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合法的な臓器移植が行われている場で、「売ります」というメッセージを見かけるとは、どういうことだろうか。中東の専門家が抱いた違和感とは。
「六神丸」は、日本で現在でも数社が製造している家庭薬である。
「六神丸」を開発したのは中国・蘇州の雷允上(らいいんじょう 1696-1779)であった。蘇州には今でも、「雷允上」の看板を掲げる「六神丸」の総本舗がある。

雷允上による元祖「六神丸」の処方は、秘伝とされている。戦前、日本の商人が「仁丹」の処方と「六神丸」の処方を交換しようと持ちかけたが、雷家は拒絶したと伝わる。
2008年、「六神丸」製法は、中国の「国家級無形文化遺産」に指定された。「六神丸」1粒の直径は0.8ミリ、1000粒で3.125グラムしかない。成分は一部判明していて、「雄黄」(砒素化合物)・「辰砂」(水銀化合物)・「蟾酥」(がまの油)という有毒物質が含まれている。ただし「六神丸」の効用は絶大であり、臨終を宣告された人が起き上がったなどという話は枚挙に暇がない。1粒口に含むと味覚を失い、3粒でのぼせ、4、5粒以上飲むと危険であるといわれた伝説もあるほどだ。
明治時代、清国に渡航した日本人は、「六神丸」の威力を知ったのである。京都で呉服店「井筒屋」を営んでいた六代目亀田利兵衛の長男利三郎は、景徳鎮を視察した際、「六神丸」で水あたりがたちどころに解消したことから、この妙薬の輸入を始めた。しかし1900年、日本政府は「雄黄」を毒物に指定、「六神丸」を輸入禁止にした。そこで亀田利三郎は、「雄黄」を用いない「六神丸」を国内で製造した。これが評判になって、「六神丸」製造に追随する薬屋があった。
また大正時代、浅草の街頭で国産「六神丸」を小売りしていた堀正由は、戦後まもなく「救心」の新名称で心臓薬として売り、今日の救心製薬を創業したのである(東京都家庭薬工業協同組合報28号)。1973年、「辰砂」も使用を禁止され、「亀田利三郎薬舗」は「人参」を新たな処方に加えた。しかし国産「六神丸」は、名を借用した別の薬、効力は本家に及ぶものではなかった。戦前、中国に旅行した日本人は、ひそかに現地の「六神丸」を土産にしたということである。
伝説となっている雷氏処方「六神丸」の霊験を支える秘密の原料は、人間の活き肝であるという俗説があった。
宮沢賢治の短編『山男の四月』には、山男が陳という薬の行商人により、「六神丸」に姿を変えられた夢を見るとの筋書きがある。文芸評論家は、当時日本には中国から渡ってきた行商が多く、彼らへの偏見が投影されていると解説している。その頃大人は子供たちに、「六神丸」売りにさらわれて胆を取られるぞと警告していたわけだ。
しかし「六神丸」と活き肝の結びつきは、日本発の憶測ではなかった。井上紅梅や後藤朝太郎ら、戦前の「大陸通」は、かの地の活き胆採り伝説を紹介している。井上紅梅によると、たとえば蘇州には専門の活き肝採りがいて、夕方薄暗くなる頃、布袋と麻縄、菓子を持った白髪の老翁が、腕白盛りの小児を菓子で巧みに街外れに誘引し、隙を見て子供に袋をかぶせて縄で縛り、連れて行ってしまうという。後藤朝太郎は、済南の兵乱の直後、肝臓を取り出された形跡のある犠牲者を見たと記しており、新鮮な肝臓が生薬の原料にされたと推測している。
前置きが長くなった。「六神丸」について思い出したのは、こんなニュースに触れたからだ。
2026年4月上旬、理髪店で順番を待ちながら午後のワイドショーを見ていた。米イスラエルとイランの激戦には触れず、南丹市小5男児行方不明事件の報道が続いていた。その頃、男児の安否はまだ判明せず、ワイドショーの視聴者は、中東の戦争より子供の行方に関心があったようだ。幼い子供の行方が杳として知れなくなった時、「神隠し」に遭ったと今でも言われる。神であれば子供に危害を加えないから、思いやりのある表現だろう。
「六神丸」の迷信とイランの戦争、日本の行方不明事件が頭の中で化合したところで、たまたま「生活のため『腎臓売ります』」と題した読売新聞テヘラン支局長の署名記事(読売オンライン)が目に入った。記事は前年12月中旬、テヘラン市内で「腎臓売ります」の貼り紙を見たと始まり、数人の広告主の生活困窮と、「民間の臓器提供支援協会」副理事長の「親族以外の腎臓提供者は、金銭が目的。残念だが、理由は生活難だ」というコメントを伝えている。記事が掲載された今年5月、支局長はオマーンに退避中であったから、裏付け取材は電話か、現地の助手を通じて行ったのであろう。それでは自分もと、遠隔で事実関係を調査する気になった。
テヘラン街中の臓器提供広告は、想像以上に多く見つかった。現地紙は社会問題として繰り返し報じており、隠蔽する様子は見られない。たとえば、イランの代表的な新聞の一つであるテヘラン市庁機関紙『ハムシャフリー』は、塀に大書された臓器提供広告の写真を掲載している。広告には、「臓器売買センター/最高品質/肝臓・腎臓/(電話番号抹消)」とある。ほかにも、テヘラン中心部の「ファルハング・フセイニー通り」では、「腎臓通り」の異名を得るほど、多数の臓器提供公告が貼られている。

