解釈もさまざまだ。細かく見ていくとバラバラの状態なのだが、 “地球は平面である”というシンプルで揺るぎのない信念によってすべてがひとつにまとまっている。

     地球平面説に含まれるひとつひとつの理論モデルを論破していくことはともかく、”揺るぎのない信念”という、“科学的な手続き以前”の熱のようなものは、科学的理論で対抗できるものではない。

    画像2
    南極を円盤状の地球を取り囲む氷の壁として描いた図(1980年)。

    原理主義思想と地球平面説のハーモニー

     地球平面説が支持されるトレンドはアメリカ以外の西側先進国でも、ヨーロッパでも広がっている。こうした現状を憂慮した一部の科学者が、小・中・高の教員向けに物理学と地球平面説を対比させる内容の小冊子を作って配布しているという事実は、主流派科学の憂慮を端的に物語るものといえないだろうか。

     こんな数字も公表されている。
     福音派のキリスト教会機構が勢力を強めているという社会的背景があるブラジルでは人口の7%、つまり1100万人が地球は平面であると信じている。福音派というのは、地球平面説の信奉者が拠り所にしている聖書根本主義、あるいはキリスト教原理主義とも言える思想とコンパティビリティが高い。

     太陽を中心とした宇宙観よりも、平面の地上を基盤とする地球平面説は、『旧約聖書』の創造論とも相性がいい。啓典のひとつに『旧約聖書』を含むイスラム教諸国でも地球平面説が静かに広がっているという話もある。これは驚くべき事実ではないだろうか。宗教の差なく共通しているのは、原理主義がもたらすインパクトだ。
     そして、この種の原理主義は宗教だけに限らない。地球平面説はID理論やAI、トランスヒューマニズムといった実に今日的な要素とも結びつきやすいように思える。

    過激なフェイクニュースが歓迎されるネット世論

     地球平面説には、1800年代以来最大のチャンスが到来しているのかもしれない。フェイクニュース的なものは、内容が過激であればそれだけアピールする。
     もちろん、地球平面説だけが突出して危険であると言っているわけではない。しかし他のさまざまな陰謀論やフェイクニュースが意図的に融合される時に生まれる、これまでの時代では考えられないような影響ーーたとえばトランスヒューマニズムとAIとID理論をすべてつなげて生まれる新陰謀論ーーに対する懸念をあらわにする声は日々大きくなってきている。
     誰も止められないまま、どんな内容の情報や知識もインターネット経由であっという間に世界中を駆け巡る。主流派科学が本当に恐れているのは、こういう状況なのではないだろうか。

     コロナ禍の今、これまで当たり前だったことが通用しなくなりつつある。そういう傾向に地球平面説を無理やり当てはめようとは思わない。しかし、これまで当たり前だった価値観や習慣が次々と破壊されていく状況の中、突飛で過激なものが受け入れられやすくなっているのではないだろうか。
     以前に比べて抵抗が少ないと言ったほうがいいだろうか。トランスヒューマニズムという思想は、少なくともアメリカでは受け入れられやすくなっている。先の大統領選挙では、志を共にする人々がトランスヒューマニズム党という政党を結党して独自候補を擁立した。
     こうした状態が続いていけば、2024年のアメリカ大統領選挙ではフラットアーサー党の大統領候補が善戦するかもしれない。そんな場面も想像してしまうのだ。

    宇佐和通

    翻訳家、作家、都市伝説研究家。海外情報に通じ、並木伸一郎氏のバディとしてロズウェルをはじめ現地取材にも参加している。

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