イラン国外に拠点を持つ反体制派のウェブサイトは、臓器売買をイラン政府の失政による国民の困窮が原因と断じ、政府からの離反や反抗をあおる材料に使っている。
読売の支局長は、「やがて暴動が起きる。そう確信した約半月後、テヘランの商人たちが経済悪化に抗議して始めたデモは、全国に波及し、反体制デモに変容した。イランの体制転覆を狙って米国とイスラエルは2月28日、イラン攻撃を開始した。」と論じた。
しかし、イランに数年滞在した自分の感覚からは、民衆の困窮はその通りであるが、根本的原因はアメリカ主導の経済制裁と誰でも理解しているはずである。イラン人民を救うためイランを爆撃するとは、米イスラエルの奇妙な言い分である。外国や反体制派の政治宣伝に絡め取られたのでは、臓器売買市場というイラン社会の実相を見失ってしまう。
イランでは1988年、生体腎取引が世界で初めて合法化された。ただし生体腎取引はイラン政府の管理下に置かれ、制度発足と同時に設置された「透析移植患者協会」が患者とドナーを仲介する仕組みになっている。患者とドナーは、あらかじめ協会に登録する必要があり、直接接触はできない建前である。そして腎臓の対価は、政府と患者の両者から支払われる。
2024年現在、政府の支払額は約1400米ドル相当、患者からの支払額はドナーとの交渉で決まり、その額は政府負担額の数倍が相場である。腎臓が買い叩かれないよう、約3200米ドル相当の最低額が保証される。資力のない患者のため、支払いを支援する団体が用意されている。移植手術は政府公認の専門病院で行われ、費用は国庫が負担する。病院と執刀医は移植手術から利益を得てはならないとされる。
イランでの腎移植は、1967年に始まった。しかし1988年以前、移植は親族から提供される生体腎に限定されていた。そのため、1984~87年の移植実績は6~245件に留まった。取引制度の導入により移植実績は右肩上がりに増加、2013年には2670件に達した。以後は新型コロナの影響などあり、概ね2500件程度で推移している。これにより、移植待ちの患者数は、取引制度導入前に比べ大幅に減少した。生体腎取引と共に、腎臓の供給に貢献したのは、死体腎の移植合法化であった。
そもそもイスラーム法では、臓器の売買や死体からの臓器摘出に否定的な考えを採る者が多かった。一方、患者のため臓器を喜捨することは奨励されている。しかし1989年5月21日、ホメイニー指導者は脳死状態にある人から摘出した腎臓の移植を認める法的見解を発出した。指導者本人が世を去るわずか13日前の英断であった。死体腎の移植を合法化する法律は2000年に成立、2015年には「イラン臓器提供協会」が設立され、多数の著名人が啓発に当たった。移植実績では、2015年に死体腎の割合が生体腎を上回った。近年、移植される腎臓の6~7割は死体腎である。従って、生体腎取引制度への依存は軽減されている。

海外の医学雑誌を調べると、移植待ち患者を減らしているイランの独自制度は、肯定的に紹介されている。イランの専門医も、自国の取り組みを忌憚なく報告している。
たとえば2008年のカナダ『マギル大学医学雑誌』は、「腎臓ドナーへの報酬:イランに従うべき時か?」という論文を、また2025年のイギリス『腎臓病学・内分泌学研究』誌は、「腎臓取引は腎臓不足への解答になるか? イランの経験に基づくケーススタディー」、同年の国際腎臓学会機関誌『国際腎臓学レポート』は、「イランの20年にわたる臓器提供の経験:有償生体腎移植からの転換」という論文を掲載している。
よってジャーナリストがイランの臓器市場について問うなら、生体腎取引制度について知った上で、「イランには先進的な腎臓取引制度があるのに、街頭にはなぜ『腎臓売ります』という貼り紙があるのか?」というのが本来の斬り込み方であろう。
生体腎取引の合法化は、闇市場の抑圧が目的である。貼り紙で腎臓を売りに出しても、無資格医の手術で危険な目に遭ったり、期待した代金を受け取れないリスクが伴う。腎臓を売りたいなら、「透析移植患者協会」に登録した方が、安全・確実ではないのか?
幸い、この問いに対する政府見解の一部は、イランのメディアが既に取材している。
2018年、イラン保健省「移植手術および疾病治療センター長」は、貼り紙を禁止する法律はないものの、保健省の観点からそもそも臓器の密売は非合法であり、同省は違法な広告を監視しているが、取締まりには関係当局との協力が必要と語った。
一方、正規ルートの順番を待てない重症患者や、違法「移植ツアー」でイランを訪れる湾岸アラブ諸国の患者には、高額を厭わない者があり、密売臓器は彼らを目指すとの指摘もある。
それにしても、「腎臓売ります」という貼り紙は、困窮をアピールする手段なのか、何らかの犯罪へ誘うのか、圧政を可視化する政治目的か、謎はいっそう深まっていく。

若林啓史
早稲田大学社会科学総合学術院 非常勤講師、京都大学博士。
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